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キリタケ(シラウオタケ)見っけ。はじめての地衣類

2016年11月28日 | 自然と人のかけはし
高島の林床をてくてく歩いていたら、ふと目が留まりました。
朽木の上に白い毛がたくさん生えています。


よーく見てみると、うっすら緑色になっている朽木の表面から
白いキノコのようなものが生えています。


最近気になっている「地衣類」にこんなのがあったな、と帰って調べてみると

キリタケ(シラウオタケ)という地衣類のキノコ?のようです。

多くの地衣類は子嚢菌類というカビに多い菌類の仲間がベースになっていますが
キリタケは担子菌類というキノコを作る菌類に多い種類がベースになっています。

一本まっすぐなもの、2つ分かれたもの、たくさん分かれたもの。
ますます興味が湧きました。

参考:きのこじきさんのページ
よく通っていた芦生研究林にはお馴染みのようです。気づいたかどうかすら忘れてしまいました…。
シロソウメンタケは印象にあるのですが。

カワウとのつきあい方~アメリカ・ヨーロッパの取り組みから考えるウの管理~

2015年08月02日 | 自然と人のかけはし
それぞれ多くの葛藤を抱えながら対応されている研究者が
直接語る言葉を聞くと、それぞれ愛おしい対象が関わる軋轢に心を痛め、
なんとかしようともがいている感情が伝わってきました。

///概略(記憶違いの言葉が混じるはずです。ご了承下さい)///

カワウとのつきあい方~アメリカ・ヨーロッパの取り組みから考えるウの管理~
2015/7/25@滋賀県立琵琶湖博物館

> 亀田佳代子(琵琶湖博物館)
> 日本におけるカワウ保護管理の現状と課題
カワウは、日本に暮らす他のウと違って、内陸の川や湖でも餌を取り、また樹上にも巣を作ることが特徴です。1960~70年台に大きく減少し、日本全体で3000羽以下コロニー5箇所までになりました。80年台から増えて分布も広がり、それに伴ってアユなど内水面漁業への食害や営巣地での森林景観悪化が問題となりました。90年台から様々な対策が取られるようになり、現在は2013年に環境省が策定した「特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン及び保護管理の手引き」がよりどころになっています。

> Linda R. Wires (アメリカ合衆国魚類野生生物局)
> アメリカ中央部のミミヒメウ管理の歴史的変遷と課題
ミミヒメウは、目の後ろに、上に立った飾り羽がある北米のウです。この鳥にちなんだ地名がつけられるほど目立って多い鳥でした。1970年代までに非常に少なくなり保護の対象でしたが、90年代に劇的に増えて分布も広がりました。人による魚類の乱獲や外来魚侵入、放流やナマズの大規模な養殖などで生態系が変わったこと等が原因と考えられます。それに対して水産資源への影響が懸念されて1998年と2003年に連邦規則が制定され、致死的な管理が行われ50万羽以上駆除されました。
管理の意思決定には科学的な証拠が必要とされておらず、社会的な価値観や憶測、信じこみが一番の動機になっていて、ウがスケープゴートにされています。人の心から発生した「被害」であるため、解決のためには社会学者と倫理問題の研究者が入ることが必要です。寛容さを増加させる方法の一つとして、「たくさんのウがいる壮観な景観を売り物にする」例が紹介されました。

> 坪井潤一(水産総合研究センター)
> 日本の内水面漁業における被害と対策
最も管理が進んだ山梨県の例です。カワウが問題になるのは、1kg3,600円もする放流アユが、直後にカワウに一網打尽にされてしまうからです。しかも放流時期がカワウの子育ての時期と重なるため、大きな投資である放流事業が、「子育て中のカワウに餌をやって増やしているだけ」に感じられるからです。そこで「毎月20日はカワウの日」、漁業者自身が日の出30分前から2時間カワウを数えて、どこにどれだけいるのか情報を共有しました。また駆除個体のお腹を調べてアユの割合がどれくらいか調べてカワウが食べたアユの金額を推定し、2012年の6.5%を放流個体の5%程度に維持するという目標を設定しました。春にアユの放流場所で集中的に追い払いを行い、また新規コロニーを除去するなど被害が少なくなるような場所にカワウの群れを管理する、という対策を行っています。

