くもり のち あめ

うしろ向き、うしろ向き、たまに、まえ向き。

水銀灯

2009-06-03 20:09:21 | 日記
しばらく体調がすぐれなくて、
いや、体調だけではなく、心もすぐれなかった。

正直本気で会社を辞めようと思っていた。

上司と飲みに行った帰り道、
電車で降りる駅を寝過ごしてしまった。

タクシーで帰ろうと思ったが、
タクシー乗り場は待ち客の大行列で、
おまけに待機しているタクシーも全部出ていてゼロ。

大雨が降っていたけれど、
一駅なら歩いた方が早いと思って、歩き出したのはいいけれど、
家の方向が全然分からない。

仕方がないので携帯電話のナビウォークを起動して、
大雨のなか歩き出した。

歩きはじめたら突然気持ち悪くなって吐いてしまった。

すれ違う人も車もいない、雨の降る深夜の暗い道で、心のダムが決壊した。

涙がどんどんあふれてきて、嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。

いまの自分も、
いままでの自分も、
仕事も何もかもが嫌になって、
がんばっているつもりの自分もバカみたいで、
いままでなんとかコントロールしていた心が
抑えきれなくなってしまって、
自分の中からあふれ出してしまった。

歩いて帰っている途中、何度も倒れようと思った。
どしゃぶりの道端に倒れて眠ろうと思った。
そのまま目を覚まさなければいいとさえ思った。

もう本当にダメだと思ったそのとき、
幻覚が見えてしまった。

まだ生まれていない自分の娘がとなりに立っていて、
手をつなぎながら一緒に歩いているのだ。

最初は4歳くらいの子だった。

「お父さんがんばって」

と笑いながら励ましてくれた。

それを見たらまた涙が止まらなくなってしまって、
泣きながら歩き続けた。

途中、川を渡る橋を上っていたとき、歩道の水銀等がパチンと消えた。
車道を走るダンプカーに、泥水をはね上げられて全身に浴びた。

一緒に歩いているうちに、
その子はどんどん成長して、
最後は高校生くらいになっていた。

ふくらはぎもつってしまい、フラフラで、
足を引きずるように歩く私の背中をその子は押してくれた。

「もうちょっとだよ」

と励ましてくれて、
そのとき涙はもう止まっていて、
私も弱々しい笑顔になっていた。

橋を下ったらもうすぐ家だ。

そのとき自分の背中が突然明るくなった。

振り向くと、自分のすぐそばの水銀灯だけ明るく灯っていた。

また泣きそうになったけど、
もう泣かなかった。

「ありがとう」

と言って笑った。

翌日は会社を休んだ。

どうなっていたかわからない昨日という日を、
なんとか生ききった。

狂った頭が生み出した妄想なのか、
本当はまだ生きたいという希望が形になったものなのか、
ご先祖様がみせてくれた幻なのかはわからない。

ひとりの女の子の、
未来の愛娘の力を借りて生き伸びた。

感謝した。
いろんなことに。
いろんなひとに。

まだ死んじゃいけないと思った。

自分が受けた幸せと、
せめて同じぐらいの幸せを、
大切な人たちにまだ与えていないから。

それを与えるまでは踏みとどまらなければならない。