走るナースのおとぎ話

ランニングしながら人生を模索しているナースです 日々感じたことをお気楽に書いている「おてんばナース」です

暖かな1月31日

2006-01-31 20:52:36 | Weblog
雨が午後から降った
野山の雪をじんわり溶かすような柔らかな雨だった
朝、いつものコース走ったら汗ばんだ1月の終わりだった

3泊4日のホームステイして昨日朝帰った孫が、夜熱を出し再びおいでになった
今朝は3人出勤してしまい、残ったのはおばばとそのひ孫

私も休める訳なく、後ろを見ず天に祈る思いで家を出た8時
おばばと3歳児の運命やいかに・・・・・

13時15分 仕事が一段落して家の玄関をそろそろと開けてみた
二人の声がする
「次の患者さん、どうぞ。どうしましたか?」
「あのですねぇ、さいきんですねえ、せきがでるんですよ」
「それはいけませんねえ、ほかにはどうですか?」
「あのですねぇ、さいきんですねぇ、あたまがわるいんですよ」
「それはこまりましたね、なおりませんよ、あたまはねぇ」
お医者さんごっこをしていた。おばばが医師役だった
部屋中、粘土をまるめたおくすりが・・丸薬無数に存在してた
あ~、無事でよかったね、お二人さん

この後、3人で昼食、おばばはベットに直行
孫も・・寝込んだのでそっと抜け出し仕事に復帰したのでした

頼むから明日は帰ってね



若い独身女性ランナー

2006-01-30 20:17:05 | Weblog
自己申告で「若い独身女性ランナー」優遇のシステムある大会はないのだろうか?
ピンクのリボンをつけてくれ、参加賞にはエルメスのハンカチーフが出るなんてすてきだわ。
ランナー人口も増えるし、もしかしたら少子化の歯止めにもなるかもしれない。
健全なカップルが自然発生的に増え、健康ゆえに子孫も多かろうと、ナースは思った。

突然そんなことを書いたのは
私の、走る親友の中で一番若い彼女に彼氏ができたのね
元々足の早い彼女だったのですが、彼氏の協力でさらにパワーアップ
夜な夜な、彼氏が自転車で伴走して走っている。
最近、自転車に距離メーターを購入して取り付けラップも測定しているらしい

長野マラソンにこの2人が乗り込んでくる。初フル挑戦
愛は何にもまして強いはず、どうぞ先頭争いをくりひろげておくれ
再会を楽しみに、おばあも頑張るからね!

走れば春

2006-01-29 21:12:55 | Weblog
走友最良の日だった
大けがをして1年かけリハビリしてきた亀仙人さんが、館山フルにて見事な復帰をなさった。完走の味はいかがだったろうか?長い1年であったとお察しします
おめでとうございました
ランナーにとり、足の骨折は大きな不安と葛藤があったに違いありません
もういいや、と止める人も多いでしょう
不屈の精神で「もう一度走りたい」と頑張ってこられた今日のゴールでした
骨折記念日から2日後、良い天気の館山だったそうです
走れば春ですね
菜の花が咲いて祝福をしていたことでしょう

同じく館山を走ったスノトレさんが、30分切りの自己新でした
今回は、気負いが全くなく自然体でリラックスしておられましたので「やるな!」と
密かに思っていました
無欲の快挙でしょう
ですが、秋すぎからずっとこつこつ走っておられたので、努力の大輪が咲きましたね
ホントにおめでとう
北海道へお知らせしましたか?
一番伝えたい人にはやくはやく、ね。

今夜はお二人とも美酒に酔い、ぐっすりお休み下さいね
また元気をもらった29日でした
走行25キロ

走るきっかけ

2006-01-28 19:35:08 | Weblog
今までの生活で全く走ることと縁がなかった人が、一体どんなきっかけで走るようになったのだろう?
ナースの場合
1996年5月 総合病院時代の仲間と食事会をした時、同期就職した仲間が言った一言
「走るとね、ハワイへいけるよ、今年の12月一緒に行こうよ。ホノルルだよ~」
一番乗りのいい私は、翌日から走ってみた。最初は100メートルで息きれた。
翌日は中学生の長男誘って200メートル、ぜいぜいハアハア、でも止めなかった
子供達にお駄賃あげて、一緒に何回か伴走頼み、1ヶ月後には5キロくらいなんとか
テニス用の靴を履いて走っていたが、安いランニングシューズも買ってみた
こうなると止めるに止められず・・8月猛暑の時期に初レース5キロ
その名も「耐暑マラソン」ダムに向かって駆け上がり下った
結果7位だという
6位まで入賞だから「惜しかったね」と知人が言ったが、実感は全くなかった。
要はホノルルへ行ければいいのだった
9月地元の15キロレース、これはなんとかクリアー
10月諏訪湖ハーフ 18キロでエネルギー切れてフラフラ・・地獄の3キロだった
食べなくては走れないことを学んだ
それからは(今日まで)レース前・中・後・問わずたえず「食べるナース」になった

