『獄中記』

ジェフリー・アーチャー著 『獄中記』

地獄篇より

「1日目―2001年7月19日(木曜日)午後12:07」
「『被告を四年の刑に処す』高等法院裁判官のポッツ判事が裁判官席から私を見下ろし、喜びを隠しきれない声で言う。そして、私に退廷を命じる。」

思いがけず実刑が下されたアーチャー。テムズ川南岸のウリッジにあるベルマーシュ刑務所が最初の収監先となった。

「<BELMARSH PRISON>という表示板が見える。どこかのお調子者が、B を線で消し、H に変えている。〝ヘルマーシュ”--地獄の沼。心弾む友好的な歓迎の言葉からは程遠い。」

「ヴァンはコンピューターで制御された高い鉄格子のゲートをふたつ通り抜け、高さ30フィートばかりの赤レンガ塀に囲まれた中庭で停まる。赤レンガ塀の上には、まるめられた鉄条網が張り巡らされている。英国の重警備刑務所のうち、ここだけがまだひとりの脱獄者もだしていないそうだ。以前何かで読んだ覚えがある。塀を見上げ、棒高跳びの世界記録が20フィート2インチであることを思い出す。」

「その独房は、奥行きは5歩、幅は3歩ほどしかなく、煉瓦の壁は気が滅入るような藤色に塗られている。独房の一隅にシングルベッドが置かれているが、マットレスは岩のように硬い。軍隊にも納品できなさそうな代物だ。ベッドと反対側の壁の前には、スチール製の小さな四角いテーブルと椅子。厚さ1インチの鋼鉄製のドアの横にスチール製の洗面台と便器。便器には蓋も水洗装置もついていない。何としてもこの便器だけは使うまいと心に決める。   (略)

『どうして私はこんなところに入れられなきゃならないんだね?』と私は尋ねる。『殺人鬼でもなんでもないのに』
『受刑者は最初の夜を医療棟ですごすことになっているんです』と彼女は言う。『例外をつくるわけにはいきません。特にあなたの場合は』私は何も言わない--何が言える?  (略)

ミズ・ロバーツが精いっぱいの思いやりと理解を示そうとしてくれているのはわかるのだが、私は落胆の色を隠せない。」

所持することを許されたビニール袋の中に、息子が加えてくれた本があり、その中にはメッセージが書かれていた。

「『父さん、父さんがこれを読まずに済むことを祈っている。でも、たとえ読むことになっても、気を落とさないで。ぼくたちは父さんを愛している。 もう上訴の手続きもおこなわれてる。  ウイリアム ジェイムズ 』 (略)

彼らがいなければ、この数週間を切り抜けられたかどうかもわからない。7週間に及ぶ裁判の間彼らは多大な犠牲を払って日々私のそばにいてくれたのだ。」

その夜は、自殺防止巡回のために1時間ごとに光を当てられた。陪審員の評決のことや、不可解にも有罪となったことについて考えたアーチャーは、しかし

「何とか気持ちを切り替えて、これから先のことに思いを向ける。1時間たりとも無駄にはすまいと心に決めて、投獄されているあいだに経験したことをすべて日記に書き記すことにする。

 午前6時、粗末なベッドから起き上がり、ビニール袋の中を探る。あった。探そうと思ったものはすぐ見つかる。今回は当局もそれらを送り主に送り返すべきだと判断しなかったようだ。A4サイズのレポート用紙1冊とフエルトペン6本。そういうものを必需品の中に入れる先見の明のある息子が自分にいるというのは、なんとありがたいことだろう。
 二時間後、刑務所に送られてからわが身に起きたすべての出来事を記した第一稿が出来上がる。」


1日目の決意どうり、2001年8月9日までの22日間、日記は綴られました。

「何より常に頭をすっきりとさせ、健康を保つことが肝心だ、と改めて自分に言い聞かせる。前者のためには毎日日記をつけるしかない。後者のためには早くまたジムでの運動を始めるしかない。」(3日目)


イギリス刑務所には、スポーツジムや作業場、教会など多様な施設があるようです。
アーチャーはそのような中で、交流する人と深くかかわっていきます。
アーチャーの小説を読むといつも思うのですが、切り取ったその一つの動作、一つの言葉によって、登場人物が目の前にいるようにはっきりと浮かんできます。

アーチャーは日記の中で呼びかけます。

「ブランケット内相 ―― ジョン メジャーが首相だったころから個人的なつきあいがあり、彼が面倒見の良い立派な人間であることはわかっている ―― がこれから書くことを注意深く読んでくれることを心から願う」と。彼は訴えます。

 ……作業場であった「ピーター」について。20代前半のその若者は結婚して子供ひとりおり、自分で会社を経営している。無免許で兄のヴァンを運転して捕まる。その日兄が病気で休み、兄の大工道具を現場から自宅に持って帰るところだった。裁判官に6週間の刑務所暮らしを言い渡された。

「はっきりさせておきたい。その判決自体に別に文句はない。が、彼のような男をベルマーシュに送りこむなどというのは、狂気の沙汰としかほかに言いようがない。 (略)
『独房にいれられているのかい?』と私は尋ねる。
『いや、ほかの二人の受刑者と一緒だ』
『彼らは何の罪で入れられているんだね?』
『ひとりは殺人で起訴されて裁判を待っている。もう一人は麻薬の売人』
『それはあまり愉しい環境とは言えないね』と私は努めて軽い口調を装って言う。
まだ読んでくださっていますか、内相?
『まさに地獄だ』とピーターは続ける。『(略)自分のことは自分で何とかできる。でも、僕と一緒の房にいるふたりの男はなんといってもプロの犯罪者だからね』(略)
内相、この働き者の家庭人は身の安全を心配しています。あなたは無免許運転で捕まった人間に対して、罰としてそこまで心配させたいのですか?
ベルマーシュに来て以来、私は千通を超える応援の手紙をもらっている。が、61歳になってさえ刑務所暮らしというのは受け入れがたい体験だ。ピーターは23歳、彼の人生はまだこれからだ。カテゴリーAの重警備刑務所になどいるべきでない何百人の人間が現ににこうして送られてきているのだ。
(略)
簡単なことだ。逮捕された被疑者は、裁判の後ではなく裁判が始まるまえにABCDに分けるのだ。そうすれば、たとえ実刑が確定しても、初犯で暴力行為の履歴がない被疑者を、殺人犯や麻薬の売人やプロの犯罪者と一緒の房に入れずに済む。 (略)


獄中記は、このように1冊にまとめられる前に<デイリー・メイル>紙に連載されたそうです。ウエイランド刑務所へ移されてからのことは『獄中記 煉獄篇』として、こちらも。『天国篇』はまだ翻訳された本が出ていません。

あらためて、人間てほんとにドラマチック! ジェフリー・アーチャー 最高! と、思いました。(図書館本 再読です)



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コメント
 
 
 
謹賀新年 (は~とnoエース)
2019-01-02 00:12:40
nonohanaさん、お久しぶりです。。
お元気でおられますか、、、
新年明けましておめでとうございます‼️
今年もお身体に気を付けられ、益々ご活躍なされんことをお祈りします。。(゚.゚)ノ
 
 
 
ありがとうございます (nono)
2019-01-09 16:29:03
は~とnoエースさん

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

は~とnoエースさんのブログは、カテゴリ-がたくさんあって楽しいですね。 わたしのは、健忘症対策の「時々忘備録」でありますが
でも、こんなふうに繋がりを持たせていただくのは、嬉しいものですね。

ありがとう~~(゚゚)ノ
 
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