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ノート上のお話

ノートの上に子供が三人、笑顔でしゃべっている。母親はシチューを煮込みながら本を読み、父親は旅先の風景を写真に収めていた。

夜回り先生 水谷 修

2006-12-03 02:46:41 | 本やテレビなど
少し前に、NHKだったか、テレビで夜回り先生水谷修の特集(再放送)をやっていた。
子供たちの悩み、相談を聞き、仕事をこなし、睡眠時間は2,3時間とか言っていた気がする。その時、殴り書きしたメモがある。ちゃんとした文章になっていなくて、なかなか伝わりづらいとは思うけど、感動したこの話を記事として残したいと思ったので、そのメモを少し直して以下に記する。
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水谷修 夜回り先生

<小学校4年生の男の子の話>
わあ本当に夜回り先生っているんだ。僕今日自殺するから。
水谷に電話が入った。
風呂に入れてもらえない。服を洗濯してもらえない。
お尻でタバコの火を消す。
学校でいじめられていた。トイレに足が入った。お前に合っていると言われた。
そこへ担任の先生が通った。
週に二回は風呂に入れてもらえ。洗濯してもらえ。
してもらえない僕は死ななきゃいけない。
周りに信頼できる大人は一人もいないのか?
ばあちゃん校長先生。
ばあちゃん校長先生は頭をなでてくれる。
くさいのに。僕の頭はすごくくさいんだぞ。
自殺するならそのばあちゃん校長先生のところに行ってしなさい。
ロープを持って校長室に行って、いじめの話をして、そこで自殺しなさい。
ばあちゃん校長先生は泣いて抱きしめてくれた。
そしてその子を養子にとって、育ててくれた。


<別の話など>

家の手伝いなど、人のためになることをしなさい。
くつをみがく。部屋を掃除する。料理をする。
お母さんの布団に入って抱きしめる。


心優しくて思いやりのある子ほど自分を責める

辛かったら人のために何かをしなさい

リストカット?いいんじゃない?

リストカットを隠すな
リストカットは心の叫びだから隠すな
お母さんの前で切れ
そして、お母さんとお父さんと電話をくれ


リストカット7%
リストカットをしない学校はない


リストカットははけ口
リストカットをやめさせるな
原因があるのに不満のはけ口だけをとってもだめ


子供たちの輝く目
10褒めて1叱る
褒めたときの輝く目 こんなに美しいものはない
これがあるから夜回りをやめられない


人のために何かしなさい
意識を外に向けなさい
自分のことじゃなくて人のこと考えろ
命は人のためにある


部屋を空けてみろ。外に何が見える。
おばあちゃんが重そうに何か運んでいる。
手伝ってやれ。
おばあちゃんに「ありがとう」って言われた。


昔いじめられていたやつに会った
なんだお前まだ死んでなかったのか
メール43本
先生返事ちょうだい死んじゃいたくなっちゃうよ声聞かせてよ
ちょうど地方公演に行っていて気付いてやれなかった



<あいの話>
シンナーを吸い。
43人の男と…。
エイズにかかった。
50キロあった身体が20キロ台前半
先生、全ての公演で私の話をして
それで一人でも夜にいる人が昼に戻ったら
一人でも昼にいる人が夜に行かなくなれば


<感想など>

なんて自分はちっぽけな…ほんと。水谷修すげえ。僕は曲・詞を書くことを趣味として持っている。自分のやっていることが本当に小さいことに見える。全然ダメ。ぜんぜん弱い。何にも分かってない。人の気持ちになっていない。いろんな辛い人がいることをわかっていない。夜の世界を知らない。夜外に出られない世界を知らない。麻薬の世界を知らない。リストカットの世界を知らない。
知らなさ過ぎる。世界では?
いや、それどころか、すごく身近な世界でさえほとんど分かっていないんじゃないか。
詞の世界が狭い。スケールが狭い。分かっていないから訴えが弱い。


受身。人に何かしてもらいたい。人は何もしてくれない。そう思う前に、人に何かをしてあげよう。人に優しくしよう。自分が不幸だと思っている人は、人に何かしてもらいたいと思うだけで、人に対して何もしていないんじゃないか。人に優しくしなさい。自分にできる、人のためにできることをしなさい。目を外に向けなさい。
これが番組の中で水谷修が何度も言っていたことである。

善悪と行動とその間にあるもの

2006-11-01 00:10:15 | 本やテレビなど
<事例1>
タクシー待ちで並ぶ列に割り込んだ二人組みに、注意をする年配の男性。
しかし、二人組みは反抗。それに対し周りの人は無視。注意をした男性は孤立する。

