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「武士の鑑」と明治生まれの祖母と

2022-02-16 | おでかけ
おはようございます。
本日は、亡き祖母の想い出と「鎌倉殿の13人」について、
どうぞ、おつきあいくださいませ。



父方の祖母は、小柄な優しい人で、5歳まで一緒に暮らしていました。

その後、わたしが、まだ小学生だった頃・・・
お正月だったか、お盆だったかの人寄せで、
祖母が昔語りをしてくれました。

「馬に乗って、そこの裏山をピューッと駆けていったのよ~」。

身ぶり手ぶりを交え、さも見てきたかのように、
熱く語る、おばあちゃん。

それって、誰のこと?
そもそも「馬に乗って」って、いつの話?

わたしったら、肝心のことが、記憶から完全に抜け落ちていますw



大人になって、祖母が言っていたのは
どうやら、畠山重忠のことだったのだと、気づきました。

・・・にしても、畠山重忠って、鎌倉時代の人だよね、
あの迫真の語り口は、まるで、自分が見たかのようだったよ・・・

思い出す度に、おかしくてたまりませんでした。


今、祖母の語りが、しきりと蘇ります。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の影響で
ゆかりの地を歩くのが、わたしたち夫婦の楽しみなので・・・♪



遠藤明子「北条義時をめぐる人々」によると・・・

畠山重忠(長寛2/1164~元久2/1205)・・・

坂東八平氏の一つ、秩父党出身の、いわば、お坊ちゃま。

そのため、源頼朝旗揚げ時には敵対したものの、後に許されて帰順・・・
頼朝からの信頼は篤く、重忠に嫡男・頼家を託そうとしたと、
軍記物『承久伝』にあるそうです。

また、「仇討ちを描いた軍記物『曽我物語』でも、
歴史書『吾妻鏡』でも、『鎌倉武士の鑑(カガミ)』と讃えられた人物」
(本郷和人『承久の乱』38頁)とあります。

歌舞伎でも、歌舞伎十八番「景清」や、人気の「先代萩」で
重忠を何度か観ました。

さらに、ビジュアルも注目!
竹宮惠子『吾妻鏡』(中公文庫)では美形に描かれ、
今度の大河ドラマでは中川大志さんが、重忠役・・・

真偽の程はどもかく・・・
畠山重忠公は、眉目秀麗な「武士の鑑」なのでございます。



その重忠は、無念の死を遂げました。

呼び出され、鎌倉へ向かう途中、北条義時の大軍に襲われたのです。
父・北条時政の謀略でした。
全てを悟った重忠は、潔く戦い、結果、討ち取られるのです。

敵将・義時は、若き日からの友・重忠の無実を信じていたのに・・・

そんな無実の罪で、殺される最期ゆえに、
人々の記憶に残り、愛されてきたのかもしれません。



「鎌倉殿の13人」の史跡さんぽの一環で、
重忠ゆかりの地を歩き、
横浜市旭区、万騎が原の「畠山重忠公遺烈碑 」も見ました。(本日の画像)

万騎が原は、敵の北条の大軍が陣を敷いた地です。
重忠が討たれた場所ではありませんが・・・
この碑は、明治25/1892年、地元の有志57人により建立されたのだとか。

令和の今、畠山重忠といっても、わかりませんが・・・

明治の頃は、「鎌倉武士の鑑」畠山重忠の悲劇は
庶民に、よく知られていたのかもしれません。
おそらく愛された英雄だったのでしょう。



亡き祖母も、明治生まれでした。

少女の頃の初恋を貫いて、親戚筋にあたる祖父と結婚した人。
わたしの記憶にある祖父は、剣道の師範を務め、
老いてなお、シュッとした、イケメンでしたから・・・♥

あの日、熱弁していた祖母は、
畠山重忠像を、若き日の祖父に重ねていたのかもしれません。


(大倉山梅林にて撮影)


でもね・・・

この話を思い出すたびに・・・
どうして重忠が「そこの裏山」を通ったんだろう?と
不思議に思っていました。

居館・菅谷館(今の埼玉県)からの「鎌倉道」には外れているし、
ましてや最期を遂げた鶴ヶ峰(横浜市旭区)の近くでもないし・・・

これこそが、伝承の妙なのかもしれません。

悲劇の英雄とのゆかりがあったと思いたい・・・・
そんな願いが、長年の間、形を変えて、伝えられてきたのかなぁ・・・
今は、そう考えています。


昨秋、祖母の23回忌を迎え・・・
昔語りを聞いた小学生も、アラ還になりました。



本日も、おつきあいいただき、どうもありがとうございました。

横浜市内の畠山重忠にまつわる、史跡めぐりも、
いずれアップするつもりです。
その折りは、どうぞ、お立ち寄り下さいませ。


📚参考
◆遠藤明子「北条義時をめぐる人々」『鎌倉殿の13人 北条義時とその時代』(「NHK大河ドラマ歴史ハンドブック」)NHK出版
◆本郷和人『承久の乱』 文春新書
◆竹宮惠子『吾妻鏡』中公文庫

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