12月 夢のホノルルマラソンのスタートに立てた
レース中、よく食べ喋りにぎやかに走り、5時間13分でゴール。初フルだった
「これは面白い世界だわあ」「次、何処行く?」と
のめり込んでいったのである

でも、走るきっかけはホノルルではなかった
この年、長女が高校卒業して巣立っていった
8人家族が7人になったのに慣れず、ご飯は余り、魚の切り身、トンカツも1ヶずつ残って困った。子離れ出来ず、心配と寂しさで鬱々とめげていた時、ランに出会えた

それから10年がたった
その間、いっぱいいろいろなことが起こり、悲しみごとのほうが多かった
でも崩れ落ちる寸前で踏ん張れたのは、走ることがあったからだと思っている

辛いとき、もやもやしたとき、世界中でたったひとりぼっちかと孤独感にさい悩まされるとき、私の救いは走ることだったと思う
今も問題は山積みで、頭が痛い事ばかりだけど
とりあえず本日も元気である。20キロ走れた!




昼間のランニング

2006-01-27 21:37:05 | Weblog
数年ぶりに平日の昼間に走った
職場を首になったから・・ではなかった、明日出勤する代休です
午後2時に帰宅。
3月のような、ふつふつとした春の気配で暖かい
走るしかないしょ!
出来るだけ東の地域に車で移動、お日様に1分でも長く当たって走りたいから。
天竜川の河川敷をゆっくり90分、犬の散歩のかた達に出会うがジョガーはいない
公園駐車場は営業車が何台も止まっていた平日のま昼間だものね

ここのコースは1周8キロ、起伏あり景観よし芝生あり相棒なし
気持ちよく走り終わり大満足!

帰宅后、やんちゃ姫様が3泊4日のホームステイにおいでなさった
これで4日間、妻の座明け渡しひたすらお女中奉仕の明け暮れの始まり。

わが職場に「ばあちゃん同好会」という地下組織を昨年作った
ここでは、いくら孫の自慢話をしてもけっしてけなさない会則あり
会員はありったけの孫自慢が出来る
同じ話何回しても許される実にいい会です。
亀仙人様も勧誘してみよう、野辺山で。


笑顔ウイルス

2006-01-26 22:25:17 | Weblog
幸せの日めくりを私は大事にしています
その最後の1枚に「おまけ」がついていました
そこに書いてあったことを乗せましょう

人々の中に自然に笑顔が広がるような場所や空間。
そこはもう「笑顔ウイルス」感染地帯です。
この笑顔ウイルスを世界中に伝染させましょう。

感染による笑状
初期 ・なぜか心がウキウキしてしまう。
   ・人前で話すのが楽しくなる
   ・自分自身のことが好きになる
   ・いつの間にか口角が上がっている。

中期 ・大勢で写真を撮るとき、前列の中央に行ってしまう
   ・知らない人から挨拶されるようになる。
   ・笑筋、大頬骨筋、口角下制筋が野放しに発達する。
   ・「ありがとう」が口癖になる。

末期 ・はるか年下の子供に仲間扱いされるようになる。
   ・人のせいに出来なくなる。
   ・人の喜びも自分のことのように喜ぶ。
   ・腹の立て方を忘れる。
   ・ピンチをチャンスに変質させる。

今冬は、インフルエンザは蹴飛ばして、ぜひこの笑顔ウイルスに罹りましょう。
そして、周りのかた達に伝染させましょう。
「笑顔にまさる化粧なし」これで化粧品代も浮くこと間違いなし。うししし!

氷点下41度

2006-01-25 20:12:57 | Weblog
1902年1月25日 旭川にての日本最低気温です
1900年1月27日 長野県最低気温-24.8度

私は106歳と104歳の女性と交流がありますが、お二人ともこう言ってます
「昔は寒かった、こんな寒さどこではなかったわいな」

私の子供の頃、家の中の暖は堀こたつだけだった
本家にはいろりがあった
石油ストーブはいつ頃からあったのかな?
高校生だったかしら?