<事例2>
一方ドイツで、やはり列に割り込んだ男性を、カバンで叩く少女。周りの大人はそれに応戦。割り込んだ男性はそそくさと去る。

ここで問題になっているのは、善悪の判断ではなく孤立するかしないか、である。


『会社を変える人の「味方のつくり方」』柴田昌治 著
の最初の部分にこのようなことが書かれている。
またこの本の最後の部分にはこんなことも書かれていた。

「人間が組織の中で生きる」ということをもう一度ずっしりと受け止めてみて、納得できる生き方、納得できる人生をもう一度いっしょに掴み直してみよう、という本。
真面目や几帳面ではなく、誠実でありたい。事実に対して、自分自身に対して"誠実"でありたい。


正確に引用しているわけではないので、括弧書きにはしていない。
昨日の夜、この部分を読んで、今日の朝テレビで、「うちの学校にいじめはなかった」と発言する校長先生の言葉を聞いた。


人によって善悪の判断が違うということは、国の争いなどを見れば分かることであるが、善悪の判断を同じくしていても、それ以外の要素によって人は大きく動かされる。
恐らくあの校長に善悪の判断はあると思う。だがそれがうまく働いていない。

小学生の頃、信号無視をした。交通ルールを守るよう言い聴かされている私にとって、信号無視は善悪の判断でいうと悪であった。だがそこで悪に走った原因は、車が来ないから(安全)、早いから(利益)である。付け加えるならば、注意する人が誰も見ていない(抑制なし)状況であった。
善悪による行動は、"安全の量"、"利害の量"、"抑制の量"によって、覆る。
最初に挙げた列に割り込む人の二つの例では、"安全の量"が環境によって随分違っているように思う。

「自分も巻き込まれるかもしれないから、助けない」
「きっと周りの皆が仲間になってくれるから、助ける」

善行が不安で押しつぶされるか、場の空気が手助けしてくれるか。

また、"利害の量"についても判断の材料になるかもしれない。

「別に自分は得しないから、助けない」
「人を助けてあげられるから、助ける」或いは「自分がいい人になれるから、助ける」

残った"抑制の量"は、法律や信仰、他人の言動などによるものだが、この例にむりやり当てはめると、

「助けなきゃいけないって決まってないから、助けない」
「困っている人は助けなきゃいけない。助けなきゃバチが当たるから、助ける」

などという風になるだろうか。

さて、いじめの事実を否定するあの校長の発言。いったい何が善悪の判断を呑み込んでしまったのか。

爆笑問題×東大・東大教養決定版 感想

2006-07-16 23:49:44 | 本やテレビなど
爆笑問題×東大・東大教養決定版
2006年7月16日1:00~3:00
NHK総合


番組中、東大生が爆笑問題の太田に質問をする場面があった。
「~をするにはどうすればいいですか。」「~をする方法を教えてください。」
という感じの質問が多かった気がする。
これを聞いて皆さんは何かを感じるだろうか。
実際には具体的な言葉や番組の流れがあったのでこれだけで意見を言うのは難しいかもしれない。
だが、番組を見た人は今から書くようなことを感じた人が多いのではないかと思う。
それは、質問の質があまりよくないということだ。
受身にならないで、自分で何か面白いことを見つけて、自分で調べて、自らが主体となって行動することが大切だという話の後で、相手に答えを求める質問をするのはどうもしっくりこなかった。

答えを求めるんじゃなくて意見を聞くというスタイルがその場には合っているような気がした。例えば、「~ということをおっしゃっていましたが、実際に体験したことでそう感じたことはありますか」とか「~するために、何か心がけていることはありますか」「~のときどう感じましたか」など。私に教えてくださいという質問ではなく、私が考えるヒントをくださいというニュアンスの質問をしてほしかった。


話は変わる。

赤ちゃんはストレートに感情を表現する。そして何が言いたいのか分からないから、何を言いたいんだろうと周りの人が考える。赤ちゃんは正確に言葉で表現することができないから、まわりが気を使わないといけない。それに対し、難しい専門家の言っていることは一般人には分からない。難しい専門用語をストレートに表現しても一般の人には分からないから、それを伝えるためには分かりやすく言葉を変えて説明する必要がある。それが教養であると言っていた。
自分の言っていることが相手に伝わらず、「何で分からないんだ」と言うことは、私は教養がないですと言っているようなものかもしれません。