> Daniel D. Roby (オレゴン州立大学)
> アメリカ西部のミミヒメウ管理の最前線
北米西部のミミヒメウについては、管理が最近始まったところです。コロンビア川の河口にあるイーストサンド島は、安全で近くに魚が豊富なため、1989年には90つがい程だったのが2003年には1万3千つがいにまで急増しました。より北部のコロニーでは減少しています。サーモンはアメリカ人にとってQOLの象徴で、また絶滅危惧区保護法掲載のサケ科の稚魚の捕食圧を下げるためという理由で、政府機関がコロニーの1万1千羽をハンティングにより4年で駆除する計画を立てています。これは北米西部のミミヒメウの15%を駆除することになります。致死的でない代替法が実践されていて、コロニーの一部をフェンスで仕切り、繁殖できる場所を限定して追い払いをしたり、人口巣台やデコイなどで特定の場所に誘引したりしています。在来種でもコロニー性魚食性鳥類が被害の原因としてレッテル貼りされてしまっています。

> 山本麻希(長岡技術科学大学)
> 地域と広域 カワウ個体群管理の考え方
ここにいる多くの方が関わられた「特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン及び保護管理の手引き」についてエッセンスを解説されました。(トークが面白くてメモ出来なかった)
管理計画を立てる際には、「鵜的フェーズ」と名付けられた、各段階のどこにいるかをまず把握し、その後、段階を追って対策を進めることが大切。各自が勝手に追い払うと、分布が広がったり知らないところで被害が出て手に負えなくなります。1羽も殺さないとか絶滅させるとかではなく、「ほどほどにいることを目指す」。データを地図化してワールドカフェにより関係者の合意形成を行います。将来的にどこを残すかなどを共有します。

> David N. Carss (英国生態学水文学研究センター)
> ヨーロッパのカワウ管理システムと体制
カワウはEUでも法律で保護されていますが、各国や各国内でも解釈が異なります。INTERCAFE Projectなどで学際的なネットワークで解決を図っています。欧州議会前で1万人の漁師デモの写真を紹介されました。ヨーロッパでは内陸と大西洋岸に暮らす2亜種がいて、問題になっているのは内陸性の亜種です。広く移動する冬に軋轢が起きています。1月中旬の土曜日にヨーロッパ全体で3千人以上の調査員が参加して一斉カウントをして、2003年で675,835羽と集計されました。カワウについては、魚を減らすという学術的根拠はなく、カワウと魚に関する人間の社会文化的意義を理解する試みが必要です。大西洋岸では、カワウの食文化があります。またグリーンランドではフェザーで中間着を作っています。
カワウと人との問題ではなく、人と人との社会的問題であると思う。

コメントの中で印象的だったのは…

> 須藤明子
滋賀でのシャープシューティングで個体数を減らせたのは重要な一例。
ツールは持っている。自身を持って落ち着いて対応する。

(説明)滋賀での有害駆除について、過去は一般の狩猟者が散弾銃でカワウを撃っていたが、2009年から須藤氏ら専門家がエアライフルを使い高度な大量捕獲を行って、顕著にカワウを減らすことに成功した。

--
募集ページ
http://www.bird-research.jp/1_katsudo/kawau/sympo.html

「トチノキをめぐる社会生態誌―滋賀県高島市朽木を事例に」を聴いて

2015年07月18日 | 自然と人のかけはし
朽木のトチノキについてお話を聴いてきました。
完結なレポートが研究会のウェブサイトにあるので
そちらをお読み頂くのが適切です。

