そこは名前のない土地だった。どこまでもどこまでも田が続く。ひたすら広い平地に水を張った田が続くのだ。僕の車での一人旅はそんなところに行き着いた。一人旅の最終日だった。私道があるだけでバスも電車も走ってなく、電柱には町名ももちろんなかった。
田の端に墓場があった。新しい墓ばかりが田の角にいくつも立っている。そんな田が多く見られた。そのあたりには寺も斎場もない。人が死ぬとその集落で葬儀も行わずに土葬で墓に埋める。墓石はどこかから持ってきたのだろう。火葬にしなくても田の水が遺体を侵すのだ。
その土地の人たちはあまり貨幣を持たない。自給自足では済まずに近くの集落から米以外の物を調達するのだ。盗むのではなく、貰ってくるのだ。
その名前のない土地に住む人たちは、自分たちの暮らしや生活を疑っていない。僕の住む町では土葬は違法になることも知らない。
僕は車での一人旅を終えて、いつもの町に帰ってきた。僕の住む町だ。途中都市部を通過したとき、信号待ちの横断歩道の脇を浮浪者が通った。いつか僕の町で浮浪者が殺された事件が報道された。僕はそんなことを浮浪者を脇に見ながら思い出した。
いま自分の部屋でPC前にいても、一人旅の最終日に見た情景を思い出す。名前のない土地。よく眠れずにそのことを今日は書いた。まだ夜明け前、外は雨だ。5月最後の日のひんやりとした空気。僕の傍らで飼っている猫が休んでいる。こんな日常を愛している。