コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵略と、世界的な非常時に実施される今夏の参院選。国内外に問題が山積するなか、岸田政権の支持率は各種調査で7割近くに達し、政権発足以来、最高を記録した。しかし、かつて「道路公団民営化」やさまざまな都政改革を実現させた元東京都知事で作家の猪瀬直樹氏は、現政権のある部分に危機感を覚えているという。猪瀬氏が語る。(写真/山崎力夫)

【写真3枚】政策決定過程の「不透明さ」が日本の問題と指摘する猪瀬氏

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 小泉内閣当時に務めた道路公団民営化推進委員会のメンバーは、7人でした。この人数なら徹底討議ができ、会議を原則公開に決めたことで、改革を前に進めることができた。そもそも7人以内でないと、政府の審議会で議論するのは無理があります。現在はだいたい20人くらいいますが、会議が2時間だとして、役所からの説明などもあるから、実質1人2分も発言すれば終わってしまう。結局、事務局である役所が作った作文が採用されがちで、委員の意見を少し取り入れたとしても、それは議論の成果とは言えない。

 委員の側が御用で行ったつもりではなくても、御用審議会のような形にさせられてしまうのが、今の審議会のありようです。しかも政府の審議会は公開されず、関係閣僚や日銀総裁、経済団体トップが一同に会する経済財政諮問会議でさえ、議事録の公開は4年後とされています。

 極め付きは、コロナ対策の意思決定の場として2020年1月に設けられた「新型コロナウイルス感染症対策本部」。当時は感染状況の把握や水際対策が主なテーマだったとはいえ、会合は国会の合間の15分とか20分しか行われませんでした。役人が読み上げて、大臣が2人くらい発言したら終わりです。その中身も、概要が少し公開されただけで、具体的な審議内容は公開されていない。

 政府の審議会の情報公開ができておらず、公文書もきちんと作成されていない。これは大きな問題です。

 日米開戦の意思決定過程を僕が『昭和16年夏の敗戦』で書くことができたのは、政府と軍部の意思決定の場である「大本営政府連絡会議」の記録があったから。実際には会議の議事録は公開されていませんが、戦後、役人らが残したメモが出てきました。1945年8月15日には霞ヶ関のあちこちで煙が立ち、太平洋戦争にまつわる重要書類は全て燃やされたにもかかわらず、です。

 敗戦の混乱の最中にあっても、秘かに持ち出され、分散して保存されていた公文書が存在していた。戦後、それらをつなぎ合わせることで、なぜ敗けると分かっていたアメリカとの戦争に日本が突っ込んでいったのか、その政策決定過程の発言を拾うことができたわけです。

 同書では日米開戦前夜に設置された「総力戦研究所」について調べました。同研究所は軍人だけでなく、文官の若手エリートを多く集め、日米開戦のシミュレーションを行いました。その研究員たちの日記や直接のヒアリング、若干の記録などから再構成することで、そのシミュレーションの内容と、大本営政府連絡会議の意思決定プロセスで、どのような発言があったかを検証できたのです。

 歴史の検証に耐えられる、意思決定の情報公開が必要なのです。国会の場合にはテレビ中継などで情報公開をしていますが、参議院議員としては、その場で直接政権に質していくことが必要だろうと思っています。

 翻って現在の岸田政権は、改革を志す人たちもいることはいますが、外から見える部分とよく見えていない部分があって、複雑です。そこを「見える化」していくことはとても重要。岸田さんは「新しい資本主義」を掲げていますが、「調整」「調整」とやっていて、調整しすぎて意思決定のプロセスが見えない。

 国家の進路にはまずビジョンが必要で、それには審議会の委員や官僚による政策提言が重要です。僕が立ち上げた民間臨調「モデルチェンジ日本」(メンバーに松田公太氏、原英史氏、冨山和彦氏、安宅和人氏ほか)のように、外側からも政策提言をする必要がある。

 そしてそれがどういうふうに審議されて、結論に至ったかが見えなければいけない。民主主義とは多数決のことではなく、審議と討論のプロセスのことです。参議院で標榜される「熟議」のように、議論を深めてきちんと熟させ、アウフヘーベンするような結論を導き出すのが本来の民主主義です。

 一見、日本は独裁者がいないように見えるけれども、独裁者の心の中で決めたことと、独裁者がいなくても何となく決まっていくというのは、見えない人の心の中で決まっていく点で同じ。審議のプロセスが公開されていない限り、民主主義ではない。中国やロシアと、日本は似ていないようで似ているわけです。

 霞ヶ関にたくさんの官僚がいて、それなりに皆一生懸命やっていろいろなことを決めるけれども、そのプロセスが見えない。積極的な情報公開により、政策決定過程の透明化をすることが、この国には必要です

【プロフィール】
猪瀬直樹(いのせ・なおき)/1946年長野県生まれ。作家。1987年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞。1996年『日本国の研究』で文藝春秋読者賞。東京大学客員教授東京工業大学特任教授を歴任。2002年、道路公団民営化委員。2007年、東京副知事。2012年、東京都知事。2015年、大阪府・市特別顧問。主著に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』『猪瀬直樹電子著作集「日本の近代」(全16巻)』があるほか、近著に『日本国・不安の研究』『公(おおやけ) 日本国・意思決定のマネジメントを問う』『カーボンニュートラル革命』など。2022年夏の参院選に、日本維新の会の公認候補として全国比例に出馬予定。