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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-15

2010-01-17 22:27:41 | OnTheRoad第3章
桜の木を切って駐車場とケーキ屋にしたのはアキトシさんだというのがイシイさんの話でわかった。サトウさんは桜の木があるうちはハルさんはそんなに具合が悪くはなかったと言った。
イシイさんは「今のハルさんは幸せなんだ」と言ったけど、サトウさんは認めない。サトウさんはお茶会をやっていた頃のリンとしたハルさんが忘れられないみたいだ。
大好きな人が死んでしまってもずっとそばにいるためにハルさんが今のハルさんになってしまったとしても、それが不幸なことなのか幸せなのか僕にはわからない。ただ、去年初めてハルさんたちを見たときにかわいそうな人たちだと僕が思っていたのは確かだ。
 でも、今の僕はイシイさんの意見もありだと思う。ハルさんも一緒にいる女の人もいつも楽しそうに見えるから。

 2人の話を聞いているうちに僕のジョッキがカラになって、イシイさんが新しいグラスに焼酎の水割を入れてくれた。初めて飲んだ焼酎は、イシイさんが薄く作ってくれたからか思ったよりまずくなかった。


3-14

2010-01-16 18:49:32 | OnTheRoad第3章
イシイさんはハルさんのことをよく知っていた。イシイさんから見ても年上のハルさんは、このあたりの少年のあこがれの的だったんだ。

サトウさんが戻って刺身が届くと、イシイさんが「そういえばアキ坊が生まれたときも」と言ってサトウさんをあわてさせた。このアキ坊はアキエさんのことではないというのは僕にもわかった。
まわりのみんなやアキエさんがお父さんの名前を先にしたほうがいいって言ったのに、サトウさんだけがモーレツに反対したんだそうだ。自分の子供にトシアキなんて名前をつけたら、悪いことをして叱るときに自分が叱られているみたいで、イヤだったらしい。「このやろう、トシ坊なんて言われてみろよ、どっちが返事したらいいかわかんねえだろ」とサトウさんは言った。僕はお父さんの名前から漢字をもらったけど、読みがちがうから、僕が怒られてもお父さんは自分のこととは思わないだろう。子供を持つのって大変なんだ。

「ウチの息子はまだ半人前だけど、アキ坊はしっかり店主をやってるからたいしたもんだよ」とイシイさんが誉めた。「あのやろうはケイエーはやってるけど、職人としては半人前だよ」とサトウさんはくやしそうに小皿にしょうゆを入れた。
僕は和菓子を作れないし、ケイエーもできないのに「タカハシ君の爪のアカでも飲ませたいくらいだ」とサトウさんが言ってくれたけど、僕はうれしくなかった。

3-13

2010-01-16 18:48:34 | OnTheRoad第3章
 生ビールのジョッキが来て、サトウさんとイシイさんと僕は「カンパイ!」と軽くグラスとジョッキをぶつけた。
 「こんなに忙しかったのはオヤジが元気だった頃以来だよ」とサトウさんが言って、「タカハシ君に」ともう一度カンパイをした。僕は「サトウさんとイシイさんに」と言った。
 カンパイすると、なんだか仲間になった気がする。お父さんも僕を仲間に入れてくれたんだろうか、と思うと、くすぐったい気がするけどうれしかった。

 サトウさんがトイレに立ったあとで、「一番きれいなのはオフクロで、2番めはハルさんで、3番めがアキエさんだ」というのがサトウさんのプロポーズの言葉だったとイシイさんが教えてくれた。サトウさんの好みのタイプはおとなしくて上品で小さい女性なんだそうだ。
 サトウさんは身長以外は自分とは違うタイプの女の人が好きなんだ。


3-12

2010-01-15 21:40:05 | OnTheRoad第3章
 翌日はアキエさんのお見舞いに行くから2時間だけと決めて、閉店後の片付けを終えてからサトウさんと店を出た。
 サトウさんが連れて行ってくれたのは、歩いて15分くらいのところに四軒並んでいる店の1軒めだった。隣りはカラオケスナックで3軒めは韓国料理店で、奥の店には看板が出ていない。

 店に入るとサトウさんはまず生ビールを注文してから、カウンターで飲んでいた男に「イシイさん」と声をかけて僕を紹介した。カウンターで焼酎を飲んでいたのは電器店の社長で、サトウさんのことをトシオと呼んだ。

イシイさんは工業高校を出て電器店を継いだらしい。息子さんも同じようにして電器屋さんになった。うらやましいとサトウさんが言って、僕もうなずいた。でも、サトウさんと僕のうらやましさはちがうと思う。
 何を目指すか決まってるのは不自由みたいだけど、努力の仕方がわかっているのがうらやましい。なんて思う僕はズルイのかもしれないけど。


3-11

2010-01-15 21:38:54 | OnTheRoad第3章
こだいふく試食セール2日目以降の売上は1日めの伸びには及ばないけど、少しずつ増えた。だんだん顔見知りのお客さんが増えたから、中学の下校時間やバスが着いたあとは僕はあいさつしまくった。

 ダイキくんのお母さんはおじいちゃんとおばあちゃんを、あんなちゃんたちのお母さんはダンナさんを連れて、子供たちの絵を見にきてくれた。ダイキくんのおじいちゃんはこだいふくをバラで20こも買ってくれた。老人会に持っていくのだそうだ。

 最終日の3日めは翌日が定休日だから、僕はサトウさんにお酒飲みに行ってもいいですよと言った。サトウさんは僕を居酒屋に誘ってくれた。つきあいでお酒を飲む習慣は僕にはなかったのに、サトウさんと飲みたい気がして、食事はいらないと家に電話した。
 お母さんは「今夜はお父さんと食事に行こう」とはしゃいだ。明日の夕食は今夜のシチューをシフトするらしい。