国際情勢について考えよう

日常生活に関係ないようで、実はかなり関係ある国際政治・経済の動きについて考えます。

映画 『大統領の陰謀』

2007-01-24 | 書籍・映画の感想

日本時間の今日未明、ブッシュ大統領が一般教書演説をしました(関連記事原文)。一般教書演説というのは、日本で言えば、総理大臣の施政方針演説に相当し、内政と外交の現状を踏まえて、自身の政策の方向性を打ち出すものです。法的拘束力はありませんが、大統領に授権されている強大な権力を考慮すると、全ての行政機関はもちろんのこと、連邦議会のような立法機関にも、間接的に強い影響力を及ぼすものです。

アメリカでは、2008年11月に控える大統領選挙に向けて、ヒラリー・クリントン上院議員、バラク・オバマ上院議員などの野党民主党の候補による選挙準備の動きが加速しており、任期を満了する予定のブッシュ大統領が次期大統領選挙に参戦することはありませんが、今回の一般教書演説は、今後の選挙動向にも影響を与えるものと思われます。

 

この大統領の一般教書演説が行われていたほぼ同時刻に、フロリダ州マイアミで、一人の老人が静かに息を引き取りました。ハワード・ハント氏(享年88歳)です。ハント氏は、アメリカの国家的威信を地に落とした「ウォーターゲート事件」の発端となった不法侵入事件の中心人物だった人で、もとはCIAのエージェントだった人でした(関連記事)。

ウォーターゲート事件とは、当時現職の大統領だったリチャード・ニクソン氏が、1972年の大統領選挙で再選を狙うために大統領再選委員会を設立したしばらく後、その与党・共和党による再選委員会の関係者が、ワシントンDCのウォーターゲート・ビルに入っていた野党・民主党の全国委員会本部(事実上の選対本部)に盗聴器を仕掛けようとして不法侵入した事件を発端として展開した一大政治スキャンダルの総称です(参考記事)。

亡くなったハント氏は、ニクソン大統領の側近に雇用され、この発端となった侵入事件の実行犯を背後で指揮していたとされました。そして、当時最大の焦点となったのは、大統領自身がこの侵入事件を関知していていたかどうかという点でした。結局、この最大の焦点は、最後まで法的に確定的な形では明らかにはなりませんでしたが、この事件の影響でニクソン大統領は弾劾手続を受け、自主的に辞職するように追い込まれました。

 

ここまでが前置きというのも長たらしい話ですが、今日のテーマに挙げた映画『大統領の陰謀(All the President's Men)』は、このウォーターゲート事件を描いた作品です。映画の主役は、事件を最初に暴き、その後も綿密な調査報道を続けたワシントン・ポスト紙の二人の記者、ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)、カール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)ですが、この二人の演技力もあって、当時ホワイトハウスを中心にして展開された政治的な策動が、いかに複雑怪奇なものだったか、観る者にリアルに伝わってくる凝った作りになっています。1976年の制作ですから古い映画になるのでしょうが、登場人物のファッション以外は、まったく古さを感じさせない緊張感のある映画です。

ただ、ウォーターゲート事件そのものが、極めて複雑な政治スキャンダルなので、もしその予備知識がない場合は、多少ネット上などで事件の大筋を押さえた上で観てみると、より楽しめるのではないかという気がします(上記参考記事)。ちなみに、ここに出てくるボブ・ウッドワード氏は、いまも数多くの大統領に関する著作を出しており、最近ではウォーターゲート事件の内幕をウッドワード氏に密かにリークしていた政府高官"ディープ・スロート"に関する著作を発表して、日本でも少し有名になった人です。

 

当時と今では、状況はかなり違います。まず、当時のアメリカは、すでにベトナム戦争の地獄のような泥沼からようやく足を引き上げかけた時期にあたり、現在のアメリカは、これからイラクでそのような状況にはまっていくことが予想される点が違います。また、当時ニクソン大統領は一期目で再選を狙っており、その過程でウォーターゲート事件が起きたのですが、いまブッシュ大統領は既に二期目で、再選は憲法上ありません。

しかし、現在アメリカが、イラクと北朝鮮、さらにイランのような核兵器の絡んだ深刻な外交案件を複数抱え、巨額の財政赤字に喘ぎ、大統領支持率もどんどん落ち込んでいる状況は、ニクソン大統領が就任する直前のジョンソン政権末期と共通点が多いように感じます(ジョンソン大統領は民主党ですが)。ジョンソン政権末期、アメリカはベトナムの悪夢、巨額の財政赤字の重圧に喘いでいました。ニクソン大統領は、その巨大な負の遺産を引き継ぎ、アメリカ市民が政治にほとんど期待しないモラルの低下した政治環境の中で、内政・外交の政策推進に当たっていました。ウォーターゲート事件は、そのような時代背景の中で起きた事件でした。

現在のような時期に、いかにしてこの巨大な政治スキャンダルが起き、超大国の威信が一気に失墜したのか見直してみることは、これからどういうことが起き得るのかということを具体的に予測するためにも、まったくムダとは言えないような気がします。つまり、大きなリスクを負い続け、国民に多大な犠牲を強い続けて、政府と国民を精神的に追い詰めていくと、結果的にどのような問題が起きるのかということです。この『大統領の陰謀』は、ほんの二時間程度で、そのあたりの教訓を改めて学び直すことができる作品でもあります。本当は、ブッシュ大統領に一番見てもらいたい気がします。ハワード・ハント氏の訃報を聞いて、そんなことを思いました。

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7 コメント

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ウォーターゲート以降の映画 (イクウ)
2007-03-22 19:28:44
All the President's Men、1950年代の名作『オール・ザ・キングス・メン』から取ったんでしょうかね?市民のために一生懸命働く主人公は、いつの間にか、汚職まみれの知事に変わる。アクターの名前、なんとかクロフォード、これでオスカーを獲りました。最近、ショーン・ペンでリメイクされたみたいですね。

