「黒井千次」さんの書かれたこの文(数行下)。
気に入って、ノートにわざわざ書き写してるわりに、
出典を書いていないから、作者名しかわからない。
最近の本ではめったにお目にかからない、真剣なトーン、
将棋で言えば王手の連続みたいな絶対絶命のはりつめ方。
自分に喝を入れたい時に、ふと取り出して、
自分を洗いたくなることがある。
思えば、私は常に最もそうありたいものの傍らに
立ち続けていたようだ。
生の瞬間における方向感覚すらも定かではない
何事かへの熱中に身を投ずることなく、
常に瞬間を相対化し時間を手段とすることによって生きてきた。
今こそ私は最もそうありたいものの真只中に在らねばならぬ。
それは良くも悪しくも今のこの仕事にしかない。
賭けることを避け、熱中を逃げているのは、私自身。
仕事に対する自らの取組方への些かの後ろめたさを、
単に冷ややかなる傍観的態度を取ることによって
誤魔化していたに過ぎぬ。
私の中には熱中への飢えがあった。
飢えと恐れは今も私の身体の中に熱く息づいている。
誤魔化しに誤魔化しを重ねながら潜在する飢えと恐れを
あやしあやし遂に私は今まで生きてきた。
手摺は切れた。最早、自らの身体を自らで支えて進む他ない。
意識のどこかで、私は常にそれを感じ続けてきた。
な~~んか!!
重くなることを避け、天然やゆるさの仮面に逃げ込み、
ただ折り合いをつけるだけを最上の価値とし、
人も自分も生かさず、決断は機械に任せ…
って、文体、移っとるがな(^^)!
「喝を入れたい時に読む」って言うか、
目に入っちゃったら背筋が伸びる、というか。
ピシッとしたい時に、めちゃくちゃ丁寧に、
筆ペンで書き写したりする。
この「筆ペン」ってとこが、
すでに中途半端なんだけどね~。
正座して墨を磨れ、墨を。
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