
■新疆の砂漠と日本の海
ペゼクリク千仏洞を後にして、次は砂漠を見に行くことに。
やっぱりシルクロードといえば砂漠。
トルファン盆地の東側にクムタグ砂漠という広い砂砂漠があり、トルファンの隣町ピチャンにある沙山公園から見学するのが一般的ですが、
この日はペゼクリク千仏洞から車で1時間ほどの場所にあるウイグル人の村から見学します。
わたくし、砂漠が大好きです。
生物を寄せ付けない不毛の大地、砂漠。
けども、その美しい自然の造形美、どこまでも続く砂漠のスケールの大きさにとても惹かれてしまいます。
僕が、「日本には砂漠が無いので、とても砂漠が見たいんです。」と、言うと、
「じゃあ、日本に新疆の砂漠をあげますよ。」と、オマールさんは答えた。
「新疆の砂漠をあげる代わりに、日本の海をもらえませんか?」 オマールさんは笑顔で言った。
美しい海に囲まれ、豊かな海の幸に恵まれている日本。
日本人にとって当たり前に身近に存在する美しく豊かな海は、他の国の人々にとっては決して当たり前のものではなく、
とりわけ海から遠く離れた新疆の人たちにとっては、ものすごく憧れのものなのだ。
砂漠に憧れる日本人と、海に憧れるウイグル人。
無いものを欲しがってしまうのは人間の性だけども、日本から遥か遠く離れたシルクロードの地に住む人たちから
改めて祖国・日本の良いところを教えられたように思う。
砂漠の景色も素晴らしいけど、美しい日本の海も世界に誇れるものなのだ。
さて、クムタグ砂漠へ向かう途中、果てしなく広がる荒野に、一定の間隔である大型の機械が置かれているのを多く見かけた。
オマールさんに聞くと、この機械は石油採掘の機械とのこと。
新疆ウイグル自治区の砂漠には、近年、石油や天然ガス、石炭などの豊富な資源が眠っていることが分かり、
トルファン郊外の砂漠では地下資源の大開発が行われるようになった。
「日本は資源が無いのに経済が発展していて、とても豊かな国ですね。」
「逆に、新疆にはこんなに豊かな資源があるのに、どうして豊かにならないと思いますか?」と、オマールさんは僕に言った。
「残念ながらこの豊かな資源は全部政府に取られて、地元の私たちにはまったく恩恵が無いんですよ。」と、オマールさんは言った。
2009年に起こったウイグル暴動は、差別や経済格差に苦しむウイグル人たちの不満も原因の一つと言われる。
中国政府は、これからもウイグル人の分離・独立運動につながるような動きをどんな手段を使ってでも阻止するだろう。
その理由の一つとして、新疆の大地には豊かな資源が眠っているからだ。
しかし、豊かな資源がある土地に住む地元のウイグル人たちには何の恩恵は無い。
石油や天然ガスなどの資源は、すべて経済発展している中国沿岸部へと長いパイプラインを通して送られていく。
また、石油採掘場で働く労働者たちも、外部から出稼ぎで来た漢族の人たちで、ウイグル人の職が増える訳では無いらしい。
結局、中国政府にとって、新疆ウイグル自治区のような辺境の地域は、強権的な政府がその地に住む人々を支配し、
資源を奪っていく「植民地」でしかないのだろう。
会話の中から、オマールさんらウイグル人たちの中国政府に対するやり場の無い憤りというのが感じられた。
荒野の一本道を進む。
荒野の向こうに山が連なるような景色が見えてきた。
「あれは山ではなく、砂漠ですよ。」とオマールさんは教えてくれた。
しばらく車が走ると、シルキップ村という小さな村を通った。
シルキップ村の集落を過ぎると、周囲は静かな葡萄畑が広がっていた。もう目の前は砂漠。
ここには、砂漠に隣接した場所に「砂療処」という施設がある。
「砂療処」とは、熱せられた砂を体に被せ、関節痛、リウマチ、神経痛、腰痛などの治療をする砂療法を行う場所です。
日本の温泉地にも同じように砂療法を行うところがあるけども、温泉の熱と太陽の熱の違いだけでまったく同じものですね。
砂療処を過ぎて、砂漠の間近まで車は進む。
着きました!砂漠!
