
かっちゃんのピアノ・レッスンです。
練習用の小品として、2ヶ月のあいだショパンの「ノクターン 第2番 変ホ長調 Op.9-2」をさらっていました。「超」がつくくらい有名なこの作品を、かっちゃんがまだ弾いたことがないのは意外でした。
かっちゃんはピアノの実力がそなわっているので譜読みがはやく、正確です。その点は安心しておまかせできました。
そこから音楽を練りあげてゆくのに、数週間かかりました。そして苦労の末、今日のレッスンでマルがついたのです。
さて最初のレッスンでは、左手の指づかいを中心に譜読みの進行ぐあいを確かめました。さきにも書いたようにかっちゃんは、とても正確に譜を読んでこられます。
左手のバス音+ふたつの和音をひとつの手のながれのなかで弾くために、指づかいのいくつかを工夫しました。
初日にあるていどのテンポで通奏することができましたので、こんごの音楽的な肉づけのヒントとして、曲の諸要素を説明しました。
①ポイントはもっぱら右手の単旋律の歌わせかたにあること
②左手はバス音の横のつながりをよく聴き、それが主旋律にたいする2本めの旋律(=対旋律)になっていることを意識すること
③左手の和音は音楽の色彩をかえてゆくことが主たる役割なのできざまないで、アタックがつかないようサラッと手をのせるように弾くこと。
すると、かっちゃんはそのつぎのレッスンで、右手の主旋律がめだつように左手の伴奏パートを抑えぎみに工夫して弾きました。ひびきが階層化されて、よくなったと思いました。
しかしテンポはほぼ一定のまま、主旋律が「歌」のようには聴こえてきません。
旋律の動きにあわせてテンポは自由に加減してよいし、基本的に静かでおだやかな曲調ではありますが、もっとドラマティックに音を出してもよいのです。
旋律の動きにあわせた表現をいっしょに考えてゆきました。
旋律をスラーごとに区切ります。楽譜に書いてある表情記号の意味するところを想像しつつ、楽譜に書いていない表情は自分でおぎなってゆかなければなりません。
「表情ゆたかに、やわらかく」歌いおこし、第2節では装飾記号のターンをていねいに弾いてクレッシェンドをかけます。第3節はもっとも動きがすくなく、第4節で音が10度も跳び、劇的に盛りあがります。
ピアノだと手をひろげればすぐのところにある鍵盤ですが、声に出して10度跳躍を歌うのはたいへんです。歌うときのエネルギーのおおきさから当該のクレッシェンドの深さを想像してもらいました。
4つのスラーでいったんまとまります。
つぎから旋律はさらに装飾的になり、表情ゆたかになることを見てゆきました。前の部分とおなじようなクレッシェンドの記号があっても、プラス・アルファする気持ちで弾きます。トリルなどの装飾音は速く弾こうとあせらず、ぎゃくに聴き手の興味の中心になっていると思ってていねいに入れてゆきます。
第6小節の16分音符ふたつがスラーでむすばれ、高音域にむかって駆けのぼってゆくフレーズは、音楽が切迫していることを示しています。速くあがることによって、つぎの「シ♭」を気持ちよく、(音価よりもすこしながめに)のばすことができます。
4小節+4小節がすむと、つぎの部分に入ります。
変ロ長調に転調する第9~10小節は歌いたいところを我慢して、わざとおだやかに弾きます(最後にはリタルダンドすらついています)。すると、第11小節からのフォルテのフレーズがドラマティックな対照をなして生きてくるのです。
そんなぐあいにして、こまかく最後まで旋律を見てゆきました。
以降、かっちゃんはよく練習されて、右手の旋律に「歌」が感じられるようになりました。ところがいくらクレッシェンドをかけようと右手ががんばっても、気持ちにあうだけの強さ、音楽的なひろがりが生まれてきません。なぜでしょうか?
かっちゃんは最初に僕がいった「主役は右手で、左手は右手に従属する伴奏パート」ということばをきまじめに守りつづけ、右手が強くなろうとしているのに、左手がいっしょに盛りあがっていかないのでした。完全に裏方に徹しています。
そこで誤解があるようなので、説明しました。
左手は主役ではないとはいえ、旋律が気持ちよく歌うために全力でサポートしなければなりません。ただうしろに引っこんでいるだけでは伴奏とはいえません。
旋律がふくらんでいったら、それにしたがっておおきくなってよいはずだし、旋律のテンポにしたがって速くなったり、遅くなったりするはずだし、ときには歌(右手)よりも前に盛りあがっておいて、歌がフォルテを出しやすい雰囲気をつくったりもします。
とくに左手の和音をやわらかく弾く意識が強くあって、かっちゃんの音楽はひびきはきれいだけれども音楽的な充足感がなくなってしまっています。すべての部分で引っこみすぎている和音の役割をとらえなおしてもらいました。
とくに楽器の構造上、高音域でいくら音を強く出そうとがんばっても無理で、低音弦がしっかり鳴ることによって、それより上の音域の弦がひびきやすくなるということを知ってもらいました。
曲が仕あがる前の2~3回前には、かっちゃんはようやく曲の歌わせかたを把握できたらしく、とても楽しそうに弾いていました。
かっちゃんは「最初はただ弾いているような気がしてなんだかつまらない曲でしたが、ようやく曲らしくなってきました!」とよろこんでいました。
仕あげの前、ペダルを踏みかえるタイミングが、バス音にたいしてすこし早いことを指摘しました。音が鳴ると同時にペダルを切って・踏む「レガート・ペダル」というより、音と同時に踏むこむ「アクセント・ペダル」のように聴こえる箇所があります。バス音がそのたびにゴツンゴツンと立ちあがって、おおきなフレーズ感が損なわれていました。
思いのほか時間がかかりましたが、かっちゃんはようやく曲の雰囲気をつかんでノクターンをうつくしく弾ききりました。
旋律の動きにあわせて自由にテンポを加減し、ぞんぶんに歌いあげたり、ぎゃくに抑えぎみの表現をもちいてコントラストを生かしたり、切迫したり、おだやかに変化したり、音楽をきちんと表現しています。左手は右手に寄りそってふくらんだり、ちぢんだり、右手の装飾音が入りきるまで待ってあげたりできるようになりました。それでこそ名伴奏です。
マルです! すばらしい。(こうき)
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