何もない部屋

言葉や感情が溢れそうな夜に、
詩や日々考えていることを書いてます。

週末の人並みの中で

2019-03-29 22:43:02 | 
冷やかしながらも気を使う、
楽しげな仲間たちの声が遠くで聞こえていた。
他愛もない話をしながらあの人は笑っていたけど、
本当はもっと大事な話を言い出せずにいるのを、
私は知っていた。

こんな時に私の心の中を見られたら、
馬鹿にしていると思われるかもしれない。
いつもクールなあの人が、
きっかけも切り出すタイミングも掴めないでいると思うと、
その姿がとても新鮮で、可愛くて、
私はときめきすら覚えていた。

「もう会えないかと思った」

笑いながら言った私のひと言は、
タバコの煙と共にあの人の顔を曇らせた。
しんみりさせるつもりじゃなかった。
笑い話の延長線上の軽いきっかけで呟いただけだった。

「出会うのがもう少し早かったら良かったのにね」

あの人が言った。
気が詰まるような張り詰めた空気が流れはじめても、
やっぱりあの人は冷静で、優しい人だった。
私を傷つけないようにときどき表情を緩ませ、
言葉を選んでくれているように見えた。
私もできるだけあの人を困らせないようにと、
浮ついた心を押し殺して、
あの人の本心を笑って受け止めようと思っていた。

「分かっていた」と私は言った。
出会った時から私は私。
あの人はあの人。2人にはなれない。
これからもずっとそれは変わらない。
ただどんな形でも繋がっていられるなら私はそれで良くて、
それ以上何も望んだりはしていなかった。
暗く沈むのは嫌だし、
明るく「またね」なら、きっと今までのこともいい思い出になると思った。
あやまられたから余計にそう思った。

本当は分かっている。
いつだってあの人は誰にでも美しい顔を振りまいて、
私だけがあるはずもない未来を勝手に期待していただけ。

あきらめるしかない恋がある。
あの人にとって私は特別じゃない。
あの人が決断する全ての答えに、私が否定できる確かな理由も立場もない。
この強い気持ちですら太刀打ちできない。
あの人を繋ぎ止めるものも何もない。


週末の人の流れに、私の心だけ立ち止まったまま。
見つめる先に溢れかえる人の並み。
そしてこの世界中に恋が溢れている。
どうして私は、あの人しか愛せないのだろう。