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ノート上のお話

ノートの上に子供が三人、笑顔でしゃべっている。母親はシチューを煮込みながら本を読み、父親は旅先の風景を写真に収めていた。

ノート上のお話「日常と非日常の融合」

2013-06-06 23:35:33 | ノート上のお話
小さい頃、家が忍者屋敷みたいだったら毎日面白いのにとか、遊園地の乗り物みたいなのが普通の道にあったらいいのにとか、日常と非日常の融合みたいなことを考えていた。

人の脳は、リラックスしているときに出るα波と、緊張しているときに出るβ波とのバランスを取りたがっている。

職場にいるときは眉間に力が入っている。バランスを考えて、かわいい小さな子供がやって来た。何万という情報が飛び交う波の間をくぐり抜け、そのほっこりと笑った表情と、さっきまでの自分とが調和されて、バランスを取った。

それにしてもフィクションとノンフィクションの区別はどうやって付ければ良いのだろう。まあ、知りたいわけじゃないけど、ただその間をさまよってみたい気分になったから。
また、何かを始めないといけないね。もう寝るけど、朝になっても、アンバランスに親しみを感じて、無駄なことを考えていなければいいな。
非日常も、周りとの関係の中で価値が生まれる。世の中との関係の中で。

ノート上のお話「僕の左手」

2011-07-24 17:10:18 | ノート上のお話
ノート上のお話「僕の左手」

 左手が落ちていた。殺人事件ではない。僕の左手が落ちていた。僕はそれを右手で拾い鞄に入れた。どうしよう。まさか自分の左手が落ちているなんて。
 夕方になると湿気が増したように感じる。僕の心は静かに燃え始めていた。それはいつか海辺で見た夕陽のように壮大で美しいものを、絶えず求め続けている一人の旅人のよう。旅人の心の中では、未来への不安と希望が同居していて、お互いが手を組んで同じ作品を作り上げている。
 「あなたが好き」
 駅で恋愛ゴッコをしているカップルの横を、たくさんの人が通り過ぎる。二人の特別な時間と他人の日常の時間が、奇妙につり合ってその場の空気を作っている。不思議な作品だ。なぜこの二つの時間が調和できるのだろう。
 人は本来自分勝手なものだ。そしてそれを分かっていながら、社会の調和の中で生きている。奇妙なつり合いは、人と社会の関係を、その姿をそのまま描いているだけなのだろうか。現在と将来、日常と夢物語、そして僕の、左手と右手。

ノート「こしぬけ」

2009-07-21 23:31:09 | ノート上のお話
「こしぬけ」
「こしぬけじゃないやい」
「こしぬけだよ」
「ちが~う」
「こしぬけこしぬけ」
「こしとか全然ぬけてないし」

心地よいソプラノサックスの音色が軽快に響く

「ぬけてるよ~。こしがぬけてるうどんくん~」
「ちが~うよ」
「おお、これはすごい。まさしくこれはこしがぬけてるうどんです。信じられません」
「こしぬけじゃないもん。ぜったいだもん。ちがうもん」
「こしぬけうどん~うどんのこしぬけ~」

一切れのカツがご飯の丘から落ちる

「おちた~おちた~落とされた~嫌われてるから落とされた~」
「ふん。こしぬけのくせになまいきな」
「こしぬけじゃないよ~」
「まあでも先に行かせてもらうよ。こしぬけはせいぜいほざいてな」
「あ、行っちゃうんだ。僕も、僕もすぐ行くよ。すぐ、すぐに行くから。。」

アルトサックスが妖艶にからむ

ごはん処 やよい軒 にて

ノート「あけましておめでとうございます」

2009-01-14 23:00:42 | ノート上のお話
ねえ「あんた更新してないでしょ。毎日書くんじゃなかったの?」
とし「こーしん?まいにち?この前コボちゃんが面白かったよ」
ねえ「コボちゃん?あんたのブログの話してるの。更新してないでしょ!?」
とし「だって、おじいちゃんがこーんな顔してたんだよ!こーんなっ!」
ねえ「ふっ、なは、なによそれ。」
とし「あほ」
ねえ「まあ、いいわ。無理して書いてもつまらないしね。その日やったことを順番に並べられても、つまらなくて読めない」
とし「今日朝起きました。そうしたらすごく眠かったです。だからまた寝ました。そうしたらお母さんに怒られたので起きました。学校へ行く時すごく寒かったので、しんくんとお母さんに怒られた話をしました。そうしたらしんくんもお母さんに怒られたそうです。二人で笑いました。おもしろかったです」