イーグル京和かっこいい

2006-05-07 03:32:19 | 本やテレビなど
WBC世界ミニマム級戦
イーグル京和 対 ロデル・マヨール

結果はイーグルが3-0の判定勝ち

イーグル京和がかっこよかったぁ。
久しぶりにミニマム級のボクシングをテレビで見ました。
やっぱり速い。そして両者とも強い。強い。

 最初は少し挑戦者マヨールの方がおしていて、最強無敗の挑戦者、22戦17KOはやっぱりすごいなぁと思って見ていました。チャンピオン危ないんじゃないかと思っていたのですが、スロースターターと言われるだけあって、後半はチャンピオンのイーグルが主導権を握り、最終ラウンドではダウンを奪いました。
 挑戦者のリズムで試合が進んでいったのに、ずっと冷静に最終ラウンドまでを見据えて試合を運び続け、最後には自分のペースに持っていってしまったのはすばらしかったです。ボクシングらしい激しいどつきあいも見られたし、言うことありません。感動しました。


 先日は亀田兄弟の試合をゴールデンでやっていましたが、あれは実力差があり過ぎですよね。この試合は両者とも強かったので試合中ずっと面白かったし白熱しました。そしてひとりごとが深夜のリビングで飛び交っていました。「つよい!」「はやい!」「おっ!」「すげぇ」「ボディー」「みぎいいなぁ」………

 深夜の雨の音ってなんだか心地いいですよね。たくさんの人と街が寝静まっていて、その静かな街で雨が木の葉やアスファルトを鳴らして、その音がやさしくてすごく近くに感じて、ここちいい。


スタジオパーク ゲスト:中山エミリ

2006-02-01 03:30:42 | 本やテレビなど
2006/1/31 13:05~13:59 NHK総合テレビ 
スタジオパークからこんにちは ゲスト:中山エミリ

中山エミリ、男っぽかったです。

ダチョウ乗ったり空中ブランコ乗ったり、過酷なロケが多かったり。
一人暮らしがすごく楽しいとか言ってました。
ちょっと印象変わったなあ。


、一番印象に残ったのは、スタジオ観覧で来ていた小学生のボク。君。
中山エミリさんが司会を務めるNHKの番組を紹介していたとき、頭がやわらかいと解けるような問題が出題、その小学生が正解。キャスターの渡辺あゆみさんなどが、もてはやす。すごいわね。将来はノーベル賞とるんじゃ…
ノーベル賞の言葉に小学生のボクも、「たかがこんな問題当たっただけでノーベル賞って、バカにしてんのか」を心の奥に潜めた、困りながらの呆れ顔。

小さい子って結構大人の対応気になるんですよね。明らかに子供向けのほめかたっていうか、型にはまった接し方。小学生にもなればそういう大人の接し方に対して何らかの感情を抱きます。嫌がる人はそんなに多くないだろうけど、なんかむずがゆい思いをしている子も結構いるんじゃないかなあ。
俺そうだったし。。


トップランナー2月5日(日)のゲスト、リリー・フランキーですね。

七福神

2005-12-29 17:00:12 | 本やテレビなど

2005/12/29(木) 読売新聞朝刊 (11)解説
画一化の弊害噴出 玄侑宗久

「七福神の精神をご存知だろうか。なぜ七福神がめでたいかというと、あの7人はどんな問題をぶつけても、必ず意見が割れるから。その代わり、6人が反対しても必ず1人は賛成してくれる。」(本文より抜粋)

 安田善憲氏(前に一度話を聞いたことがある日本大好き欧米嫌いのおっちゃん。文章では伝わりませんが熱くておもろい人です)の話が隣に載っていますが、作家の玄侑宗久さんの記事を読んでの感想をちょっとだけ。
 
 考え方や価値観の画一化への疑問というのは、私が良く考えるテーマでもあります。それは大学で大きな部活に入ったのが考えるきっかけの一つになったと思います。
 人数が多い部活は一つの社会です。そこには団体行動があり、規律があり、仲間意識があり、独特の雰囲気があります。そこで問題なのは画一的にならないとまとまらないことです。つまり部員としてやるべきことをやり、部活になじんでいる人で部活が作られると部活自体はまとまり、行事などスムーズに行えるし学校側に迷惑をかける心配も減ります。そこに例えば仕事をやらない人がいると、まず部員の不満が出ます。そして同じ空間に嫌いな人がいると楽しめない人がたくさんいます。それが多対少になると、少の人は排除されます。だけどその少人数の人たちにも七福神のうちの誰かは必ず微笑みます。
 小さい団体の場合はある意味では、同じ考えの人を集めようという目的もあったりするので、画一的にならざるを得ないでしょう。ただそれが大きくなっていったとき、どうなるか。その団体の目指すところにもよると思いますが、少なくとも規模が大きくなればなるほど、その目指すところを画一化することさえできなくなってしまうでしょう。そうなると、実は混沌とした状態こそが、一番安定の状態だったりするのかもしれません。

孔子VS.バカ男(1)

