爆問学問 爆笑問題のニッポンの教養
爆笑問題×京大 独創力!
2008年3月25日放送
1.番組を見た直後の感想
独創性について
自分の意見を貫くことが大事なのではない。曲げないことが素晴らしいのではない。そして、信じて進むことが正しいことでもないと思う。
世界を変えるような独創的な異端児は人を刺すかもしれない。自由とは秩序を乱す。それを野放しにしていいのか。(太田光談)
ストーカーは自分を信じる。凶悪な犯罪者の多くは、自分を貫いている。
自分の意見を考え続けることが大事。貫くか曲げるか考え続けて、誰よりも考え続けて、誰よりも深いところまで行き着いて、そこで自分の意見を貫いたり曲げたりすることがすごいと思う。本当に信じられることなのかを考えることが重要。広く深く、誰よりも深く、本当に深く、考えることが大切なのだと。
2.爆笑問題の対戦感想を読んでの感想
(※爆笑問題の対戦感想を一部抜粋)
太田:それで結局何を思ったかっていうと、やっぱり現場で実際に言葉にしていくことの内容っていうかな、学問が・・・とか、独創性が・・・とかいうことはさ、もう最終的にはどうでもいいことなんじゃないかってことですよ。人間と人間がワーッと夢中で話していることそのものが与えるインパクトの方が、普段僕らが一生懸命言葉を探して表現しようとしていることよりも勝っちゃうんだなっていう。多分今日会場に来てくれた学生たちも、何を話していたのかっていうのは忘れちゃうかもしれないけど、ワーッと何かやっていた、自分たちもワーッと聞いていたっていうことの方が、何か記憶に残るんじゃないかなと思うわけ。そういう意味で言うと、僕らは言葉を仕事にしているんですけど、やっぱり言葉にあまりに重きを置きすぎているんじゃないかって思えてくるんですよね。特にこの番組をやっていると。それをまた改めて思いましたね。すごく楽しい経験でした。
爆笑問題のニッポンの教養|過去放送記録
http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/20080325.html
今日たまたま、会議で進行役をしました。会議といっても、何かを決めるための会議ではなく、意見を多く出すための会議です。うまくしゃべれませんでした。
少し前に、ライブのMCで、自分は人前でしゃべるのが苦手だという話しをしました。好き嫌いとは関係なく、苦手だと思っています。特にアドリブで話すのが苦手。頭の回転が遅いせいだと思います。だけど、それだけじゃないということに気付きました。また、人間の特性、人は案外いいかげんであるという知識(記憶)を思い出しました。
頭の回転が遅いせいで、言葉がすぐに出てこない。ゆっくり考えれば出てくる。でも人前で話すのが苦手な原因は、他にもある。それは、言葉を慎重に選んで、また頭の中でしっかりと理解して組み立ててからでないと、言葉に出せないということ。1対1で話しているときは、そんなにきっちりとはしないけど、大勢を前にするとそれが顕著になる。相手が一人だと、多少変なことを言ってもコミュニケーションでなんとかなる。相手が大勢だとそれが難しい。だから大勢の人の前だとうまくしゃべれない。
そこで、上記の爆笑問題太田の言葉。
言葉の内容よりも、ワーッとやっている印象の方が人の心に残る。人の記憶には、内容よりも印象が強く残るのだと言っている。その通りだと思います。選挙に関して、昔面白い話を聞いた記憶がある。実際の本当の州知事選挙の結果と、立候補者の考えを全く知らないほかの州の人が、立候補者の写真を見た印象だけで選んだ結果とが、一致したというもの。僕の記憶も少しあいまいなのでどこまで信じられる事実かは分からないですが(何かのテレビ番組だったかな)、人は恐ろしいほど内容よりも印象で物事を判断しているという例は、これ以外にも何度も耳にした記憶があります。これは自分自身の体験からもそう思うことが多いし、実際もそうだと思います。
内容を考えて黙っている姿と、内容が多少違うけどどうどうと意見を言っている姿。たぶん文章にして書いたり、ゆっくり間をおいて考えたりしたら、前者の判断の方が正しいかもしれません。しかし、多くの人は、後者の人のほうに強い印象を抱き、また信じてしまうかもしれない。これは人前で表現する人、多くの人に見られる立場にいる人は、周知しておかなければならないことです。
何かを文章に書く場合、内容を重視する。だけど何かを言葉に出す場合は、そこまで言葉の内容を意識しなくてもよいのです。それよりも大切なことがあるから。