
北海道函館市の産婦人科医院で2011年、胎児の染色体異常を調べる羊水検査でダウン症と判定結果が出たのに、院長が逆の説明をし「妊娠を継続するか中絶するかの判断の機会を奪われた」として、道南地方に住む両親が、慰謝料など約1千万円の損害賠償を求める訴えを20日までに、函館地裁に起こした。男児は誕生して3カ月後に、ダウン症の合併症のため死亡した。
朝日2013/5/20本件は、中絶選択
機会の喪失を損害とする賠償請求である。
以下、フランスで同様に出生前診断が誤って母親に伝えられ中絶機会を逸したペリュシュ事件についての判決を参考にしつつ、生命倫理的観点から考察を行う。
1.日本には胎児条項が存在しないため、胎児の障害を理由とする中絶は法律上できないが、中絶を認める法規定がある以上、医療契約違反として責任を問える状況はある。(参考文献1より)
2.上記の状況が本件に該当するか。
3.胎児の障害を理由に中絶することは生命倫理上問題となりうるが、それを不法行為とみなす場合、その選択可能性を根拠とした損害賠償請求は成立するか。つまり障害児の中絶を利益とみなすか。生命倫理に反した契約は有効か。
ペリュシュ事件の場合、子は存命し他者の介助が必要とされた。これにより親だけでなく、子自身による賠償請求訴訟もおこされている。
1.中絶は胎児の利益か。
2.胎児に害を及ぼす契約が有効か。
3.胎児は契約における第三者となりうるか。
「相当因果関係説」でなく「条件等価説」により、医師の過失は障害の原因ではないが、他の要因とともに損害の発生する原因となったとし、医師の過失と機会喪失に因果関係と認めた。
また、中絶選択機会喪失を損害とする賠償請求とは別に、障害ある生を損害とする子の賠償請求が認められた。
胎児を第三者とする契約の債務不履行=不法行為責任を問えるかであるが、そもそも賠償請求権は出生によって生じるので、債務不履行によって生じた主体による不履行責任の追及はできないであろう。
類似の事例として、ある受験生が採点ミスにより不合格となり、その結果本来であれば不合格だが合格となった受験生が、合格者となったことの責任を問えるかということが考えられる。
体外受精で誤った精子で受精してしまい、親が「遺伝上望まない」子を妊娠した場合、債務不履行はあったとはいえ、何を「損害」として認定するのか。
母体保護法
1)妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれにあるもの。
2)暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの。
日本において中絶は母体保護を目的に「例外的に」認められているが、上記に該当しない中絶が無制限に行われている。
したがって、ダウン症児の妊娠継続、分娩が危険とされないなら、中絶は法律違反となり、そのための診断の契約は無効となろう。
参考文献
仏ペリュシュ判決の研究(PDF)