2005-12-21 02:35:14 | 本やテレビなど
①『孔子 人間、どこまで大きくなれるか』 渋沢栄一 著/竹内 均 編・解説 三笠書房
②『バカになれる男の魅力』河野守宏 著 三笠書房

今この二冊の本を同時進行で読んでいこうと思っています。おもろいかなと思ってね。たぶん②のほうが先に読み終えると思うけど。

①P.12より抜粋
「学びて時にこれを習う。また説(よろこ)ばしからずや」
「学問をして、それを日常生活の中でいつも自分のものとして復習練習すれば、その学んだものはすべて自分の知識となり、物我一体の境地に達する。これが知行同一である。よろこばしいことだ。」

うむ。さすが孔子。学んだことって使わないとすぐに忘れちゃうんですよね。逆に何かに使えないと学ぶ気が起きない。ただやるだけ、覚えるだけの勉強じゃあ退屈で意味ないと思っちゃいますもんねえ。

②p31辺り
「恥はさらけ出せ! 自然に人が寄ってくる」
この人は出張の際、遊んでいたのを隠すために嘘の日報を書いたが、日付2月30日というありえない日の日報まで書いてしまい、ばれて課長に怒られた。
しかし、その後「ニガツ・サンジュウイチニチ」という名前に改名し、名刺まで作り、仕事をした。すると社内でも社外でも人気者となったり、取引相手の距離感や警戒心がなくなったり、セールスマンとして仕事がうまくいったのである。

失敗を自分のあだ名にしてしまうとは…異次元の話だな
ここまでできなくても、失敗をさらけ出したりすると、人は親近感が湧くものですよね。なんか安心するというか。器でかくなりたいなあ。


あいちゃん「かえろう」

2005-11-24 00:14:17 | 本やテレビなど
あいちゃん「かえろう」

11月23日(水)日本テレビ22:30~ ドラマ「あいのうた」

見た人にしかわからないだろうけど、菅野美穂の演技がやばかった。最後のセリフ。やばかったです。
なんとか声に出して元気よく言おうとしたんだけど、心の奥の悲しみが残っていて、ちょっと弱くて、だけど表情には全く出さないで、我慢して笑顔作って、声がわずかに震えていた感じがやばかったです。


2005/8/25アンビリバボー

2005-08-25 21:29:58 | 本やテレビなど
盲目の画家。リサ。
こういうの見ると泣きそうになります。目が見えないんです。絵がうまいんです。ものすごい努力です。
人間の可能性の大きさを感じました。

目が見えないとは思えないすごく細かい構図までできているんです。
何百冊という美術の本を夫に音読してもらい、それを聴いて覚え、絵の具の色は触った感触で分かり、キャンバスに書いている絵をイメージと触った感触だけで理解する。

耳の聞こえないピアニストとか、目の見えない画家とか、それをやるには致命的な能力が無いにもかかわらず、努力でそれを実現させてしまう。そんな話、そんな作品は、本当に感動しますよね。やばいですよね。人間てすごいですよね。偉大ですね。尊敬しますね。そういう障害のない僕らは負けていられないですよね。はい。


ジュラシック・コードをみて

2005-06-27 00:21:01 | 本やテレビなど
ジュラシック・コード 2005/6/25(土) 19:00~20:54 テレビ朝日系列24局ネット

欲望と理性の葛藤

 ストレスは優しさである。もし仮にコンピュータと脳を接続しストレスをコントロールできるようになったなら、人は優しさを忘れてしまうかもしれない。人類の歴史が欲望と理性の葛藤の歴史であるとして、人間であることの定義をその葛藤であるとするなら、その間にあるストレスだけをなくすということはどういうことだろうか。
 もし人の優しさも欲望の中に含まれているとするならば、ストレスだけをそこから切り離すことは不可能。もし優しさだけを取り除くとするならば、人と人のつながりはどこから生まれるでしょうか。社会的動物であることをやめ、個々がそれぞれに歩みはじめ、だけど欲望を満たすために人と共存せざるを得ない。そしてそこに思いやりの心がないならば、どういう結果になってしまうでしょうか。恐ろしいです。
 葛藤と共有は人間であることの証です。共有するための技術はIT革命により飛躍的に発展しましたが、爬虫類脳に刻まれた欲望も時代に合わせて姿を変えてきました。生活が楽になればなるほど更に楽を求める。時代に合せて変わるものと変わらないもの。人に優しくなれることまでも時代が変えてしまうということは、人が人でなくなってしまうことを意味するのだと私は思います。

ストレスを操るなんてテレビではやってなかったけど…(-"-)
科学技術が発達すればできそうですよね。

cannon HP 6/25ジュラシック・コード