何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証

私は2015年12月28日、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎を突然喪いました。このブログは彼の生きた証です。

時が止まってしまったよ・・・・・祥一郎・・・・・・・・

2016年03月11日 | 死別体験
祥一郎…………

おっちゃんは時が止まったような生活をしているよ………


世の中の、耳や目に入ってくるどうでもいい情報は、いっさい頭に入ってこなくなったし、どうでもよくなった。

24時間、来る日も来る日もお前と過ごした年月、お前の想い、お前の亡くなったあの日のことしか考えられなくなった。



当たり前だよね。

おっちゃんの心も身体も、お前と一心同体だったんだから………


お前が亡くなってから気づくなんて、どれだけおっちゃんは愚かなんだろう………


一番傍に居てくれる人が、一番長く居てくれる人が、一番大事だなんてことは、理屈でも常識でもわかりきっていたことなのに………


祥一郎…………

おかしいんだよ………職場にいるときは目の前の仕事をかたづけなきゃいけないから、それに集中しているつもりなんだけど、お前の居ない、誰も待っていてくれない部屋に早く帰りたいと思うんだ。


何故だろう………

薄明かりを点けたままのうすら寒い部屋に帰って来て、お前が座っていた椅子に座り、俯いて泣くばかりなのに、お前と暮らしたこの部屋に帰ってきたいんだよ………


お前の遺影や仏壇があるから?お前が生きた痕跡がそこここにあるから?


それとも、お前は本当にこの部屋でおっちゃんをまだ待っていてくれているのか………


きょうもお前の椅子に座って泣いているよ………




こんなおっちゃんの姿がお前は見えているのかい?


見えているのなら………「おっちゃん、大丈夫だよ。僕はここに居るよ。おっちゃんを抱きしめているよ。守ってるんだよ。だから安心して。僕は死んでないよ。」

って言っておくれ………


涙がとまらないんだよ…………だから、だからおねがいだよ…………


おっちゃんの傍に居るって、合図しておくれ…………


祥一郎…………


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