変なエネルギーが沸いてくるのか自粛するといった矢先にネタがでてきます。こういうことをしているから私の信頼度が落ちるのですが、今回は、大好きな岸本佐知子さんの本が手元にあるので書かないわけにはいかないのです。数年前読もうと決意したはずなのに長い間読んでいなかった「ねにもつタイプ」を借りてきて古巣に戻ったような気分になっています。当時の日記(3月15日から18日まで「気になる部分」になっていました(^^))に記した彼女の「気になる部分」というエッセイにはまっていた思い出も蘇ってきました。
「ねにもつタイプ」タイトルからして恐ろしそうですが、変なエッセイばかりが書いてあって全然恐ろしくありません。笑いすぎておなかをこわす危険性がありますので胃腸薬が必要かも知れませんが。
たとえば (以下引用)
作法
バンドエイド
(用意するもの ) 人差し指の第一関節と第二関節の間の切り傷、それに巻いたバンドエイド
一、バンドエイドは濡れても絶対に取り替えず、一週間ほどそのままにしておく。
ニ、人さし指を、「スリ」の形に曲げ、ゆっくりと鼻の下にあてがい、思うさま匂いをかぐ。これを無意識のうちに日に数十回繰り返す。
三、入浴時に、バンドエイドが指輪をはずすようにスポッとはずれたら、指のその部分が白くふやけて水玉模様になっているさまを心ゆくまで鑑賞する。
四、はずれたバンドエイドを浴槽の縁に置き忘れる。
(引用以上まで)
ああ、なんと実感のこもった文章なのでしょう。とくに「手順四」、このようなことをしてしまった記憶は数知れずです。「手順五」には「皺くちゃになったあわれなバンドエイドの姿が発見される」というのをいれてもよいかもしれません。そして「手順六」には「その存在すらも忘れるかのようにさりげなく発見したバンドエイドをゴミ箱の中に入れる」というのをいれてもよいかもしれません。「手順ニ」を「なんと汚い!」と思われるそこのあなた、本当に自分はしていないという確信はありますか?作業をしたりご飯を作ったりするその指から悪臭ががしていないだろうか、と気になっているうちに無意識にやっているような気がしませんか。そういう私はしているような気がする。。。ううっ。
他にも「それまで気にもとめていなかったことが、突然どうしようもなく変に思える瞬間」とか「肉のもっともまずそうな動物ベストテン」などおかしな文章がたくさん載っています。
「それまで気にもとめていなかったことが、突然どうしようもなく変に思える瞬間」というのには、腕がついている場所がおかしいとか、鼻の存在がにわかに気になりだしたこととかが載っていました。(以下引用)「ふだんは忘れているが、鼻は視界の下あたりに常に薄ぼんやりと見えている。一度気になりだすともうだめだ。物を見るのもしゃべるのも聞くのも、鼻が邪魔で集中できない。こんなところにこんな出っ張りがあるのは、設計上の欠陥としか思えない。」(引用以上まで )「人間」という字が読めなくなる、という経験も載っていました。(以下引用)「人間?何と読むのだっけ?じんかん?たしかこの言葉はヒトを意味していたはずだが、だったらなぜ「人」の「間」なのか。人と人との間ならば何もない空間だ。何もない空間がヒトだというのか?そのうちに今度は「新聞」という字が読めなくなる。しんきき?にいきき?。。。そうやって私を取り巻くすべてのものが、ゆっくりと意味のない記号に還っていく。自分と世界をつなぐ糸がプツプツプツと切れていき、ついに最後の一本も切れて、私は命綱の切れた宇宙飛行士のように、暗い広い宇宙空間をひとりぼっちで遠ざかっていく。」(以上引用)大変なことじゃないですか。でも最後はこうおさまるんです。「その感じを、私はそんなに嫌いではない。」
しかしだね
これは何?ここはどこ?私は誰?私はなぜここにいるのだろうか?そしてなぜこんなことをしているのだろうか?なぜこの楽器でこのようなことをしているのだろうか?この音は何?なぜ今この鍵盤を押しているのだろうか?次はどの鍵盤を押すことになるのだろうか?
