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トロメライをひいてごらんなさい。きいてあげますから。

音楽家白石准の、現在や過去の飼い猫、近所の動物たちとのふれあい。タイトルは“セロ弾きのゴーシュ”に出てくる猫の台詞。

かれいちゃんが亡くなってた、、、

2011年02月24日 01時29分04秒 | ゲスト@近所の動物病院の犬達
昨日は近所の獣医さんと八王子まで自転車で行ってPianoのLessonをしたのだが、帰りに病院にもう一回寄ったら、数日前にテリアの「かれいちゃん」が亡くなっていた(14~5歳だったかな)ことを知りショックでした。

彼女の画像は、きゃらめると並んで撮ったものがありますが、このあゆちゃんと同じく僕が行くと結構仲良しにしてくれてお腹を見せてくれたものでした。
一度、うちの猫のきゃらめると一緒に、近所の城山湖を二時間くらいかけて一周したことがありました。

きゃらめるがなかなか歩かないと数十メートル先から迎えに来てくれたりして、体は小さいのに自分の胴体の高さくらいある階段を元気よく登って行っていたのを思い出します。
あゆはこの事実をどう受け止めているのかな。
亡くなる瞬間にどう立ち会っていたのかな、、、


老師犬あゆの箴言

2007年06月05日 09時26分05秒 | ゲスト@近所の動物病院の犬達
あゆはしご1なにを悩んでおるのだ。

ではわしがこれからやることをよく観ていなさい。

まずは最初の一歩。

何事に於いても、だれでも初心者のころは新鮮でいて、慎重になるわな。

だから、こういうところはある意味心配いらないんだ。

わしもかつてはこのようなへっぴり腰ではあった。

わしが初心者のふりをできるのは、初心を忘れていないからなのである。

興味のある御仁は、この写真を突っつくと大きい画像で詳細が観察できるぞよ。


あゆはしご2ちょっと慣れて、ゴールに片手が着いたと勘違いするこの状態で安心するのが素人ってもんなんだ。

ここからのあと一歩の詰めが想像以上に大変なんだと思わないといけない。

おわかりか?

わっからねえだろうなあ。

わしも若い頃、何度この段階で油断して転落したことか。

そうなるとすべて振り出しに戻ってしまうだけではなく、心にも体にも大きな傷を負うのだ。

すると最初の時より「やりなおし」というのはより過酷な心境になる。

まあそれはそれでためにはなるから、今のわしがあるわけではあるが、、。


あゆはしご3この最後の一歩がそれまでのほとんどの行程より実は短く見えて困難な領域なのだ。

みなさんは、わしがいとも簡単にカメラ目線で足下を見ずにここに到達しているように見えておろうが。

しかしこうなるには、細心の集中力をもってして行った弛まぬ努力の末の結果であり、物事を成し遂げるのには何年もかかるのだ。

日々修行せい!

ピアノのLessonの困難な段階に突入した鉄人たぬきぱぱに対して、身を以てこのありがたいアドヴァイスを授けてくれた「あゆ師」を、鉄人たぬきぱぱご自身によって撮影されました。
門外不出の免許皆伝の秘法です。

兵士あゆ

2006年06月08日 11時13分53秒 | ゲスト@近所の動物病院の犬達
いま病院にいる生まれたばかりの仔猫を守らなくてはいけないので、看護士は兵士もかねなければいけないとおもうのです。

だから、兜を作ってもらいました。

どうです、凛々しいでしょう。

このままキャンディードというミュージカルにでて戦争の場面に参加してみたいです。
このブログの管理人は昔その仕事を二回ともしたっていうから、売り込んでもらおうと思います。