デイヴィッド・フィンチャーの最新作『ゾディアック』は、この作品の手法をとってるようです。積み上げていくなかでも、サスペンスが生まれるんだと、彼は感心し、そうした手法を選んだようです。政治が描かれているかどうかは分かりませんが、この事件もまだ解決されていないようで、不可視の世界にいざなってくれるでしょう。

ハリウッド映画もウォーターゲート以前と以降とで変化がありますね。不可視の社会をテーマにしたものが多く現れましたね。
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Watergate, before & after... (マトン)
2007-03-22 21:31:56
ハリウッド映画の世界も、ウォータゲートの前と後では違うのですか・・・。面白いですね~。考えてみれば、ウォーターゲート前のアメリカというのは、ベトナム戦争でメタメタにはなっていたけれども、まだまだ元気があったのですね。でもウォーターゲート後のアメリカというのは、国外的にも国内的にも凋落傾向に拍車がかかって、社会全体が内向的になっていったようです。ゾディアックね、覚えておきます。刑事と記者が出てくるようですね。その前に、デパーテッドも見てみたいな~。
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Unknown (イクウ)
2007-03-22 22:38:09
伝統的なハリウッドで言えば、フォードだったら、ジョン・ウェインのような父性的存在が共同体をひっぱる感じ、でもって、キャプラだったら、小市民が社会悪に対抗する感じ、んでもって、戦後のカザンだったら、も少し複雑になって、ただの勧善懲悪ではなくなるけど、それでも外に敵がいる感じがありますよね。もちろん、主人公の内面的な弱さや悪も描かれだします。マンキーウィッツやワイルダーはもっと、主人公のなかにある悪を見つめましたが、それでも、それをつくりだした外の要因が人であれ、出来事であれ、描かれる。主人公の内面そのものの弱さや悪を捉えたりするのは、70年代以降からではないかな、、、。捉えられない共同体や関係性ってのも、そう。スコセッシの『タクシー・ドライバー』、シドニー・ポラックの『コンドル』、アレンの『アニー・ホール』とかがそういったものだと思います。主人公自身の意識を描く感じで、そうした内省するものを見せるってなことなのではと思います。60年代最後の『俺たちには明日はない』や『イージー・ライダー』にはまだ、対抗する何かがあった、でも70年代中盤からのは、それすらなくなったのではないかと思います。
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たしかにね~ (マトン)
2007-03-22 23:56:34
なるほどね~。言われてみると、たしかに70年代の半ばを境にハリウッド映画の趣向が変わってきたような気もしますね。個人的には、70年代後半の映画というのは、私の好みでもあります。作りが凝っているというか、単純でないというか・・・。
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Unknown (イクウ)
2007-03-23 13:37:18
60年代後半から70年代まで続いた、いわゆる日本で言うアメリカン・ニュー・シネマ(この言葉、アメリカでも通じるのかなて思ったら、まったくダメでした)、それまでのハリウッドと違って、サッド・エンディング、そんな暗いものヤダーって感じで、ルーカス、スピルバーグが、ブロック・バスターはじめ、『ロッキー』も生まれ、従来のハリウッド形式に戻っていきましたよね。でも、ルーカスもスピルバーグも、最近は、心の闇を描いてますよね。最近の映画の傾向も、全体的に、そーいった傾向、、、世界情勢と関係してるんでしょうかね。

さて、スタローンがロッキーとランボーを復活させるのは、どういう傾向にあるのでしょうかね、、。
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Unknown (マトン)
2007-03-24 10:10:56
ハリウッド映画の趨勢は全く素人ですが、アメリカ社会の一般的趨勢を大まかにまとめると、戦後から1960年代前半までが万能感に満ちた絶頂期(ケネディ政権ほか)、1960年代後半から70年代前半がスランプ(ベトナム戦争、ウォーターゲート事件)、70年代後半が中だるみ(冷戦の緊張緩和)、80年代が上昇期(レーガン政権の軍拡)、90年代が第二絶頂期(冷戦勝利への陶酔期間)、2001年以降が第二スランプ期(911余波)といった感じになるかと思います(大雑把に言うとということですが)。こうした社会の趨勢もハリウッドに影響を与えているのかな。スタローンがロッキーやランボーを再開したのは個人的な年金対策かな、もしかして・・・。
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Unknown (イクウ)
2007-03-26 02:58:08
確かに、不透明な時代は続くからね。でも『ロッキー』は、あえて不透明な時代に不透明な人間関係を描く映画が多いところで、景気付けしてくれた。人もネガティブなものばかり見せられ、辟易したとこでの登場で景気がついた。はたして今、そうした作品が現れても、人がそういったアメリカン・ドリームについていけるのか、って感じでしょうか、、、。そういったリアリティーが現実社会に生きる人々に今あるのかってことも考えちゃいますね。

ロッキーとランボーがいくら面白かったとしても、かつての映画であり、そこにはフレッシュな部分は求められないかも、、。明るいアメリカを願って描いてたスピルバーグもルーカスも闇を描き出し、娯楽作品も闇化してます。キャメロンもそうだし、マトリックスもそう。あの明るい作風のゼメキスもロン・ハワードも、闇を描く方向に行ってます。彼らもアメリカを引っ張るのから、時代に引っ張られる感じになってますね。ピーター・ジャクソンがオスカー獲れたのも、いまの風潮があるからか、、。スコセッシもね。

スピルバーグとルーカス、こんど創る『インディー・ジョーンズ4』で何をもくろんでいるのでしょうか、、。たまには能天気で爽快なただのエンターテイメントに徹してもいいとは思いますが、、、。
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