ここは敦煌の鳴沙山やピチャンの沙山公園のような観光地として整備されているところではないので、
まわりには何も無く、ただ目の前に砂漠が広がっているだけ。
当然自分たち以外に人の気配は無い。
砂丘まではまだ少し距離があるが、車は途中までしか進むことができず、車を降りて徒歩で砂丘まで歩いていく。
近いようで意外と遠い。
足元は砂なので足をとられてなかなか進まない。
延々と砂丘が連なる景色。
やっと砂丘の前まで到着した。
砂はきめ細かく、とてもなめらかでサラサラしている。
目の前に高い砂山が立ちはだかる。
この砂丘の先には何があるのだろう…、
と、少し登ってみるけども、砂に足をとられてなかなか登れない。見た目よりもかなりきつい。。
でも、そんな体力の辛さを忘れるくらいの素晴らしい砂漠の景色が目の前に広がり、目を奪われた。
このどこまでも続く砂漠の景色に吸い込まれそうになる。
砂紋が綺麗に波打っている。
日没が近い時間になっていたため、砂漠とはいえ気温が下がり、とても涼しくなっていた。
振り向くとちょうど夕日が綺麗に見えた。
暗くなる前に砂漠を撤収。オマールさんの待つ車まで急いで戻った。
■ウイグル人のお宅訪問
今日の最後の行き先は、ウイグル人のお宅訪問です!
この日オマールさんに、ウイグル人の家を見てみたいと話してみると、オマールさんの知り合いにの家を訪問させてもらえることになった。
訪問する家は、クムタグ砂漠からほど近い小さな集落にあった。
家に着くと、ウイグル人のおばさんがウイグル語で「ヤフシムシーズ(こんにちは)。」と言って出迎えてくれた。
僕が知っている数少ないウイグル語「メン・ヤップンヤリッキ(私は日本人です)。」と話しかけると、
なんとか理解してくれたようだ。
でも、残念ながらウイグル語は他にまったく分からないので、オマールさんに中国語で通訳してもらう。
家に入るとそのまま家の中を抜けて、裏の庭のようなところに通される。
そこは、とても葡萄棚が全体を覆い、鮮やかな色の布が敷かれ、そこにテーブルやクッションが置かれていて、
建物の外だけども、まるで家の中のような雰囲気。
なんというか、とてもかわいらしいお家だ。
聞くと、トルファン辺りのウイグル人の家はみんなこのような感じだそうだ。
赤ばっかり好む中国人なんかよりも全然センスあるな。
葡萄棚がほど良い日陰を作り、とても涼しげ。
この葡萄棚のおかげで、ここは日中の暑い時間もとても涼しいらしい。
ウイグル人たちは、夏場は基本的に建物の中では過ごさず、屋外の葡萄棚の下で過ごすようです。
さらに奥にも続いている。
ここが夏場のリビング。
屋外リビングを抜けると畑があって、そこに親子ラクダが飼われていた。
ちょうど夕食の時間。
このお宅で夕食を食べさせてくれるということで、靴を脱いで、じゅうたんが敷かれた屋外リビングのテーブルに上がらせてもらう。
日本でいうお座敷に上がる感じだ。
出てきた食事はトマトベースのスープと自家製麺の麺料理とナン、そして果物です。
日本料理に日本茶のように、ウイグル料理には必ずローズティーを飲む。
ちなみに、ウイグル人はイスラム教徒なので基本的にお酒は飲みません。
でもあまり戒律は厳しくないので、ウルムチなどの都会ではお酒を飲む人もいるようだ。
ナンは硬いので、麺を食べ終わったスープに浸してやわらかくして食べる。
食事はなかなかおいしかった。
手作りのウイグル家庭料理が食べられて、貴重な体験をしました。
厨房で麺を作っているウイグル人のおばちゃん。
