ドイツ政府、ガソリン高騰で潤う石油会社の「過剰利益に特別税」の本末転倒

川口 マーン 惠美

ドイツ政府、ガソリン高騰で潤う石油会社の「過剰利益に特別税」の本末転倒 これは本当に「公助」なのか? - ライブドアニュース

燃料代高騰に歯止めのつもりが

日本と同じくドイツでも、ガソリンとディーゼル燃料が高騰している。今年の最初、1リットル1.6ユーロ(208円・1ユーロ=130円で換算)だったのがジリジリ上がり始め、3月半ばには2.3ユーロ(299円)を超えた。

その後は少し下がり、2ユーロ(260円)あたりで高止まりしていたが、政府は、夏のバカンスシーズンを間近に控え、どうにかしなければならないと思ったのだろう、6月1日から3ヶ月間、ガソリンとディーゼルに掛かっている税金を軽減することを発表した。

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ガソリンには、石油税0.65ユーロ(85円)/Literのほか、炭素賦課金0.07ユーロ(9円)/Liter、石油備蓄付加金0.003ユーロ(0.4円)/Literなどがかかっており、最終の価格に、さらに19%の消費税(付加価値税)が乗る。

こうしてみると、正味の“ガソリン代”はおそらく価格の2割ほどだ。予定された税金の値下げ幅は、ガソリンが1リットルあたり0.35ユーロ(セント46円)、ディーゼルが0.28ユーロ(36円)。そんなわけで、国民は大いに期待して6月1日を待った。

 

初日、ガソリンとディーゼルの価格は確かに下がった。ただ、税金の値下げ分がすべて価格に反映されたわけではなく、ガソリンの値が下がったのは1リットルに付き0.28ユーロ、ディーゼルは0.17ユーロだった。石油会社は、以前仕入れたものにはまだ値下げ前の税金が掛かっているから、それがなくなったら価格は次第に下がるだろうと言った。

しかし、翌日から、なぜかガソリン価格は再び上がり始めた。そもそも石油会社には、減税分をすべて価格に反映しなければならない義務はない。自由主義経済をとっている国では、当然、価格は市場が決めるのである。国民は失望し、腹を立てた。

ショルツ政権はこれが当然、気に入らなかった。せっかくの自分たちの“英断”が、かえって国民の不満を誘発する結果になるかもしれない。

ショルツ氏はSPD(社民党)の政治家で、社会主義的信条を重視する。現在の政権は、そこに緑の党とFDP(自民党)が加わった三党連立。ちなみに緑の党はかなりの左翼だが、国民の間ではその過激さに人気が集まったらしく、現在、政権内で大きな発言力を持っている。

その緑の党のダブル党首の一人であるリカルダ・ラング氏が、6月4日、「過剰利益」に特別税を課税しようじゃないかと言い出した。

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実は、これは左派党(旧東独の独裁党の流れを引いているとして極左に分類されている党)が前々から提唱していたことでもある。過剰利益とは、何らかの突発事項により通常以上に上がっている利益だそうだ。

ドイツの社会主義化が止まらない

過剰利益に課税というアイデアはすでに英国でも出ているという。「windfall-Tax」といって、風で降ってきたもの、つまり、予期しなかった利益に掛ける税。日本語に訳すなら「棚ぼた税」といったところだ。

 

政治家は徴税に関しては想像力が豊かで、何にでも税金をかける。歴史を見ても、窓やら、葬式やら、兎やら、ひげやら、さまざまなものに課税している。だから今、ウクライナ危機のせいで景気が良いらしい石油会社が標的となっても、決しておかしくはなかった。

ラング氏いわく、「石油会社が現在の燃料価格を食い物にして巨大な利益を得るなら、(過剰利益税は)理に適った歩みだ」。そして、SPDのダブル党首の一人クリンクバイル氏が、「考慮する価値が十分にある」と追い風を送った。

社会主義政権では、補助金やら福祉やら、何かと国民に対する保護が増加するが、その代わり規制も多くなり、自由が減少する。今のドイツがまさにそうだ。ただ、ドイツのこの流れは、今に始まったことではない。

