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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-10

2010-01-14 21:18:56 | OnTheRoad第3章
 翌朝、目が覚めたのは早かった。目覚ましが鳴らなかったので、僕はてっきり寝坊したと思った。いつもとちがう感じだけど、二日酔いではなかった。
 机の上にモモヒキの袋が載っていて、釣りをする男の隣りに丸い顔の男の子がマジックで描いてあった。ぜんぜん覚えはないけど、僕が描いたらしい。

 顔を洗いに洗面所に行ったら、お父さんがヒゲをそっていた。髪は乱れたままで顔は泡だらけでまだパジャマを着ていて、スーツを着ているお父さんとは別人に見えた。
 そんなお父さんが「朝からさっぱりした顔をしてるな」と言ったから、きっと僕はよく寝ていたんだと思う。
 お父さんのあとで洗面所に行って、髪をとかしてからヒゲをそった。シェービングフォームをたっぷりつけたら、お父さんと同じ顔になった。似ていると言われたことはないけど似ているのかもしれないし、うれしいような気もした。

 昨日と同じしたくなのに早起きのせいか早く終わって、朝食はお父さんと一緒に食べた。お父さんはメガネをかけて新聞を読みながらトーストをかじり、ときどきメガネをはずしてテレビに目をやる。
 お父さんは早いときは六時には出かけるし、遅いと10時過ぎに家を出るから、僕は子供の頃から朝ご飯を一緒に食べたことはほとんどなかった。早起きするのも悪くない。


3-9

2010-01-14 21:18:16 | OnTheRoad第3章
 ハルさんとかヤマモト君とか茶道部の女の子とか、いろんな人のことを考えながらお風呂に入った。ダイキくんやあんなちゃんの顔も浮かんできて、ユリナちゃんとアネキが笑った。
 酔うってこんな感じなんだ、と僕は思った。気持ち悪くなる前にこんな気分になれるなら、お酒もいいかもしれない。

 一緒にバイトをしていた頃、ヤマモト君はシェークスピアの演劇とかを目指していたはずだ。僕にはぜんぜんわからないけど、シェークスピアの生没年はヒトゴロシ、イロイロと覚えたから子供向けの戦隊ものなんて、ちがうんじゃないかと思う。

 お風呂上がりに牛乳を飲んだ。牛乳は冷たくて、今日の寒さとモモヒキを洗わなかったことを思い出した。僕が風呂場に戻ろうとすると、お母さんが新しいモモヒキを僕に渡してくれた。「お父さんには小さくなっちゃったんだって」
 モモヒキの袋には「屋外作業や釣りに最適」という文字と1人でペンキ塗りや釣りをする男のイラストが描かれていた。
 男の口は楽しそうに笑っているけど、1人だから僕には寂しそうに見えた。隣りに男の子でもいて一緒に笑っていたらと考えたら、アキトシさんのことも思い出した。

3-8

2010-01-13 20:38:22 | OnTheRoad第3章
 お父さんが食事を終えてお風呂に入ると、お母さんが僕にお茶を入れてくれた。ビールがおいしかったけど、これ以上飲んだら気持ち悪くなりそうだから、ちょうどよかった。
 「モモヒキは普通の洗剤で洗える?」とお母さんに聞いてみた。「中性洗剤のほうがふんわりして温かいよ」とお母さんが教えてくれた。

 テレビはバラエティ番組を流していて、赤や青の衣装を着た5人の男女が今までやったバイトの話をしていた。5人は子供向け戦隊ドラマの出演者らしい。
 女の子が2人。男は3人で、2人は若いイケメンだ。

 お笑い芸人の司会者に負けないくらい、面白い話を披露しているもう1人の男は2人より年上だ。声も話し方も聞いたことがあるような気がする。

 お父さんがお風呂から出てきて、お母さんがお茶を入れた。
 テレビでは紫のシャツの男が司会者に「お笑いやるんやったら、いつでも電話して」と言われ、名刺を受け取る仕草をしている。名刺のやり取りは見せかけだけど、男は目を見開いて「事務所、立ち上げるんですか?」と驚き、「せや、2人で芸能界をかき回してやろうやないか」と司会者の1人が男の肩を抱いた。
 司会者の相方が「コマーシャルです」と言って「ええ加減にせー」と紫のシャツの男と司会者を突き飛ばした。
 突き飛ばされた男はテレビの画面いっぱいに映った。髪型は変わったけど、ヤマモト君だった。

3-7

2010-01-13 20:36:58 | OnTheRoad第3章
 豚汁はお父さんの大好物だから、鍋でなくてもお父さんは文句は言わない。ウチで一番大きな鍋がコンロに載っていて、小さい茶碗が1つとお母さんとアネキの茶碗やお皿が水きりカゴに入っているから、お母さんはアネキたちと食事を済ませたんだろう。

 「豚汁とご飯のおかわりは自分でしてくれる? 私はお風呂に入るから」と言って、お母さんはビールとコップをテーブルに置いた。僕たちがビールを飲んできたことを知っていると思う。お酒に弱い僕はきっと少し赤くなっているし、僕がビールくらいしか飲めないのもお母さんは知っているから。

 揚げたてのトンカツを食べてビールを飲みながら、僕はこだいふく「だいちゃん」デビュー戦の話をした。お父さんは黙って聞いてくれて、守護神電器屋さん登板のシーンでは「監督もナイス采配だな」と言った。

 閉店時間前に売り切れになったと報告したら、「初戦は勝利。明日からの成績はコーチに掛かってる」とお父さんが言った。
 僕にはコージに掛かってると聞こえてうれしかった。どっちが聞きまちがいなのかわからないけど。

3-6

2010-01-12 21:07:19 | OnTheRoad第3章
 家まであと電柱1つになったところで「早すぎることも遅すぎることもないんだ。男だって女だって関係ない。チャンスは逃がしちゃいけない」とお父さんは言って足を早めたから、「僕にもチャンスがきてるってこと?」と聞いたときには僕たちは家の前に着いていた。
 チャイムを鳴らしてお母さんの足音が聞こえた頃、「次はヨシユキ君も呼ぼうか」とお父さんが言った。「今日の店は静かでおいしい酒が飲めるんだけど、食い物があまりない。ヨシユキ君は苦手かな」
 「お腹もすいたけどもっと話がしたかったな」と僕は本音を言った。

 玄関に迎えにきたお母さんにバッグとコートを渡して、お父さんは家に上がった。僕もダウンジャケットを脱いでコート掛けに掛けた。スニーカーを揃えて、廊下を歩きながら、コートを掛けてくれる人がいたらいいな、とちょっと思った。

 晩ご飯は鍋ではなかった。トンカツとたっぷりのキャベツが乗った皿には、ポテトサラダもついていた。それから、僕は昼にも食べた豚汁。