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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-25

2010-01-22 19:40:36 | OnTheRoad第3章
 「こんなお姫様みたいな生活してバチがあたりそう。ご飯も出してもらって、寝て起きるだけですもの。タカハシさんのおかげ。どうもありがとう」
 感謝されてるってうれしいけどすごい恥ずかしい。それほどでもない僕は、あわててコーヒーを飲み干した。

 「そういえばお母さんにも色紙でいいかしら」とアキエさんに言われて、反射的に「いいです」と答えていた。スズキさんにピザでいい?と聞かれたときみたいだ。
 「お母さんにも会ってみたいわ」とアキエさんが言った。「なかよくなれたらうれしいわ」

 サトウさんが書類をもらって戻ってきて、「あさって退院だ」と言っている。もうじき春だと言ったアキエさんの予感は当たっていたみたいだ。
 サトウさんたちはサトウさんが無造作に詰めたタオルや下着の入った紙袋を持って、アキエさんの洗濯物を取りに病室に行った。僕は庭を見ていたけどすぐにあきて、病院の中を歩いてみた。
 病院の壁にはいろんな絵が飾ってあって、「病気が治って幸せ 病気になれて幸せ 昭江」という色紙があった。色紙には黄色いフリージアの絵が小さく描かれていて、アキエさんらしいと思った。

3-24

2010-01-21 23:10:57 | OnTheRoad第3章
 コーヒーを飲み終えて、サトウさんが立ち上がって事務室へ向かった。退院の話をしてくるらしい。サトウさんが立ったから椅子はすこし広くなったけど、なんだか気まずくなった。アキエさんは少しずつミルクティーを飲みながら庭を見ている。

 沈黙に耐えられなくて、「本とか好きなんですか?」と僕は聞いた。「タカハシさんは高村光太郎の詩が好きなんでしょう?」と限定で言われて、シジン志望の僕はあせった。ドーテーの作者はタカモリでもタカマツでもなくてタカムラだったんだ。
 「詩集は読んだことないです」本当のことを言うしかない。「流行の小説もめったに読まないし、本を読める人ってすごいと思います」
 「私は好きなだけなの。本を読んでると会ったことのない人に会える気がして」とアキエさんはちょっと恥ずかしそうに笑った。

アキエさんが「何かプレゼントしなきゃ」と言った。重そうな本を思い浮かべて僕はちょっと暗い顔をしたみたいだ。「本じゃないから安心して」とアキエさんに言われたから。
 「昔、書道をやっていたの。入院してから先生や看護婦さんに色紙をプレゼントするのが楽しみで」
 文学がわかって書道もできるアキエさんが、どんな文学少女だったか想像してみたら、サトウさんがうらやましくなった。
 文科系の女子で優しくてきれいな人を僕は知らない。議論を吹っかけてくるのが趣味だったアネキの印象が強すぎて。

3-23

2010-01-21 23:10:07 | OnTheRoad第3章
 サトウさんが歩き出して「コーヒーでよかったの?」とアキエさんに聞かれたら、ジュースがよかったような気がした。「あの人は何でも自分で決めちゃうから」。でも決めてくれるから楽な気もする。

 自販機の前に立ったサトウさんにアキエさんは「私はミルクティーがいいわ」と言った。「僕はオレンジジュースにしてください」と僕も言った。サトウさんが意外そうな顔をしたのがわかる。

 だけど、「ごめん、先にコーヒー2つ買っちゃったんだ」とサトウさんにコーヒーを渡されても、僕はジュースがいいと言えたことにも、コーヒーでもいいと思えたことにも満足だった。

 アキエさんは「ありがとう」とミルクティーを受け取っておいしそうに飲んだ。アキエさんの隣りにサトウさん、その隣りに僕が座って中庭を眺めた。
 「だいぶ花芽が出てきたな」とサトウさんがポツリと言った。「もうじき春ですもんね」とアキエさんが言ったけど、僕には春の気配はわからない。2人には同じ時間が流れている感じだ。

3-22

2010-01-20 19:54:29 | OnTheRoad第3章
 「息子ならいいんだけどね」とサトウさんは言って、「従業員のタカハシです」と僕は言った。アキエさんは「タカハシさんは私の命の恩人なのよ」とすこしふっくらした顔で笑った。
 この世で3番めにきれいな女の人だと言ったときのサトウさんの気持ちが、ちょっとわかった気がした。アキエさんは一番になろうとはしていない。笑顔が優しくて、競争するより仲良くするほうが好きそうな人だ。

サトウさんが「車椅子借りてくるか?」と聞いて、アキエさんは「歩けるから」と首を振った。アキエさんはカーディガンを着てゆっくり立ち上がり、スリッパをはいて「ちょっと行ってきます」と部屋の人たちに言った。

 病室を出て歩きながら、サトウさんは「女ばかりで落ち着かないから」と言った。「私はひとりぼっちはイヤなの」とアキエさんは笑った。
 病院の中庭が見える廊下を歩いていくと、ジュースやコーヒーや牛乳の販売機のあるすこし広い休憩所に出た。長椅子やソファがあるけど、休憩している人はコーヒーを飲んで新聞を読んでいるおじいさん1人しかいない。
 おじいさんの斜め向かい側の長椅子にアキエさんが座って「オレンジジュースでも買ってくるか」とサトウさんは財布を出した。「タカハシくんはコーヒーでいいな」

3-21

2010-01-20 19:53:05 | OnTheRoad第3章
 待ち合わせの正午に店に着いたら、サトウさんが「ヒマだから」とホウキで道を掃きながら待っていた。サトウさんは僕の服装を見てオシャレしてデートに行くみたいだ、と言った。「アキエさんとデートですから」と答えたら「アキエのやつ喜んでまた熱でも出すんじゃないだろうな」とサトウさんが笑った。
 大人の人とこんな会話ができるなんて、僕らしくないけど気持ちよかった。

アキエさんが入院している病院まで車で20分くらいで、このあたりには1つしかない総合病院だからカゼを引いた人や骨折した人やお見舞いの人でいっぱいだった。
 診察室は1階なので、エレベーターに乗るのは見舞い客か入院患者だ。同乗した花束や果物を持ったオバサン2人が、「お母さんのお見舞いですか?」と聞いた。返事をするかしないか僕が迷っている間に3階に着いて、2人に頭を下げて僕たちはエレベーターを降りた。

 サトウさんはナースステーションの看護師さんたちに手を上げてあいさつして、通いなれた病室に向かった。アキエさんの病室は四人部屋で、食事を終えた同室の患者さんと話をしていたアキエさんがまずサトウさんに気付いて、それから僕に気付いた。
 「サトウさんのとこはダンナさんがマメでいいわねえ」とユカタっぽいネマキのおばあさんが言って、「今日は息子さんも一緒?」とピンクのパジャマのオバサンが聞いた。