2011年、原子力発電所は、正当な理由もなく停止の時期を定められ、ガソリン車とディーゼル車は2030年で新規の登録はできなくなる。石炭火力は2038年で停止しなければならない。これらの産業を確実に潰しつつ、その代わり、エネルギー転換という経済的にも物理的にもあまり裏付けのない政策に膨大なお金が注ぎ込まれた。

特に、中道保守のはずだったCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル政権の手によって、投資家のお金や消費者の購買力を電気自動車、再生可能エネルギー、ITに向けるために、補助金という名目で注ぎ込まれた税金は膨大な額だった。

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メルケル政権は、権力の固まってきた最後の10年ほどはどんどん社会主義化し(現在のCDUはそれを懸命に修正中)、右手でSPD顔負けのバラマキ政策を打ち、左手で一定の産業の首を絞めた。首を絞められた産業の一番手が石炭、石油、原子力、電力会社といった既存のエネルギー関連産業、そして、ガソリン車、ディーゼル車。

また、その他、難民受け入れ、ギリシャの不良債権で傾いた銀行の救済、そしてコロナの際の給付金などにも、止めどなくお金が流れた。そして、気がついたら、いつしか国民と投資家からは、何を買うか、何に投資するかを決定する自由が奪われていた。

 

昨年、政権の座についたSPDの社会主義的精神は、前メルケル政権の遺産と、今、さらに緑の党という別働隊のおかげで、ますます磨きがかかっている。政権内では「自助、共助」は鳴りを潜め、「公助」が大手を振っている。

しかし私の疑問は、これは本当に「公助」なのか? ということだ。

ポピュリズム政策の効力は期間限定

同じく政権党であるFDPは自由主義を標榜する保守リベラルだが、彼らが公約にしていた「緊縮財政」は、SPDと緑の党によって早くも粉砕されかけている。

党首のリントナー氏(現財相)はある新聞のインタビューに答えて、「過剰利益に課税するなら石油会社だけでなく、ワクチンメーカーや、再エネ、半導体のメーカーにも課税しなければならなくなる」と述べていた。また、このような課税で、「これから利益を得ようと努力している人たちのモチベーションを奪うべきではない」とも。

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なお、同じ6月1日、ショルツ政権のもう一つの国民サービスが、こちらも華々しく打ち出された。たったの9ユーロ、つまり日本円にして1200円弱で、1ヵ月間、全国の鉄道乗り放題キャンペーンだ。このチケットは特急や急行以外の鉄道、バス、市電など、何にでも使える

また、SPDの公約の目玉であった「最低賃金の引き上げ」も6月3日に無事国会を通過し、10月から実施されることになった。SPDの労働大臣は感無量の体だったが、実際問題として、これまで最低9.82ユーロ(約1,276円)だった時給が、10月から全国一律で12ユーロ(約1,560円)に引き上げられるため、景気の良くない地方では零細事業者の負担が大きくなる。

これがドイツの景気にどう作用するかは、10月になってみないとわからないが、長年の望みが叶ったSPDはお祭り気分だ。

過剰利益税に話を戻せば、問題は、何が正常な利益で、どこからが過剰かという線引きの難しさだ。本来、自由主義を標榜している国であるかぎり、どんなふうに商売をしようが、法律に触れない限りは自由なはずだが、「儲けすぎには課税」では、投資意欲もなくなる。こんなことをしていると、投資家は外国に出ていき、世の中の活力は失われていくだろう。SPDはドイツを東ドイツ時代に戻したいのだろうか

いずれにせよ、石油会社がおとなしく過剰利益税を納めるとも思えない。そもそもガソリンやディーゼルには、すでに多額の税金や、多くの規制がかけられている。IT企業の多くが、払うべきと思われる税金さえ収めていないのとは訳が違う。たとえばアマゾンは、日本でもE Uでもほとんど法人税を払っていなかったことが今ごろ問題となっている。

9ユーロチケットも、過剰利益税のアイデアも、国民の不満のガス抜きのためのポピュリズム政策のように思えてならない。ただ、もしそうだとしても、その効力は夏の間だけだ。秋風が吹き始めて、電気代、ガス代の高騰が収まっていなければ、おそらく誰かが言い出すだろう。なぜ、ドイツの電気代が生活を圧迫するほど上がらなければならなかったのか。これほど多くの税金を払っているのに、政治はいったい何をしてきたのだと。

そのとき、政府は全てをウクライナ戦争のせいにはしないでほしい。

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