民族自然誌研究会レポート
http://www.showado-kyoto.jp/news/n3583.html

こうやってまとめたらいいのかと感心しつつ、
印象に残った言葉なども記したメモを
ごく参考までに残しておきます。
-----
「トチノキをめぐる社会生態誌―滋賀県高島市朽木を事例に」
2015年7月18日民族自然誌研究会

> 手代木功基(総合地球環境学研究所)
> 「滋賀県朽木地域におけるトチノキ巨木林の立地環境」

1.自然環境
小径木は谷沿いに一様にある
巨木は上流に密集してある…最上流部のなだらかな斜面
->(詳しくは)谷頭凹地と上部谷壁斜面と下部谷壁斜面の間の緩急線付近

←トチは水分と土壌の肥沃な谷底が好適だが、土石流など撹乱が多いため
撹乱が少なく谷底に根を伸ばせる最上流部の斜面に巨木が残る

2.人為的環境
「朽木の杣」古代から木材生産地
鎌倉から明治、朽木氏による安定した統治
ホトラ(肥料用のコナラの枝)や薪炭林・入会と木地生産
戦後はパルプ用材・スギ植林
集落から歩いていける場所
明治以降個人単位に山割りが行われ、利用の仕方が個人単位になった
単木での「トチ買い」も行われてきた
「トチ植えるバカ、トチ伐らんバカ」
…炭用材やスギに良くない
ただし、全体的にはトチの生育を維持する方向に
・奥山ではなく利用されてきた山林に残る。選択的に残された。
・トチ以外の利用(伐採)により生育促進された。

> 八塚春名(日本大学)
> 「トチ餅づくりを支える超地域的なトチノミ利用ネットワークの形成」

山村の衰退→商品化・特産品化
-朽木では鯖寿司と共にトチ餅
…実は流通させても都市では食べられない(アク抜き処理が出来ない)

「ふるまいもち」がずっと行われてきた
昔は女性が連れ立って採集に。
(1986年以降商品化)
雲洞谷(35世帯4つの小字2012年)

アク抜きの手法・灰あわせに2種類。
・煮灰(ニバイ)実を湯につけてから灰あわせ。効率的。現在はこちらで。
・かけ灰(カケバイ)湯を実に何度かかけてから灰あわせ。崩れにくく減りが少ない

1986年栃餅保存会が補助金を受けて施設と機械を購入
1987年くつき新本陣1988年朝市開始。トチ餅販売。
◎朽木居住者も、もっぱら買う。お彼岸のお供えに。

栃の実の売買
朽木「シカがみんな食ってしまう」
福井・滋賀・岐阜などから。行商の方が持ってこられる。
山村から山村に流通する。新しい資源利用の形。地域を越えたネットワーク

飯田義彦氏の代理で藤岡悠一郎
「生きたトチノキを活かす地域づくり活動の展開過程」

滋賀県・「巨木と水源の郷をまもる会」による保全の経緯紹介
2008~2009年 トチ伐採情報。観察会スタート。幹周り7.2mはなんとか残る
32本が契約済。解約解除通知したが裁判に。
2011年滋賀県が保全協力金。49本に対して

「会」秋のトチノキ祭と3月の発表会
下流の針江と協働して苗木づくり
綾部市古屋・長浜市小原地区との交流

トチノキ:供給サービスから文化的サービスへ、比重転換
課題:外部者の割合が大きく地元の成熟がしない・アク抜きなど文化の継承


> コメンテーター(長野・秋山郷の事例紹介)
> 井上卓哉(富士市立博物館)

トチモチ以外に、こざわし、
・トチアンボ(おやきのような、アワ・ヒエの粉を混ぜて、中に包んだもち)
木鉢(こね鉢):生活道具+商品として。江戸時代から。生産が今も。