食事の後、すっかり日も暮れ暗くなったので、家の中の部屋を見せてもらった。
夏場は屋外で過ごすことが多いので、建物の中の部屋は冬場しか使わないのだとか。
部屋の中も色とりどりの鮮やかなじゅうたんが敷かれていて、おしゃれな部屋だ。
屋内のベッドルームは冬場しか使わない。
夏場はどうしているかというと、家の外にベッドが並べられ、夜空の下で寝るらしい。
このようなベッドがウイグル人の家の前に必ず置かれている。
外は湿気が無くとても爽やかな夜風が吹き、とても快適に寝ることができるのだとか。
もちろん、日本の夏のように鬱陶しい蚊もいない。もちろんクーラーなんていらない。
暑さの厳しいトルファンの夏だが、夜空を見ながら快適な夜を過ごすことができるなんて、
蒸し暑さや蚊に快眠を妨げられる日本の夏と比べて、ちょっとうらやましく思った。
部屋の壁にはウイグルの民族衣装がさりげなく掛けられていた。
部屋はいくつもあり、どの部屋にも床には鮮やかなじゅうたんが敷かれている。
一通り部屋を見学させてもらい、お話をさせてもらったりして、
時間もだいぶ遅くなってしまったので、トルファンの町へ戻ることにした。
建物の外に出ると、玄関から家の門までのお庭には、いくつもベッドが並べられていて、
家族の方たちがすでにベッドに入っていた。
みなさんに丁重にお礼とお別れを言って、オマールさんの車に乗り込みトルファン市内へと出発した。
今回、ウイグル人の一般家庭を見学することができて、しかも、食事までご馳走になり、
観光地を巡るだけではない、とても貴重な体験ができた。
そして、厳しい自然環境に生きるウイグル人たちがどのように生活しているかを、少し理解できたように思う。
すっかり日は沈み、辺りは真っ暗。
外灯など無い暗闇の砂漠道をオマールさんは慎重に運転しながら走っていく。
外を見ると、夜空に無数の星があった。
「ちょっと車を降りて、夜空を見ましょうか。」と、オマールさんは車を停めてくれた。
そこは周りに葡萄畑が広がる静かな場所だった。
見上げると、夜空にはこんなに星があったのかというぐらいの無数の星がちりばめられていた。
言葉では表現できないくらい、本当に美しかった。
オマールさんの家でも、夜は屋外に置いてあるベッドで夜空を見ながら寝ているらしい。
「夜ベッドに寝転び夜空を眺めていると、人工衛星が通り過ぎるのをよく見られますよ。」と、オマールさん。
「たくさんの綺麗な星を見ながら寝ることができて、とてもいいですね。」と、僕が言うと、
「僕らの家は、ファイブスター(5つ星)ホテルなんかよりも、もっともっと高級な、ミリオンスター・ホテルなんですよ。」と、
オマールさんは笑いながら言った。
オマールさん、なかなかうまいこと言う。
そんな会話をしながら、いい年した男二人きり、葡萄畑の真ん中で星空をしばらく眺めていました。
そして、午後10時ごろ、無事宿泊のトルファン賓館に到着。
この日色々と案内してくれたオマールさんにお礼とお別れを言って、トルファン郊外巡りは終了。
今回の旅2日目にして、濃い~1日が終わったのでした。
翌日はトルファンの町中を散策します。
(つづく)
今年の5月に新疆に行くつもりなのですが、ガイドのオマールさんに是非ガイドをお願いしたいのですが、連絡先等はご存知ございませんか?
もし教えていただければ大変助かります。
ぶしつけなお願いで申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。