goo blog サービス終了のお知らせ 

On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-30

2010-01-24 20:44:04 | OnTheRoad第3章
 サトウさんがタバコを指にはさんで入ってきて、僕は右手を軽く上げた。
 「この店があるのを知ってたら見舞いも楽だったのにな」とサトウさんはタバコに火をつけた。
 水とお絞りを持ってきた女の子に本日のお勧めランチとコーヒーを説明されて、「そんなに勧められて言いにくいけど、灰皿が先。で、オレンジジュース」とサトウさんは言った。

 昨夜の焼酎2杯めからあとの僕の記憶はアイマイだけど、スズキさんのことをたくさん話したらしい。ノドが渇いて焼酎をガブ飲みしたのはなんとなく覚えている。
 サトウさんはアキエさんから僕がスズキさんの先輩らしいと聞いていて、僕の口からスズキさんの名前を聞いたときからカンドーの再会をたくらんでいたようだ。サトウさんはいたずらっぽく笑いながら、オレンジジュースを音を立てて飲んだ。
 お父さんより年上のサトウさんがどうして子供じみたたくらみを思い付いたのかはわからない。ここの看護師なのがわかったら、いつでも会いにこられるのに。

3-29

2010-01-24 20:41:56 | OnTheRoad第3章
 「お大事に」という名前の喫茶店は病院帰りのお年寄りで混んでいた。お客さんのほとんどが男性でタバコを吸っていて、カウンターはいっぱいだけど四人掛けのテーブルがひとつだけ空いていた。
 1人でテーブル席に座るのは気がひけたので、僕は「もう1人きます」と黒いエプロンの女の子に言った。
 オレンジジュースを注文して、スズキさんと交わした会話を思い出してみた。僕が卒業してすぐ陸上部を辞めたと言ってたけど、それってちょうど僕と付き合っていたころだ。
 僕は大学生活のグチばかり話していて、スズキさんは記録が伸びたこととか代表に選ばれたことなんかをよく話してくれた。

 得意だった長距離をやめたんだからよほどの理由があったにしても、相談くらいあってもよかった気がして、ちょっとくやしい。
 それに辞めていたのに続けているふりをしていたって、ウソをつかれていたんだと思うともっとくやしい。

3-28

2010-01-23 20:04:14 | OnTheRoad第3章
「オレは食堂でメシを食ってくるから、あずさちゃんとお茶でも飲んでこいよ」と、同級生みたいにサトウさんが言った。昔もこんなことがあった気がする。「スズキさんは仕事中だから」と僕がしりごみしたのも卒業式のときのままだ。あのときは在校生は片付けがあるからと言ったはずだ。
 「あずさちゃん、タカハシ君がもっと話したいみたいだよ」とサトウさんはスズキさんの後ろ姿に声をかけた。スズキさんは半分くらい振り返って「2時から30分休憩です」と言った。「バス停のそばに喫茶店があります」

 2時まで1時間近くある。サトウさんはゆっくり食事をするタイプではない。それに会ったからって話すことはない、と僕は思った。
 「2時に喫茶店な」とサトウさんが言って僕をこづいた。無言だけど口が「やったな」と動いた。こんなところまであのときの再放送みたいだ。

 サトウさんは先に喫茶店に行ってお茶を飲むことにした。コーヒーは飲んだばかりだから、タバコを吸いたいにちがいない。病院の食堂に寄ってオバサンにカツ丼を残しておいてくれるように頼んでから行くから、オレンジジュースでも飲んでいてくれ、と言われた。
 サトウさんは鼻歌を歌う勢いで、食堂がある地下に向かった。


3-27

2010-01-23 20:02:45 | OnTheRoad第3章
 「先輩が卒業してわりとすぐに陸上やめて太っちゃって、ムリなダイエットしたんですよー。それでボロボロになっちゃって病院にかかって、で、看護師になっちゃった」スズキさんはあっけらかんと言った。

 それでも、僕は自分が生保会社を辞めてバイトをテンテンとしてるとは言えなかった。ダイエットして体調をくずしても、スズキさんは看護師になって立派に働いている。
 僕は今サトウさんたちと知り合って楽しく働いているけど、まだ始めたばかりでいつまで続けられるかわからない。後輩とか先輩とかって人の価値とは関係ない。

 「サトウさんの奥さんが先輩のことほめてましたよ。若いのによく気がつく人だって」とスズキさんが言ったとき、サトウさんが戻ってきた。
 「あずさちゃん、うちの若いホープの知り合いだって?」とサトウさんが言うと、「陸上部の先輩です」とスズキさんが笑った。僕はスズキさんを名前で呼んだことはなかった。

 スズキさんは僕たちに頭を下げて、足早に立ち去ろうとした。七年前に別れた時みたいだった。

3-26

2010-01-22 19:41:41 | OnTheRoad第3章
 「それって入院している患者さんにいただいたんですよ」と声をかけてくれたのは、若い看護師さんだった。ほかの看護師さんと同じようにナース帽をかぶって髪をポニーテールにまとめている。
 「これを描いたのはサトウさんですよね」と僕は言った。「よく知ってますね。私のことも覚えてますか?」

 看護婦さんに言われて彼女の顔をよく見た。店の前では人をよく見ているけど、女性をこんなにじっくり見たのは初めてだ。
 「懐かしくて声をかけたんだけど、覚えてないかあ」と言われた。コトバの最後を軽く伸ばす感じ。聞き覚えがある。僕が名札を見ようとすると彼女は左手で名札を隠した。「名札を見るのは反則。忘れちゃったかなあ」

 「スズキさん?」僕は言った。名札を見なくてもわかっていた。

 スズキさんは名札を隠していた左手を離した。「鈴木あずさ」と書いてあって、あずさって名前だったんだと思った。