8年前、次女が北海道の大学に行ったので、引っ越しについて行った事があるが
寒さより広さに困惑しました。
荷物をアパートに納めて、細々したものを買い足そうとしても、駅付近の商店街にでるまで・・・雪道をてくてく1時間。荒涼とした雪野原ながめ呆然としました。
おなかがすいて、コンビニまで弁当買いに行ったらまた遠くてね。
なんとか住めるようにして、札幌の駅で娘と別れた後、千歳空港までの電車の中で涙止まらず
「ここであの子は一人でやっていくんだ」と思うと、いっそう雪景色がこたえました。

それから何度も北海道に縁があり、行く機会増えてマラソン大会も幾つか出ました
千歳フルや、夕張シューパロマラソン、苫小牧フル記録会、サロマにもね。
どこにも一人参加でしたから、緊張と旅心で想い出は深いです。

洞爺湖のマラソンに出たいのですが、野辺山と近いのでまだ実現出来ていません
旭川フルも必ずや走りたいですね

夢はいっぱいあります
あと10日で立春、こつこつ走って夢を叶えたいものです




忘れ物癖あり

2006-01-24 20:21:26 | Weblog
忘れ物をすることの深層心理は
「その場へ取りに戻りたい」名残惜しい・忘れがたい・未練といった感情と深い関係があるらしい。心理学でかつて教わったが・・・・。
はたしてそうだろか?
フロストバイトの帰りに、便乗させていただいた友の車に、帽子を忘れてきたらしい。

私はよく忘れ物をする
過去最大の忘れ物
NO1・新米ナース初出勤の朝、白衣をもっていかなかった。(32年前の時効話)
no2・家族でお祭り見物に行くとき、まだはいはい状態の末っ子を忘れていき急いで戻っ   た(許せ息子よ、23年前時効)
no3・教員長屋にいた時、電気料の集金日を忘れ、財布空っぽ。玄関に集金のおじさん待たせ、窓伝いに隣の奥さんに2千円借りた。
このたぐいの話はあげていけばきりがなく、自分らしさはそこにあると確信すら持てる。

仕事では絶対許されない、とつね緊張しているがそれも最近は自信がない。
毎朝、日めくりカレンダーをめくりしな、「○日。○曜日。よし!」と頭にインプットしてから出かける事にしているのであります。
こんなでも、誇り持ち精一杯努力して生きているのよ、ホリエモンさん!

強風騒動

2006-01-23 20:18:32 | Weblog
夜中に突然の大騒音
ガラガラガラ ヒューヒュー カラコロ ドスン
布団の中で想像する
バケツが転がり、窓ガラスがなびき、物干しグッズのかごと竿が飛んだようだ
ま、朝になったら点検しようっと、布団被って知らん顔。
5時30分 定刻起床
まずゴミ出し、今日は資源廃プラの日。給料日忘れてもゴミの日大事 外にでて物置から1週間分のゴミ整理す。家に入ろうとしたら・・風でドアが閉まりロックされてしまった
どうしよう・・・薄着で寒い。まだ殿もおばばも床の中、チャイムも聞こえず。
ゴミ袋抱え、ガレージに緊急避難するが寒すぎ。30分后ようやく救出された。
「何してたの?」の問いに歯がガチガチなって答えれず・・泣けた。
7時 風強いがjogに出かける。朝のハプニングで30分おくれ。ゴミもだす
8時 帰宅と同時に電話あり
「お宅のゴミが風にとばされ大通りにありましたよ」と親切な方からの連絡だった
さあ、大変。支度はラン用だから走って探すこと20分・・・見つからず
ゴミもうごくのであった。
こうなれば、どうぞ心暖かきかたに拾われボラしてもらえるよう祈るのみ、アーメン

ちなみにラン中、最大風力15メートル以上あったと思う
前に進めず、押し戻されるので平泳ぎとクロールの手で試してみた
どっちもいまいちだったから、今度は抜き手でやってみたい。
あ~今日もしんどい一日でした

3月までしっかり走り込り、荒川で年代ランキングのアップを図る夢も・・遠いかも。

雪の東京

2006-01-22 23:43:12 | Weblog
始発電車で東京へ行ってきた
大月当たりから雪景色で、都心に行くにつれて積雪めだち、道路はツルツル
なれぬヒールの靴だったので(ランニングシューズしか履いたことない)怖い怖い
センター試験2日にて、皆さんそぞろ歩き、滑るなんて縁起でもない・・
1日、椅子に座りもじもじしながら、講義を聴いた
が、いったいどれくらい頭に入ったことか?
明日の朝、全く覚えていないかも・・・・
東京へ何しに行ったかも?
行ったことすら忘れているかも・・・・
そうならないように祈りながら布団にはいります。アーメン