お~~~っと!たびたび経験する感覚だけど「そんなに嫌いではない」とは言ってられなそうな危険な感覚です。こういうことも想定しておくことが大切なのはいうまでもありません(^^;)
「ねにもつタイプ」タイトルからして恐ろしそうですが、変なエッセイばかりが書いてあって全然恐ろしくありません。笑いすぎておなかをこわす危険性がありますので胃腸薬が必要かも知れませんが。
たとえば (以下引用)
作法
バンドエイド
(用意するもの ) 人差し指の第一関節と第二関節の間の切り傷、それに巻いたバンドエイド
一、バンドエイドは濡れても絶対に取り替えず、一週間ほどそのままにしておく。
ニ、人さし指を、「スリ」の形に曲げ、ゆっくりと鼻の下にあてがい、思うさま匂いをかぐ。これを無意識のうちに日に数十回繰り返す。
三、入浴時に、バンドエイドが指輪をはずすようにスポッとはずれたら、指のその部分が白くふやけて水玉模様になっているさまを心ゆくまで鑑賞する。
四、はずれたバンドエイドを浴槽の縁に置き忘れる。
(引用以上まで)
ああ、なんと実感のこもった文章なのでしょう。とくに「手順四」、このようなことをしてしまった記憶は数知れずです。「手順五」には「皺くちゃになったあわれなバンドエイドの姿が発見される」というのをいれてもよいかもしれません。そして「手順六」には「その存在すらも忘れるかのようにさりげなく発見したバンドエイドをゴミ箱の中に入れる」というのをいれてもよいかもしれません。「手順ニ」を「なんと汚い!」と思われるそこのあなた、本当に自分はしていないという確信はありますか?作業をしたりご飯を作ったりするその指から悪臭ががしていないだろうか、と気になっているうちに無意識にやっているような気がしませんか。そういう私はしているような気がする。。。ううっ。
他にも「それまで気にもとめていなかったことが、突然どうしようもなく変に思える瞬間」とか「肉のもっともまずそうな動物ベストテン」などおかしな文章がたくさん載っています。
「それまで気にもとめていなかったことが、突然どうしようもなく変に思える瞬間」というのには、腕がついている場所がおかしいとか、鼻の存在がにわかに気になりだしたこととかが載っていました。(以下引用)「ふだんは忘れているが、鼻は視界の下あたりに常に薄ぼんやりと見えている。一度気になりだすともうだめだ。物を見るのもしゃべるのも聞くのも、鼻が邪魔で集中できない。こんなところにこんな出っ張りがあるのは、設計上の欠陥としか思えない。」(引用以上まで )「人間」という字が読めなくなる、という経験も載っていました。(以下引用)「人間?何と読むのだっけ?じんかん?たしかこの言葉はヒトを意味していたはずだが、だったらなぜ「人」の「間」なのか。人と人との間ならば何もない空間だ。何もない空間がヒトだというのか?そのうちに今度は「新聞」という字が読めなくなる。しんきき?にいきき?。。。そうやって私を取り巻くすべてのものが、ゆっくりと意味のない記号に還っていく。自分と世界をつなぐ糸がプツプツプツと切れていき、ついに最後の一本も切れて、私は命綱の切れた宇宙飛行士のように、暗い広い宇宙空間をひとりぼっちで遠ざかっていく。」(以上引用)大変なことじゃないですか。でも最後はこうおさまるんです。「その感じを、私はそんなに嫌いではない。」
しかしだね
これは何?ここはどこ?私は誰?私はなぜここにいるのだろうか?そしてなぜこんなことをしているのだろうか?なぜこの楽器でこのようなことをしているのだろうか?この音は何?なぜ今この鍵盤を押しているのだろうか?次はどの鍵盤を押すことになるのだろうか?
お~~~っと!たびたび経験する感覚だけど「そんなに嫌いではない」とは言ってられなそうな危険な感覚です。こういうことも想定しておくことが大切なのはいうまでもありません(^^;)