映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

追悼:高峰秀子 (その2)

2011年01月22日 | 憑映堂雑記
 高峰秀子さんが小津監督の作品に出演したのは、『東京の合唱』(1931年/松竹蒲田)と『宗方姉妹』(1950年/新東宝)の2本です。『東京の合唱』では子役での出演でしたが、『宗方姉妹』では高峰さんも小津さんも、既にお互いが日本映画界を背負って立つ立場になっていました。その撮影の初日、笠智衆さんの緊張した様子を、高峰さんを始めとする3名の方々が各々書き残しています。その中でも高峰さんのものは、芥川龍之介の短編小説『手巾』を思わせるものです。笠さんが書き記した小津さんから受けたプレッシャー等と併せて載せて置きます…。

 《『父ありき』(1942年/松竹大船)の主役は、『一人息子』(1936年/松竹大船)の僕の演技を小津先生が認めて下さり、抜擢して貰ったのだと聞いています。勿論これは、後で人づてに聞いた事で、本人はそんな事は仰有りません。出演のお話も、全くのいきなりでした。『一人息子』の後、渋谷実監督の『桜の国』(1941年/松竹大船=華北電影)という映画に出て、その試写を見ていた時の事です。隣の席を見たら、小津先生が座っているじゃないですか。僕は「こりゃいかん」と思い、慌てて外に逃げ出しました。そしたら先生も出て来て、「おい、今、観たよ」と。続けて、「君は、悲しい時には悲しい顔、嬉しい時には嬉しい顔、なんか絵に描いたような演技をするね。俺のところでやる時は、表情はナシだ。お能の面でいってくれ」。これが、出演依頼だったのです。先生は能がお好きで、『晩春』などの映画の中でも、能の場面を使っておられるくらいです。お能の面は、それその物は変わらんのに、踊り手の動きや、観客の観る角度で、色んな表情に見える。演じる方は出来るだけ何もせんで、観るほうに任せる小津映画は、能に近かったかも知れません…》 (『大船日記-小津安二郎先生の思い出』笠智衆著/扶桑社より)

 《1947年の『長屋紳士録』(松竹大船)という映画では、こんな事もありました。易者役の僕が、机の上の手相の図に、筆先でチョンチョンとツボを書き込む場面があったのです。これを正面からキャメラで撮っている。筆を使うと、当然、頭が下がる訳ですが、先生は「顔はそのまま」と仰有る。僕が、「そりゃあちょっと不自然じゃないですか」と思い切って抗議してみたら、「笠さん。僕は、君の演技より映画の構図の方が大事なんだよ」と、一蹴されてしまいました。考えてみれば、俳優にとっては誠に無礼な言葉ですが、先生が仰有ると、説得力がある。それに、先生の言葉には、なんとはなしにユーモアがあって、腹を立てる気にはなれんのです…》 (同上)


 ※以下、『宗方姉妹』の撮影初日、笠智衆さんの緊張…。

●薬師寺の僧侶・高田好胤さんの証言
― 第一日目、父親役の笠智衆さんと娘役の田中絹代さんの食事のシーンで、絹代さんのお酌を受ける笠さんの盃を持つ手が震えていた。すると、「笠さん、あんたの役は中気じゃないよ」。小津監督の声がとんだ。しいんと張りつめたセットの雰囲気が、その声でどんなにほぐれた事だろう。 (『小津安二郎―人と仕事』人と仕事刊行会編/蛮友社より)

●美術助手の永井健児さんの証言
― 小津に一番馴れているはずの笠もこの撮影の最初の頃は緊張していて、指先が小刻みに震えるのが、私にも分かった。田中絹代から酌を受けるシーンの時なども手が震え、小津に、「笠さん、あんたの役は中気じゃあないんだぜ」と笑われていた。「笠さん、よその会社じゃあなくて『大船』だと思えよ。古巣だよ、古巣。そう思って大きい船に乗ってるつもりになれば大丈夫だよ」。例によって小津のジョークである。 (『小津安二郎に憑かれた男 美術監督・下河原友雄の生と死』永井健児著/フィルムアート社より)

●高峰秀子さんの証言
― 小津安二郎の前に出た俳優は、老いも若きもおしなべてコチンコチンに硬くなった。笠智衆でさえ、小津安二郎の前ではコチンコチンになるのである。ワナワナと震えるのである。父親の笠智衆と娘の私が廊下に腰を下して話している場面で、私は台詞を言いながらフッと笠智衆の手もとを見た。笠智衆は湯呑み茶碗を持っていた。顔には優しい笑顔が浮かび、台詞はしっかりと間違いなく出ているのに、湯呑み茶碗だけが、『ガクガクガク』と震えているのである。それまではワリと気楽にやっていたつもりだった私は、その茶碗を見た途端に急に肩のあたりがシコシコッと硬くなった。 (『わたしの渡世日記』高峰秀子著/朝日新聞社より)

●芥川龍之介著の『手巾』(青空文庫)⇒http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43_15268.html


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