東京地形散歩意外に起伏の多い東京の地形を撫で回します。
 
JR総武線市川駅の北口近辺は、微高地というものを実感できるスポットの一つです。
市川砂洲という東京近辺でも有数の規模を誇る微高地の南側の端っこには国道14号が走っていて、
その一本南の通りに向けてゆるりと落ち込んでいきます。
 こんな感じ

「微高地」というとたいしたものではないように感じますが、実際には結構な高低差があります。
下の写真は14号の一本南の裏通りに、14号の高さを重ねたもの。
この通りには写真のように表通りとの高低差を活かして車庫にするなど
微高地の端という立地条件に対応した作りの家が立ち並んでいます。
大昔はここいら辺が砂浜だったというわけです。


この市川砂洲上にかつて古道が通り、中世には弘法寺系寺院等が経営する
宿場が形成されていたと考えられています。
その中心であったのが砂洲の先端近くの一帯、「寒室(ひむろ、ひんむろ、へいむろ)」でした。

(クリックしてGoogle Mapへ)

「この『寒室』とは、貧しい室屋という意味と考えられ、寒室=寒家であり、すなわち伏せ屋=布施屋のことであろう。
 船に乗る旅の人々を宿泊・休憩させるために設けられた施設で、中世には真間の弘法寺が管理・運営
 していたものと推定される」 (「千葉氏 室町・戦国編」千野原靖方著 たけしま出版)

中世寺院の役割の一つは、こうした交通の要所で旅人の世話をする=交通インフラの運営でした。
古代に国府の足元で官道=古代東海道の宿駅(井上駅)だったこの地が、時代が下って中世になっても
運営主体こそ違え、相変わらず交通の要衝であったことがうかがえます。

その重要性は江戸時代になっても引き継がれ、近代に入って鉄道が敷設される頃まで続きます。
今でも信号名に「市川広小路」という名前が残っているのがその名残です。

ということで、「東京」地形散歩からはちょっと外れて「市川地形散歩」の始まりです。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
有り難うございます。 (弘法寺の檀家)
2010-02-21 12:26:17
いゃ~すごいです。大変勉強になりました。実は妙見島に用があって見ていたらこちらの方が面白いくて。いま妙見島にいるんですけど、これから早速 御墓参りをかねてぶらぶらしてみたいです。
 
 
 
コメントありがとうございます (蒸しぱん)
2010-02-22 00:42:22
◆弘法寺の檀家様:
これはまた由緒あるお寺の檀家の方に読んでいただけてうれしい限りです。是非、周辺を散策されてみてください。いいところですね、あの辺りは。

妙見島に用事があるというのもなかなかにレアだなあと思ったりも。うらやましいです(^^)
 
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