『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

無駄な経験ってホントにないの?(3)

2022年11月15日 | 哲楽cafe
昨日は、「無駄」に関する
男性と女性のイメージの違いに驚いた、
という話を書きました。

男性は「無駄は無くすべきもの」
女性は「効率を求めるだけの人生なんてイヤだ」と。
そうおっしゃる男性も、
いろいろチャレンジして遊んでおられるし、
女性だって、余計な無駄は省きたいんですが。

PCの性能や仕事は、
もちろん効率を求めていいサービスを作り、
お客さんに安くいいものを提供できるのが目的。
無駄を見極め、どこまで削れるかが勝負。

それを聞いた方が、
「仕事はそういう面が強いけど、
人間は弱くて壊れるものだから、
それだけじゃ生きていけないと思う」
っておっしゃったんですよね。

そうなんだよね。
そして、この両者の共通の問題は、
仕事も人間がやってる、ってことを、
効率と人間らしさと、どう折り合いをつけるんだ、
ってことだと思うなぁ。

たとえばね。ちょっと極端だけど、
遊びや無駄が価値を生む職場にいたことがある。

「昨日飲みすぎて眠いから昼寝してきます」
「何も思いつかないんで、町ぶらぶらしてきます」
みたいなのが、普通にまかり通る職場でした。
そういうのが、結果的にいい企画を生んだり、
キーパーソンと出会えたりするんだよね~。

それと、別の職場も。
毎年、目標を決めるのに、
幹部だけじゃなくて、シンクタンクや
いろんな部署、部下からの声を吸い上げ、
何か月も練って練って一つの言葉を決めてた。

滞りなく仕事を進める、という視点では、
めちゃくちゃ無駄な時間だ。

だけど、この膨大な無駄な時間のおかげで、
みんながコミットできる目標が生まれて、
それゆえ、規則で縛らなくても自分で考えて動ける。
それによって、さらにいいアイデアが出て来るし、
そもそも、誰も辞めないから企業文化が定着する。

一方で、リストラ暴風の吹き荒れた
あの時代の話をしてくださった方も。

辞めて欲しい人を、閉鎖空間に閉じ込めて、
ろくな仕事を与えず、無駄な時間を過ごさせる。
それでほぼ100%辞めていったのだそうだ。

それは時間の無駄遣いというよりは、
自分の無駄遣い。
私がそれを強制されたら、その時間に
さっさと好きなことしそうだけど、
そういう自由もなかったんだろうか。

シーシュポス(シジフォス)の神話の中でも、
人間への最大の罰は、
穴を掘らせて、それを埋めてを
無限に繰り返させる罰、だと言うもの。

それは、
「あなたのやってることは無駄だ」
「あなたの存在は無意味だ」
って、来る日も来る日も
思い知らされることだよね。

そういう無駄は…キツイな。



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