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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-5

2010-01-12 21:06:25 | OnTheRoad第3章
 サトウさんにしかできないことがある。アネキはイラスト、お母さんは料理が得意だ。僕に何ができるのかはまだわからない。本当は大学を出るまでに見つけなければいけなかったのかもしれない。「25にもなって、やっと働くのが面白くなってきたんだ」と言うのはスズキさんにキスしていい?と聞いたときより勇気が必要だった。

 「男には勝負に出なきゃいけないときがあるんだ」と言ってから「いい息子がいてオレは幸せだー」とお父さんが叫んだ。住宅街で大声を出すのはどうかと思うし、お父さんは酔うほど飲んでない。わかってるけど僕はうれしかった。
 「お父さんが大きな声を出したのもお母さんには内緒だぞ」と言われて、お父さんと2人だけの秘密が2つになったと気付いた。

 「ユカの結婚は早いと思ったけど、立派に母親をやってるようだな」とポケットの中を探りながらお父さんが言って、タバコを探してるんだと僕は思った。でも、「タバコ、また吸えば?」と聞いてみたら、お父さんはちょっとバツが悪そうにポケットに深く手を突っ込んだ。「家では吸わない。リコンされたら困る」

3-4

2010-01-11 18:44:35 | OnTheRoad第3章
 一服を終えてから、「いい薬を作る生産者がいて、その薬が必要な人がいて、商人ってのはそんな人たちの間をつなぐものなんだ」とお父さんが言った。「士農工商っていうぐらいだから商人の身分は低いよ。いばっていたら、生産者にもお客さんにも嫌われるから。本当は究極のボランティアみたいなものなんだ」
 ボランティアでは儲からないと僕が言うと、「儲けは目的じゃなくて副産物なんだよ」とお父さんが笑って、残りのビールを自分のグラスについだ。
 お父さんは「そんなことばかり言ってるから、支店長にもなれないんだけどね」と言ってビールをあおった。僕はオレンジ色のチーズを食べた。

 「コージは商人に向いているよ」と言って、チーズがまだいっぱい残っているのにお父さんはママさんに会計を頼んだ。

 車を降りたときと比べると、外はグッと寒くなっていた。「今夜は鍋だといいな」とお父さんが言った。チーズを残したのは、家でしっかり食べられるようになのか、メタボ対策なのかわからない。
 「男と男の約束、絶対守るよ」と僕が言うと、お父さんはコートのボタンを閉めながらうれしそうに笑った。「コージ、たまには付き合えよ。お父さんが連れていけるところなら、どこでも連れていくよ」

3-3

2010-01-11 18:43:51 | OnTheRoad第3章
 お父さんが中学生になると、風船よりおじさんの話が楽しみになったらしい。おじさんは故郷の富山からいろんな町や村を回って歩くから、お父さんが知らないことをよく知っていた。

 薬やさんがいなかったら、オレは商人になりたいとは思わなかっただろうな、とお父さんは言った。お父さんからこんな話を聞いたのも初めてだった。

 僕は労働のあとのビールを少しもてあましながら、でもおいしいと思った。薬やさんの話が終わると、お父さんは「ママ、1本もらえるかな」と右手の人差し指と中指を立てた。ママさんは笑ってタバコの箱をお父さんの前に置いた。
 「お母さんには内緒だ」とお父さんは言った。「男と男の約束だからな」とも。
 お父さんはタバコを吸うためにこのバーに来たのかもしれない。

3-2

2010-01-10 19:36:49 | OnTheRoad第3章
 僕が行ったことがないタイプの店だ。流行のものなんか何もなくて、メニューにも目新しいものはない。ママさんも特に美人とかいうわけではない。お客の邪魔にならない程度に話にからんでくる、そんな感じだ。 チーズの盛り合わせと瓶ビールが運ばれてくると、お父さんは「食えよ。どこにでもあるチーズだけど」と言ってビールを小さいグラスについだ。グラスをカチンと合わせて、お父さんはグビグビとビールを飲んだ。僕はどことなく居心地が悪い。お酒の大好きな人が1人で飲みにくるような店だと思った。
 ママさんが何も聞いてくれないので、「息子」とお父さんは僕をあごで指した。ママさんは「はじめまして」と初めて笑顔を見せた。居心地の悪さが少し気にならなくなった。

 ママさんがカラになったグラスにビールをつぐと、お父さんは1人で昔話を始めた。
 お父さんの田舎にはあまりお店がなくて、テレビが家に入ったのは中学生の頃だったから、富山の薬やさんが訪ねてくるのが楽しみだったそうだ。薬やのおじさんは薬と一緒に、風船を持ってきて子供たちにくれた。僕も置き薬やさんからもらったことがあるけど、あまりうれしくなかった。

3-1

2010-01-10 19:35:57 | OnTheRoad第3章
サトウさんは明日は今日の2倍こだいふくを作ると言った。僕は1.2倍にしてもらった。今日はセールの初日だからよく売れたけど、今日のお客さんが明日も買ってくれるとは限らない。
 「明日も忙しくなるから、早く寝てくださいね」と僕はサトウさんにお願いした。仕込みが一段落して電器屋さんと電話で話していたサトウさんは今にもお酒を飲みに行きそうだったから。

 サトウさんと別れて店を出ると、アネキが車で待っていた。ユリナちゃんが一緒なのはわかるけど、お父さんが後ろのシートに座っていたので僕は驚いた。
僕はお父さんの隣りに座って「どうしたの?」と聞いた。「軽く付き合えよ」とお父さんが言って、「帰りは自分で帰ってよ」とアネキは車を出した。

行き先はウチとアネキのいる小さいマンションの間にあるこぢんまりしたバーだった。
アキエさんと同じくらいの歳のママさんがお父さんのボトルを出したけど、お父さんはビールとチーズの盛り合わせを注文した。