ばあ「お年玉をあげようね」
ねえ・とし・みい「わ~いっ!!わぁー。わぁ~。やった!やった!!」

とう「あけましておめでとうございます」
かあ「明けまして、おめでとうございます」

ノート「戦争が始まる」

2008-07-09 02:15:43 | ノート上のお話
2010年 9月1日(水) 

アナウンサー「日本政府は先ほど、驚くべき見解を発表しました。戦争がはじまります」

 平和を守るために戦争はあってはならない。そう信じてきた。しかし、現実はそんなに単純ではない。

戦争をしないと人類は滅びる。

 受け入れがたい研究結果が出てしまった。戦争をしないと人類が滅びる。そうなってしまう。これは事実だ。政府は苦渋の選択をした。今戦争をしないで数年後人類を滅ぼすか、戦争をするか。
 著名人はこぞってこれに反対した。もちろん国民も。だって、今までずっとそう教えられてきたのだ。戦争をしてはいけない。犠牲者を出してはならない。過ちは二度と繰り返してはならない。そう教えられてきたのだ。今さら考えは変えられない。

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2008年7月8日(火)日本テレビ 21:00~「あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」

良いことと悪いことの判断。どうすれば良い悪いの判別がつくか。誰かが何かを主張すれば必ず誰かが反対する。
何を基準に判断すればよいのか。自分か。自分とは日本で教育を受けてきた自分か。親の影響を受けてきた自分か。日本のテレビやメディアを見て、日本語で書かれた本を読んできた自分か。それとも自分より知識のある、信頼できる誰かを頼ればいいのか。

ノート「ちんもく」

2008-06-15 01:10:14 | ノート上のお話
「あの人しゃべらないの大丈夫系なんだよね」
「おれムリ。沈黙とかちょームリ」
「あたしも無理なんだけど、ちょーありえなくね」
「ちょーありえね」

「プレゼンをするとき、あえて沈黙を作ることで相手に考えさせることができます。人は沈黙すると考える習性があるのです。プレゼンでは上手に間をとりながら進めていきましょう」

「なんでしゃべらないの。しゃべってよ」
「いろはにほへとちりぬるを」
「あの、昨日さぁ、私担任に怒られたじゃん。マジうざかったんだけど」
「わかよたれそつねならむ」
「っていうか、なんで私だけあんな言われ方するわけ?嫌われてるから?」
「うゐのおくやまけふこえて」
「あさきゆめみし」
「ゑひもせす」
「ん!」

ノート「あの人は腰痛だね」

2008-06-15 00:51:00 | ノート上のお話
あの人は腰痛だね。腰に手を当てている。
あの人は腰痛だね。牛乳を飲むとき、腰に手を当てている。
あの人は腰痛だね。牛乳を飲むとき、腰に手を当てて、しかめ面をしている。
あの人は腰痛だね。高校時代、野球で腰を痛めてからずっと腰痛持ちなんだ。
あの人は腰痛だね。だって重いものは持てないという。
あの人は腰痛だね。だって腕の力がないから重いものは持てないという。
あの人は腰痛だね。さっきそう言ってた。
あの人は腰痛だね。さっきテレビでそう言ってた。
あの人は腰痛だね。さっきテレビで顔色が悪いのは腰痛のせいだって、そう言ってた。
あの人は腰痛だね。顔からして。
あの人は腰痛だね。そういうことにしてください。
あの人は腰痛です。間違いありません。

ノート「あやまる」

2008-05-11 01:22:42 | ノート上のお話
とし「きらきらしてるね」
みい「わーすごーい」
とし「きらきらー」
ねえ「何千何万という葉のこすれる音。美しい」

