この題って2回目のような気がする。
この時期に、また再び「ケルト」に遭遇するとは、 神様がいるのなら「もう一度自分を見つめ直しなさい」と鏡を渡されたような気がする。
こんな能天気な私でも、人生に迷い自分探しの旅に出たことがある。
その時は「自分探し」とも思わなかったけれど、後で思えば、これまた神の見えない手に引き寄せられるようにイギリスとアイルランドの旅に出ることになった。
なぜイギリスとアイルランドなのか?
話せばなが~いし、人の出会いの不思議な因縁もあり、
そして1か月、友人と2人で日本語が全く通じない社会に放りだされ、まさしく自分を見つめる修行の旅となったのでした。
そして、自分にあるもの、ないもの、それを客観的に理解し認めることで、どう生きるかの覚悟を見出すことができたように思います。 私は私、他人と比較する必要を感じなくなりました。
ありのままに在る。 ないものをあるようにみせるほど、人との信頼も遠のく。
それが生きる力が萎えているときに、今まで気にもならなかった「ないもの」が、もう一度「そら、あなたにはやっぱりないじゃない」と突き付けられるような寂しさに襲われ。
そんな時にまたアイルランド刺繍が手元に来たということは、もう一度自分の人生を覚悟をって生きなさいと言われているような。
私にあるもの、ないもの。ないものはない。それでも他人と比べることなく、幸せは自分でデザインしなさい。
そのためにぐるぐる道にまよってもよいと、言われているようなそんな気がしたアイリッシュレース。