○1711年文書:割板・・曲物を作って越後へ売っている
…この時点では針葉樹が豊富で、それを利用した商品を売っていた
○「秋山記行(1828)鈴木牧之」
粉のまま食べる。灰あわせしない
地名聞き取りで、「~の栃林」多い
山開きの日がある。家から3名だけ取りに行ける
30年位前に村から離れたところの共有林の栃を伐採して家具屋に売った

「里へ出して交易のものを問ふに:粟・稗・荏(えごま)・木鉢・木鋤(こすき・雪かきスコップ)・樫、檜、松の盤・桂板・サワラ、白木の折敷、秋には干茸・しな縄(シナノキの皮で編んだ縄)…」

1825年秋山記行の頃
「100年前(1700年頃)サワラ、ヒメコマツ、ゴヨウマツで曲物を作ってきた。
 くれ(板)をたくさん。
 あんなにたくさんあったのに、人の欲とはすごいもので、なくなってしまった。
 今はブナ、ナラ、ヤナギ、トチ、雑木ばかりになって困った」

現在の木鉢制作の材料は…秋田から丸太を/国有林伐採・単木払い下げ(終了)/集落近くのトチを

残っている木鉢の製作年と大きさ
…嫁入り道具など、製作年が分かることが多い
直径はあまり変わらないが、高さが大きくなってきた。
→かつて馬の背中に載せた(低い方がたくさん重ねて積める)
 縁が高い方が、そば打ち用に良い(近年)

> 総合討論
雲洞谷トチ餅づくり「仕事を辞めてまですることではない」「リタイアした人が継いでいければ」
綾部市古屋>外部ボランティアの会「古屋でがんばろう会」9月400名で栃の実拾い
 ネットを張って獣害防止。ないところはみんなシカに。1000町歩みんな村の山、だから残ったのかな。
-----
民族自然誌研究会は先輩に連れられて初期の数回参加しました。
ありがとうございます。

「トチノキをめぐる社会生態誌―滋賀県高島市朽木を事例に」を聴いて

2015年07月18日 | 自然と人のかけはし
朽木のトチノキについてお話を聴いてきました。
完結なレポートが研究会のウェブサイトにあるので
そちらをお読み頂くのが適切です。

民族自然誌研究会レポート
http://www.showado-kyoto.jp/news/n3583.html

こうやってまとめたらいいのかと感心しつつ、
印象に残った言葉なども記したメモを
ごく参考までに残しておきます。
-----
「トチノキをめぐる社会生態誌―滋賀県高島市朽木を事例に」
2015年7月18日民族自然誌研究会

> 手代木功基(総合地球環境学研究所)
> 「滋賀県朽木地域におけるトチノキ巨木林の立地環境」

1.自然環境
小径木は谷沿いに一様にある
巨木は上流に密集してある…最上流部のなだらかな斜面
->(詳しくは)谷頭凹地と上部谷壁斜面と下部谷壁斜面の間の緩急線付近

←トチは水分と土壌の肥沃な谷底が好適だが、土石流など撹乱が多いため
撹乱が少なく谷底に根を伸ばせる最上流部の斜面に巨木が残る

2.人為的環境
「朽木の杣」古代から木材生産地
鎌倉から明治、朽木氏による安定した統治
ホトラ(肥料用のコナラの枝)や薪炭林・入会と木地生産
戦後はパルプ用材・スギ植林
集落から歩いていける場所
明治以降個人単位に山割りが行われ、利用の仕方が個人単位になった
単木での「トチ買い」も行われてきた
「トチ植えるバカ、トチ伐らんバカ」
…炭用材やスギに良くない
ただし、全体的にはトチの生育を維持する方向に
・奥山ではなく利用されてきた山林に残る。選択的に残された。
・トチ以外の利用(伐採)により生育促進された。

> 八塚春名(日本大学)
> 「トチ餅づくりを支える超地域的なトチノミ利用ネットワークの形成」

山村の衰退→商品化・特産品化
-朽木では鯖寿司と共にトチ餅
…実は流通させても都市では食べられない(アク抜き処理が出来ない)