あやまるという行為は、論理的解決のために使う場合と心理的解決のために使う場合がある。

論理的解決
「悪いことをした」→「あやまる」

心理的解決
「悪いことをしたか分からないけど」→「あやまる」

論理的解決のほうは特に説明する必要はないだろう。
心理的解決に関して。自分が悪いことをしたかどうかわからなくても、あやまる人がいる。
「なんか怒ってそうだ」→「あやまる」
「誤っておけば被害が少ないだろうから」→「あやまる」
「顔を見たら習慣的に」→「あやまる」
「とにかく相手の機嫌を取るために」→「あやまる」
「少しでも人間関係を悪くしないために癖で」→「あやまる」
「場の雰囲気を明るくするために」→「あやっまる」
「自分はどうしようもないやつだぜ」→「あやっまるっ」
「自分がやることはきっとみんな悪いことだ」→「あや~まる」
「なんかあやまると落ち着くから」→「あやまろ」
「あやまるときは」→「すまません」


ねえ「としって全然あやまらないよね」
とし「そんなことないよう」
みい「あやまらないよ」
とし「あやまるよう。あやまるあやまる」
ねえ「じゃあ今あやまって」
とし「やだい。だってぼく悪いことしてないもん!」
みい「だってボク悪いことしてないモン!」
とし「マネするなよ~」
みい「まねするなヨ~」
バシッ
みい「あっ!いたい」
ねえ「あ。ぶった。とし、あやまりなさい。謝罪しなさい。」
とし「や~だ。やだね~」
みい「いたいよ~。いたいいたい。あ~いたいよ~」
とし「い~~だ」

ノート「プリンのやつ」

2007-12-18 00:54:46 | ノート上のお話

「…あ、いや。ほらほら、あれあれ、なんだっけ、あれだよ。あれ」
「「あれ」が多くなるのは老化している証拠だよ」
「いやだって、あれはさあ、すごいよな」

一度言いかけて飲み込んだ言葉に、どんな意味があったのか。

「どーんと。こう、だーっときて、どーんって」
「わかんないよ…」

内容を論じることは、もう全く意味を持たない。ただいること以外に、何が必要だというのか。

「それはさあ、違うんだよ」
「え?なんで?」
「だって、きっとそこには行かない」
「いかない?」
「行かない。プリンの海を泳ぐ蟻がいたんだ。そしてこう言った。『最高にうまいプリンだ。これをみんなに持って帰ろう』って。だけど蟻はもう既に、そこから離れられなくなっていた」
「プリンの誘惑に負けたの?」
「それもあるかもしれないけど、プリンよりは、クッションに惹かれたんだと思う」
「ん?クッション?」
「うん。忘年会で当たった」
「プリンのクッション?」
「いぇ~い」

ノート「トマトジュース」

2007-04-04 00:53:57 | ノート上のお話

トマトジュースは赤い。赤いといったらポスト。だけどポストにリコピンはない。
ポストにリコピンがあったらどうなるだろう。
きっと食べない。
リコピンは活性酸素を消去する働きがあるそうだ。
だからってポストは食べないぞ。ぜったい。

食べられるポストを作ったお菓子工場があった。お菓子の街を作るために必要だったからだ。そこでは信号やブロック塀、街路樹や車、電車など、街にあるものすべてをお菓子で作っていた。
ポストは当初飴で作られていた。飴は色んな形に変形しやすく、色も簡単につけられ、使いやすかったからだ。だけどある日突然、ポストを作っていたお菓子職人が言った。
「飴はあまいからやだ」
単なるわがままだった。
「割れたりするし」
何を使ってもお菓子だから壊れやすい。
「ポストに入れる手紙はホワイトチョコレートがいい」
甘い手紙だ。
だけどそのお菓子職人は、何を使ってポストを作るのがいいか思いつかなかった。ゼリーはぷるっぷるするし、クッキーじゃあ飴よりももろい。イチゴをポストにするのは難しいし、どうすればいいか20秒ほど考えた結果、しぶしぶ飴で作ることに決めた。しょうがないなあ。

でもポストにはリコピンを入れよう。だってリコピンには活性酸素を消去する働きのあるトマトがたくさん含まれているんだ。ポストとトマトの共通点は、赤いことのほかに見当たらない。ポストを作る飴にはリコピンが入れられた。これでよし。

お菓子の街は楽しい街だ。全部食べられるから。食べるのが楽しいのだ。見ることじゃない。中でもポストは最高だ。だって活性酸素を消去する働きのあるリコピンが含まれているんだ。リコリスでもデコピンでもない。ましてやガチャピンなんてもってのほかだ。

(気が向いたら続く…)