On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

4-42

2010-02-16 21:30:00 | OnTheRoad第4章
 せっかくハルさんにお茶を立ててもらえるチャンスなのに、サトウさんが逃げたがるわけは残念だけど僕にもわかる。

 「病院のあと、ちょっと寄ってみたらどうですか? 平服でいいってハルさんも言ってたし」と僕は言ってみた。「アキエさんの代打だと思って」

 「代打には監督から指示が出るんだよ」とサトウさんはシブッた。
 サトウさんはタバコに火をつけて深く吸い込んで、「ハルさんは遠くで見ているだけでいいんだ」と言った。

 ハルさんが先生を好きになった理由がわかった気がした。先生はすこしも特別にではなく、ハルさんと話せたんだ。みんながサトウさんみたいに接していたら、ハルさんだって息苦しかったにちがいない。

第5章につづく

4-41

2010-02-16 21:07:13 | OnTheRoad第4章
 ハルさんが財布を出して5五千円札のシワを伸ばしてサトウさんに渡した。「お孫さんたちに、こだいふくを持っていってあげてください」とサトウさんはお釣りを返しながらこだいふくを渡した。
 「アキちゃんによろしく伝えてください。お茶会やりましょうって」とハルさんは言って「そうそう」と今日午後のお茶会にサトウさんを招待した。

 サトウさんはものすごくキョーシュクして、着ていく服がないとか店が忙しいとか言って断った。「普段着でいいんですよ。よろしければ是非」とハルさんが言った。

 サトウさんは「先生にもよろしくお伝えください」とハルさんに言った。ハルさんたちが店を出ていってからサトウさんはしばらくボーッとしていたけど、大きくため息をついてから「ハルさんはやっぱりきれいだ」と言った。きれいで優しいけど、いつも一緒にいたらきっとサトウさんは息がつまってしまうんじゃないかと僕は思う。

 僕はカラになったお皿を下げて、すき間ができたショーケースのお菓子を並べなおした。お皿を洗いながらサトウさんは換気扇をつけた。「お茶を入れましょうか?」と聞いたら、「お茶会なんて行けねーよ」とサトウさんは言った。サトウさんの頭の中は、お茶会の招待のことでいっぱいみたいだ。

4-40

2010-02-16 21:05:45 | OnTheRoad第4章
 女の人を幸せにするってこういうことなんだ。僕は僕の、ハルさんやお母さんやアキエさんを幸せにできるかどうかわからない。

 会ったことはないけど、きっとトオルさんは優しくてステキな人なんだろうなと思った。もしあずに会えていなかったら、僕は今日あの人を好きだと気づいた途端に失恋していたんだと気づいた。

 ハルさんたちは家族やお茶会に招待した昔の生徒さんたち用に、和菓子を全部で23こも買ってくれた。今日ハルさんの家の茶室では、午前と午後に分けて2回、トオルさんが帰ってきたら家族だけでもう1回のお茶会が開かれる。

 桜の花みたいな和菓子と抹茶のカステラが載っていたお皿はカラになり、黄色い和菓子や小さいピンクのようかんも減った。サトウさんは慎重に和菓子を詰めて、「大福は2こでいいですか?」と聞いた。「先生の大好物を忘れたら怒られるところでした」とハルさんは答えた。「きれいなお菓子ばかりでうっかりしていました」


4-39

2010-02-15 21:43:07 | OnTheRoad第4章
「店番なら僕がいます。お茶会やりましょうよ」。僕が言ってハルさんが笑った。「コンビニの店員さんでしたよね、あの節はどうも」とけっこうきれいなあの人が言った。

 はじめて会ったときのあの人はジーンズで、化粧もほとんどしてなかった。優しい笑顔は生まれつきだと思うけど、今明るい色のスーツを着ているきれいな人はほかの人みたいだ。
 「こんなきれいな人に覚えていてもらえたなんて、幸せです」と正直に僕が言うと、あの人は優しく笑って「お世辞でもうれしいわ」と言った。「きれいだなんて、最近夫にも言われません」

 ハルさんがあの人に声をかけた。「このお菓子ならトオルも食べそうね」
 あの人はハルさんが指さした抹茶のカステラを見た。「トオルさん、抹茶もカステラも大好きですもの、きっと喜びます」。あの人が僕の前から離れた。

 あの人はトオルさんの奥さんなんだ。ハルさんや、きっと子供たちのことで大変でも、トオルさんがいるからステキな笑顔でいられるんだ、と僕は思った。僕は絶対トオルさんには勝てない。サトウさんにも、お父さんにもヨシユキさんにも勝てない。死んでしまった茶道の先生にも。


4-38

2010-02-15 21:42:21 | OnTheRoad第4章
ガラス戸がガラガラとあいて、ハルさんと娘さんが入ってきた。2人ともまっすぐ立って優しくほほ笑んでからゆっくり頭を下げて、「おはようございます」と言った。
サトウさんはシンミョーな顔で「おはようございます」と頭を下げた。茶道なんて何もわからないけど、サトウさんとハルさんたちのちがいは茶道なのかなと思う。

2人が春っぽい和菓子を見ている間、サトウさんははじめて大会に出た陸上選手のような顔で和菓子と2人をかわるがわる見ていた。はじめて書いたラブレターを渡した中学生とか。 「どれも先生が好きそうなお菓子だわ」とハルさんは言ってから「アキちゃんは?」と聞いた。
「アキエはちょっと体をこわして寝込んでます」とサトウさんが言って、「残念だわ」とハルさんが言った。「ハルとアキが揃わないと、お茶会はさびしいわ」
僕は2人の会話のなかに入っていけなかったけど、疎外感とはちがう気持ちだった。ハルさんの娘さんもひょっとしたら似たような思いだったんじゃないかな、と僕は思った。 英語では共感ってコトバはたしか同情と同じだけど、同情ではなく共感を僕は感じていた。
「アキエさんは明日から店に戻ります。お茶会やりませんか?」と僕が言った。ハルさんは昼間はしっかりしている。アキエさんも茶道をやっていた人だ。僕が決めることじゃないけど、アキエさんの退院パーティとしてお茶会はぴったりだと思った。