■加瀬英明のコラム
万一、オリンピックが中止になっても聖火だけは、予定通り全国を巡ってほしい
コロナの感染拡大によって、今年に延期された東京2020オリンピック大会が開催できるものか、危ぶまれている。私は大会が中止されて聖火を返還することになったら、予定通り全国を巡るコースを通って、聖火リレーを行ってほしいと、提言している。
昨今の日本国民はつくられた贋物のイベントが大好きだから、コロナと大会の中止によって気落ちした国民に元気を与えることができよう。
本来、英語の「イベント」は、国王の戴冠式や、数百年も守られてきた伝統的な祭など、起るべくして起る催事を意味している。古代ギリシアにおけるオリンピアードは同じ会場で催されたから、聖火リレーなぞなかった。
ヒトラーが1936年のベルリン五輪大会で、ナチス・ドイツがヨーロッパの中心であることを、全世界へ向けて誇示するために発案したものだった。
コロナの世界的大感染は、スペイン風邪(1918年~1922年)の大流行から百年ぶりといわれるが、イタリアでムソリーニが1922年に独裁政権を樹立した。
イタリア人は出会うと、挨拶として互いに抱擁し、握手するのが習慣となっている。
ムソリーニは首相に就任すると、第一声として、「抱擁、握手は非衛生的だから、古代ローマ帝国時代の右手をあげるサルート・ロマーノ(ローマ式敬礼)を復活させよう」と呼び掛けた。イタリア国民は「もっともだ」と納得して、ローマ式敬礼を受け入れた。
古代ローマ時代には右手を前方へ高くあげて、「アヴェ・チェザレ!」(皇帝を称えよ!)と叫んだ。アヴェ・マリアの「アヴェ」である。
その年に、ヒトラーはドイツの多くの極右政党の一つであるナチスの党首だったが、ムソリーニのファシスト党のローマ式敬礼を模倣して、「ハイル・ヒトラー!」をナチス党の敬礼とした。ヒトラーはその11年後に独裁政権を握った。
ナチスのニュールンベルグ党大会で、数万人の親衛隊員が右手をあげて、「ハイル・ヒトラー!」と絶叫する時に、親衛隊の軍用シェパード犬はどうして敬礼するだろうか? 正解は、後ろ脚を高くあげるというものだ。
今日、全世界の軍隊、警察、消防官、ガードマンなどが、制帽の鍔に右手の指先をつける敬礼を行っている。
『ブリタニカ(大英)百科事典』の英語版によれば、中世のイギリス軍では連隊長が国王から連隊の予算を貰って、そのなかで賄(まかな)っていたが、帽子を脱ぎお辞儀して、挨拶するのが礼式だった。
ところが、スコットランドに吝嗇(けち)な連隊長がいて、制帽をいちいち脱いで頭をさげると、帽子の傷みが激しいので、今後は鍔に指先を触れるだけでよいと布告した。当時の制帽は金モールがついて、高価だった。大英百科事典にこの布告文の全文がのっている。
私は1980年代に、インドネシアに通った。後に大統領となったスシロ・バンバン・ヨドヨノ陸軍副参謀総長と親しかったが、インドネシアの士官学校を訪れた時に訓練の一環だったのか、10人あまりの学校生徒が儀仗礼をもって迎えてくれた。
サーベルを抜いて、刀身を唇(くちびる)の前へ立ててから降ろす。
私はこれがキリスト教の十字軍の礼法だ、ということを知っていた。刀身と交わる鍔を十字架に見立てて、接吻(せっぷん)するのだ。イスラム教国で行われるのは意外だったが、もちろん、黙っていた。もっとも旧帝国陸海軍も同じ礼を行っていたが、皇軍がキリスト教の礼式を行っていたのはおもしろい。
このように根を知ることは、好奇心を充たしてくれる。私が我慢できないのは、若者たちが指でVサインをつくることだ。
起源はVEデー(ナチス・ドイツが降伏した日)、VJデー(日本が屈服した日)と呼ばれるように、先の大戦で日本、ドイツを打ち負かして、「ヴィクトリー(勝利)を収めよう」という、連合国のサインである。イギリスのチャーチル首相が、発案したものだ。
いまの日本では、無国籍、国際人で、無責任であることが国民道徳となっているから、そんな過去に拘泥すべきでないのだろう。
だが、私は終戦の時に小学3年生で、軍国少年だった。あのころの日本国民のアイドルは、戦艦陸奥、長門、隼戦闘機だった。楠正成、木口小平、広瀬中佐、乃木大将がアイドルだった。
いまの日本では、何でも可愛くなければならない。
熊本県のゆるキャラの「くまモン」から、ポケモン、ハロー・キティちゃんまで可愛ゆーいものが、国民のアイドルとなっている。ゆるキャラや、コミックのキャラクターは、みな、体にくらべて頭と目が異常に大きく、鼻が小さい。赤ん坊のように、無邪気で抱きしめたくなる。
世界のなかでこれほど可愛ゆーいものによって、国民の心が支配されている国は他にない。おそらく、日本国民がそうなりたいと憧れて、求めている自画像なのだろう。だから、憲法を改正して、自衛隊をどこの国にもある軍隊にすることができないのだ。軍隊は可愛くないのだ。
いったい、コロナ禍がいつまで続くのか、分からない。コロナが収束したら社会が大きく変わるといわれるが、「ステイ・ホーム」が長びけば、妻上位が進み、男たちがいっそう不甲斐なくなる。犬の訓練士の命令は英語が使われるから、都知事は都民を犬扱いにしているにちがいない。
男たちと、雄々しい国の復権が待たれる。
(かせ・ひであき氏は外交評論家)