日暮しトンボは日々MUSOUする

生きるために妥協する道

昭和61年、私はイラストレーターになるために原宿の印刷会社を辞めた。
会社を辞めてしまったからには、なんとかお金を作らなければ今月の家賃が払えないし、それどころか食費すら底をつくというとんでもない事態になってしまう。 私の焦りは日に日に増していった。 


ガラガラに空いた中央線の電車の中。 神保町にある編集部の帰りだった僕は、買い取ってもらえなかった原稿が挟まったスケッチブックを、隣の座席にため息のようにポンと置く。 向かいの網棚に誰かが捨てていった漫画雑誌。 暇つぶしに手にとってパラパラとめくる。 この頃は漫画雑誌なんてたまに人のを借りて読むくらいで、ほとんど買わないし興味もなかった。 こんな絵でお金になるなんてね〜…なんて思いながら冷やかしに頁を送っていると、欄外にアシスタント募集の文字が… しかも急募と来たもんだ。 と言うことは今連絡すればすぐに雇ってもらえる。 コレだっ!と思った僕は、藁をも掴む勢いで花小金井の駅で降りると、すぐさま電話ボックスに飛び込んで編集部に電話をした。 何か描いたものを持ってすぐに編集部に来れるか?と聞かれたので、私は今すぐ行きます! と二つ返事で逆方向の電車に乗った。 言われた通り、雑誌社の或る水道橋駅で降りる。 その雑誌社の名は少年画報社。 そう、知る人ぞ知る伝説の少年漫画雑誌「少年キング」の編集部である。 先ほどボツになった原稿の中にはペンで描いたものもあるので、漫画じゃないがこれでなんとかなるだろうと思った。 別に漫画家になるわけではないので、編集者と会うのに緊張などは一切しなかった。 どっちかと言うとアルバイトの面接の気分だった。  
狭いロビーで待っていたら、横の階段から小走りで降りてきた長髪で若い男性が僕の方を見て「どーもどーもお待たせ」と、軽い感じで挨拶をした。 先ほど電話で話した人だ。 僕も軽く挨拶をしてから、持ってきたスケッチブックを渡すと、パラパラっとめくって軽く目を通す。  うむ、いいだろう。じゃあ早速行こうか。と言う具合に忙しなくことが進んだ。 ちょっと拍子抜けしたが、すぐに事態が飲み込めた。 要は誰でもいいからすぐに人手が欲しいので選んではいられないと言うことだ。 ハッキリ言って、僕はその漫画家の名前も知らないし、漫画も読んだ事がない。 ただ絵がたいして上手くないので多分雇ってもらえると思ったのだ。 だが実際は決め方が意外すぎるほど雑だった。 ほぼ拉致状態のまま、僕はどこだかわからない東京の下町の狭いアパートに連れていかれた。 その六畳と四畳半の部屋に漫画家先生らしき人とアシスタントらしき人が一人、修羅場状態で黙々と仕事をしている。 僕は「ど、どーも」と、少し緊張気味で挨拶をした。 アシスタントの人が、畳に散らばったスクリーントーンの束をどかして、とりあえずここに座ってて、と言ったので僕は言われるがままに、年季の入ったぺったんこの座布団に座った。 しばらくするとコレとコレ、ゴムかけてベタとホワイトね。と言って原稿を数枚渡された。ゴムをかけると言うのは消しゴムで下書きの鉛筆を消す作業のこと。ベタとは印の付いた部分に髪の毛などの黒い部分を筆を使って墨を塗ること。 ホワイトはポスターカラーや修正液ではみ出したところを直す。 そう言った漫画家特有の専門用語はある程度は知っていたので、すぐに仕事になじんだ。 なぜなら私は高校の頃に漫研にいたからである。 仕事は黙々と続いた。夜中の1時ごろに夜食の牛丼を急いで食べて、休むまもなく仕事は続いた。 この時の僕の仕事は消しゴム、ベタ、ホワイトの仕上げだけだった。 僕たちは一晩徹夜をし、翌日の昼近くに原稿は上がった。 昨日の人が原稿を取りに来て、すぐさま原稿の枚数の確認をし、お疲れ様〜と言って、急いで部屋を出て行った。 ホッと一息ついた先生が僕に「君もお疲れさま〜」と言ってペラペラの茶封筒を渡された。 そして、次は3日後の木曜日の昼ごろ来てね、と言った。  へ!?…    と言うことは正式にアシスタント採用ってことね。 よっしゃ!とりあえずはこれで食いつなげる。 封筒の中を見ると1万円が入っていた。 仕上げだけでも一晩(正確には半日)で1万円、うん、悪くない。 徹夜明けで眩しい陽の光の中、なんとかなるかも… と、少し足取りが軽くなったのを感じた。

ちょっと待てよ、あの先生の名前、なんだっけ? 聞いたけど忙しすぎて忘れた。
てか、ここはどこだ!? 見知らぬ商店街で、徹夜の疲れを抱えたまま、トボトボと最寄りの駅を探す。

こんな調子で僕の漫画家アシスタント生活がいきなり始まったのだ。 





ポルシェのイラスト。 スクリーントーン処理なので拡大縮小するとモアレが出るかも。

たしか戦争反対! というテーマで描いたイラスト。 だったような…


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