「ふるまいもち」がずっと行われてきた
昔は女性が連れ立って採集に。
(1986年以降商品化)
雲洞谷(35世帯4つの小字2012年)

アク抜きの手法・灰あわせに2種類。
・煮灰(ニバイ)実を湯につけてから灰あわせ。効率的。現在はこちらで。
・かけ灰(カケバイ)湯を実に何度かかけてから灰あわせ。崩れにくく減りが少ない

1986年栃餅保存会が補助金を受けて施設と機械を購入
1987年くつき新本陣1988年朝市開始。トチ餅販売。
◎朽木居住者も、もっぱら買う。お彼岸のお供えに。

栃の実の売買
朽木「シカがみんな食ってしまう」
福井・滋賀・岐阜などから。行商の方が持ってこられる。
山村から山村に流通する。新しい資源利用の形。地域を越えたネットワーク

飯田義彦氏の代理で藤岡悠一郎
「生きたトチノキを活かす地域づくり活動の展開過程」

滋賀県・「巨木と水源の郷をまもる会」による保全の経緯紹介
2008~2009年 トチ伐採情報。観察会スタート。幹周り7.2mはなんとか残る
32本が契約済。解約解除通知したが裁判に。
2011年滋賀県が保全協力金。49本に対して

「会」秋のトチノキ祭と3月の発表会
下流の針江と協働して苗木づくり
綾部市古屋・長浜市小原地区との交流

トチノキ:供給サービスから文化的サービスへ、比重転換
課題:外部者の割合が大きく地元の成熟がしない・アク抜きなど文化の継承


> コメンテーター(長野・秋山郷の事例紹介)
> 井上卓哉(富士市立博物館)

トチモチ以外に、こざわし、
・トチアンボ(おやきのような、アワ・ヒエの粉を混ぜて、中に包んだもち)
木鉢(こね鉢):生活道具+商品として。江戸時代から。生産が今も。

○1711年文書:割板・・曲物を作って越後へ売っている
…この時点では針葉樹が豊富で、それを利用した商品を売っていた
○「秋山記行(1828)鈴木牧之」
粉のまま食べる。灰あわせしない
地名聞き取りで、「~の栃林」多い
山開きの日がある。家から3名だけ取りに行ける
30年位前に村から離れたところの共有林の栃を伐採して家具屋に売った

「里へ出して交易のものを問ふに:粟・稗・荏(えごま)・木鉢・木鋤(こすき・雪かきスコップ)・樫、檜、松の盤・桂板・サワラ、白木の折敷、秋には干茸・しな縄(シナノキの皮で編んだ縄)…」

1825年秋山記行の頃
「100年前(1700年頃)サワラ、ヒメコマツ、ゴヨウマツで曲物を作ってきた。
 くれ(板)をたくさん。
 あんなにたくさんあったのに、人の欲とはすごいもので、なくなってしまった。
 今はブナ、ナラ、ヤナギ、トチ、雑木ばかりになって困った」

現在の木鉢制作の材料は…秋田から丸太を/国有林伐採・単木払い下げ(終了)/集落近くのトチを

残っている木鉢の製作年と大きさ
…嫁入り道具など、製作年が分かることが多い
直径はあまり変わらないが、高さが大きくなってきた。
→かつて馬の背中に載せた(低い方がたくさん重ねて積める)
 縁が高い方が、そば打ち用に良い(近年)

> 総合討論
雲洞谷トチ餅づくり「仕事を辞めてまですることではない」「リタイアした人が継いでいければ」
綾部市古屋>外部ボランティアの会「古屋でがんばろう会」9月400名で栃の実拾い
 ネットを張って獣害防止。ないところはみんなシカに。1000町歩みんな村の山、だから残ったのかな。
-----
民族自然誌研究会は先輩に連れられて初期の数回参加しました。
ありがとうございます。

