『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

人生の充実と、ごはんとふりかけの関係

2020年08月31日 | 考える日々


会社員と、宗教者が、お互いに
「会社員は金儲けばっかり考えてる」
「宗教者は夢みたいなことばっかり言ってる」って
お互いをディスる事ってあるじゃない?

あ、宗教者じゃなくて、家庭の主婦(夫)や、
子どもの面倒見てくれてるおじいちゃんとかおばあちゃんとか、
売れてないアーティストとか、そうか、子どもも。
要は、生産する人と生産しない人。

じゃないな。じゃないっ! 絶対違う!
主に、モノやサービスに資する人と、
主に、人間の精神的豊かさに資する人。

どっちも大事だし、
両方の要素があってはじめて、
人生が充実していくよね?

生きていくには、
ごはん(仕事とかお金とか)が必要だけど、
それだけじゃ味気ないから、
ふりかけ(心や精神の充実)も欲しい。
ってのがノーマルな状態。

私は、どっちかって言うと、ふりかけいっぱい欲しい派で、
自分もごはん食べるくせに、ふりかけばっかり欲しがってた。
よく考えたら、
ごはんのないふりかけなんて食えねーじゃん!!

底なしの米蔵が満タンにならないからって、
永遠に不安がってるのもどうかと思うけど、
ふりかけのないごはんも味気ないから、
ほどよいバランスで食べられたらシアワセ。

あ、なんか、
いろんな立場の人に伝わりそうなたとえ!
敵味方、どちらかの立場から見た正解じゃなくて、
まるごとひとつの正解。地球はひとつ。一元論。

こういう言葉が出てきた時
「やったー!コレよコレ!!」って思う。
何かのプロジェクトが終わった時とか、
進行中の何かが校了した時の「やった~!」とも、
おおいに重なる「スッキリ片付いた感」だわ。

って、やっぱり、
ふりかけばっかり集めてる気がする?
えーと、ごはんごはん。
と言いながらふりかけを探す私(^^)。

ごはんっ!!


最新の画像もっと見る

コメントを投稿