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知と熱(ラグビーの変革者 大西鉄之助)より-2

2006年02月24日 | 本の紹介

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 表題の本の中から
 「テツノスケに教わったんや」より

 大西氏が育てたラグビーの化身:小笠原博氏。自衛隊でラグビーを
 はじめ21歳で近鉄へ途中入社。その後当時としては異例の24CAPを
 獲得する。その中の試合には、オールブラックスジュニア戦や伝説と
 なっている秩父宮のイングランド戦があります。

 余談ですが「信は力なり」→今や伏見工の合言葉となっていますが、
 これは大西氏が好んだ言葉で、教え子の山口氏が今の時代に伝承してます

 さてこの大西氏から全副の信頼を得ていたのが、ロックの小笠原氏
 脱水症状で病院運びされても、抜け出して試合に参加したと言うつわもの

 氏曰く「俺のは鉄之助のラグビーや、世間では近鉄の小笠原やけどな」

 エピソードを一つ、当時のジャパンは国内で強化試合を行っていたそうです
 (この制度良いと思います。今でも国内の強化の一環として復活を期待)
 1970年2月22日、ジャパンは卒業生を含むオール早稲田と対戦した

 試合前夜、小笠原氏はジャパン監督の大西氏に呼ばれ
  「おい、オガ。明日は近鉄のラグビーでいってくれ」
 フォワードをまとめる小笠原氏が思わず言い返した
  「いいんですか」
 早稲田ラグビーの理論的支柱である大西氏は答えた
  「構わん。近鉄で行け」

 フォワードを前面に押し出した肉弾戦それが「近鉄」である

 フォワードリーダーの小笠原氏は、翌日試合直前に円陣を組んで一言
  「殺せ」
 展開したらうるさい早稲田の軽量フォワードを「縦、縦」で粉砕した

 「あの時やな、大西鉄之助に心からついていこうと思ったのは。
  近鉄でいってくれは、簡単やろ。でも他の監督は言えない。
  勝つためのラグビー。そのための課題の与え方。違うんやって」

 口下手な氏から熱い言葉がほとばしったそうです。


 監督と選手との信頼関係は、外国人監督を迎え新しい局面を迎えます
 太田GMの役割がよりクローズアップしてきます。頑張って下さい

 補足:今年から始まるパシフィック5ネーションまであと100日です

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4 コメント

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Unknown (チェンナイ(インド)ラガー)
2011-06-05 02:45:17
私の小笠原ラガーの記憶は1970年代後半のウエールズ来日時です。国立で孤軍奮闘、流血で戦っていました。坊主頭で前進してゆく姿に当時高校生の私は励まされたものです。
コメントどうも (瑞穂)
2011-06-05 16:31:15
チェンナイ(インド)ラガーさん

 コメントありがとうございます
 ’70年台はまだラグビーを知らない時代
 でした(部活バレーボールだったので)
 凄い人だったようですね
どんぴしゃでした。 (敵我男)
2011-09-21 22:25:46
私めが書いた今日のブログにドンピシャの記事でした。有難うございます。
どうもです (瑞穂)
2011-09-22 21:20:46
敵我男さん
 懐かしい日記にコメントありがとうございます
 こんな個性的な選手の登場に期待したいですね

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