【曇り、難しいかも…】皆既月食を見よう…4月4日

2015年03月29日 | 自然と人のかけはし
滋賀高島は曇りです。あいにくちょっと難しいかなと思います
おうちで待機してみたいと思います!(4/4 17:30追加)
--
とても見やすい時間帯に皆既月食になります
天気予報は あやしいのですが、気負わず 見れたらやる感じ
望遠鏡は持っていきます

※暗くて足元やお顔が分かりにくいです。
 特に申込や受付はいたしませんので お互いの信頼でもって集まりましょう

日時:2015年4月4日(土)20時頃~21時半頃
・すっかり隠れる皆既月食は20:54~21:06.短いです
・18時過ぎに琵琶湖から満月が昇ります
 岡浜で見ると とても美しいです

場所:高島市新旭水鳥観察センター 駐車場
・もしかしたらサイクリングロードを北へ歩いて岡浜で見るかも

・月が見えるお天気の時のみです。

てくてく 三重嶽から大御影山 中央分水嶺・高島トレイル

2014年06月02日 | 自然と人のかけはし
思い立って、てくてく一日 高島の美しいブナの森を歩いてきました。
記事サムネイルに映ってる尾根は大御影山の電波反射板。
左から右へ ず~っと歩きました!

タンナサワフタギがいっぱい

そしてナナカマドも白いお花がいっぱい


標高800m以上では、タニウツギが見頃でした


大御影山で サラサドウダン


ここまでも長かった~三重嶽

三重嶽から若狭方面


はるばる大御影山


あちこちに新鮮なクマハギが。


最後に美しいオオルリが すぐ横で 姿をご披露

森に生きる 人との間(あいだ)に暮らす

2014年03月11日 | 自然と人のかけはし
東北の地震から3年、神戸の地震から19年
長い時間が過ぎたと感じています

8年前に高島に移り住んで、高島市新旭水鳥観察センターを新しくしていきました
年中開いてて 餌付けされてない自然な鳥たちをじっくり見られて
お茶を飲んで、みんなでゆったり出来る、新しい場をつくりました

高島に移り住んできた方々が まず集える場になって、
今の高島につながったと 自分では思っています


そして木登りツアー ツリーカフェをスタートしました

大人も、2,3人で好きな日に貸切で木登りツリーイングを楽しめる、
そんな場が他にないから、何とか自分でも出来るようになったから
何とかやってみようと始めたのが2007年。
なんとか続けています


森と大地の恵みを受けて生きていきたい
それが損なわれたら人間は、寂しくて生きて行けない

地球とつながる時間を 生きものたちは 糧に生きています

それを これからも伝えたいです

雪が積もれば…

2013年12月28日 | 自然と人のかけはし
ようやく高島でも雪が積もりました。

こんなくらい。


こんな日は地面で餌を取る小鳥たちは大変です。
雪かきをした後に下りてきたりします。

上にいるのがカシラダカ。下にいるのがアオジ。
トップの写真は、左側がアオジ、右側がベニマシコ。
動画へのリンクYoutubeもつけておきます。

これがカシラダカ。チッ、チッと小さく鳴くホオジロの仲間。


みんな一生懸命です。
草の種が大事な食べ物なんだ、と胸に刺さります

マキノ寒風、登ってきました

2013年09月12日 | 自然と人のかけはし
ちょいとマキノ高原から、
寒風(かんぷう)という名前のピークまで歩いてきました。
マキノ知内川の谷が きれいに見えます。



標高580mくらいから美しいブナ林です
ヤマガラがニイニイ鳴きながら、ブナの実を食べてました
ゴジュウカラも、どうやらブナの実を枯れ枝に隠していたみたい。
渡りしてる鷹のハチクマも3羽通過しました。


キノコがぽつりぽつり。



コケはしっとり ふさふさ



トリカブトの花が この一本だけ たくさん咲いていました。
これからのようです。


なんてかわいい アセビの新葉


ツクツクボウシがまだまだ元気です。スノーシューが待ち遠しい!