遠山金四郎と大岡越前

知ってましたか?

 

政府による報道介入いつから? 始まりは大岡越前だった|神楽坂淳の新「異説まちまち」

 政権が交代したあとの報道にはさまざまな「忖度」が働いていると思われる。

 ところで、この「政府介入による報道の忖度」というのはいつごろから始まったのか。本当の始まりはわからないが、大っぴらに介入をはじめたのは、名奉行で名高い大岡越前であった。

 報道に関与して自分を名奉行に仕立てたから今日まで名前が残ったともいえる。

 本当に庶民に慕われた遠山金四郎と違って、大岡越前の報道は多分に人工的なものだった。

 町奉行というのは全部の裁判を担当するわけではない。本当にそんなことをしたら他のことがなにもできないからだ。町奉行というのは激務なうえ、さまざまな分野の仕事を兼務しているから、裁判にだけかまけているわけにはいかない。

 大岡越前がやったのは「大岡裁き」として自分の名前が上がりそうな裁判だけ担当するというやり方であった。そのうえで、自分の裁判のときは瓦版屋、つまりいまの新聞記者を招いて記事にさせた。そうやって「名奉行」を仕立てていったのである。

 大岡越前の功績は実際にかなり大きい。赴任前は江戸の治安はかなり悪かった。南北2つの奉行所では足りずに中町奉行所という3つ目の奉行所が設置されていたほどである。だが、大岡赴任後数年で廃止され、南北2つだけに戻っている。

 大岡がとった作戦は、娯楽による治安の改善であった。現在、東京で「花見の名所」と言われている場所のかなりの数が大岡政権下である。もっともいま目にするソメイヨシノは明治からの桜なので、大岡と同じ場所に植林しなおしたものなのだが。

 庶民に娯楽を与えることによってストレスを減らして犯罪も減らそうというもくろみであった。花見のときに酒を飲んで暴れるくらいは、犯罪が減ることを考えれば大したことではない

 同時に、自分を名奉行に仕立て上げることで庶民に安心感を与えるという作戦であった。カリスマに統治されているということで犯罪者にはプレッシャーを与えることもできる。そのときに徹底したのがとにかく報道だった。

 瓦版は「ご政道批判」が多かったのだが、それを逆用して徹底的に抱き込んだのである。

 その後の幕府は抱き込むのではなくて、「批判禁止」という形で弾圧したのだが、大岡は抱き込んだ。そこが大きく違うところである。

 いまの政権もうまく報道を抱き込めればカリスマ総理も誕生するのかもしれない。

 

 2013年3月6日放送

BS-TBS放送「日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒〜宿命の対決が歴史を動かした!〜」

 

今回のライバル対決はなんと100年の時を越えたライバル対決!大岡裁きで有名な大岡越前対、さくら吹雪で有名な遠山金四郎。ともに名奉行として名高い二人ですがなぜ庶民から人気を集めたのでしょうか。そこには二人の上司との関係に秘密がありました。100年越しの名奉行対決、果たしてどちらが庶民の心を掴み江戸を救ったヒーローなのか!!?

上司である徳川吉宗と二人三脚の大岡越前

大岡越前といえば芝居や講談で伝わる大岡裁きが有名ですがこの「大岡裁き」はその殆どがなんと創作だったのです。大岡の活躍した時代はちょうど江戸幕府開幕100年頃でした。当時の江戸は明暦の大火による影響により幕府財政破綻危機に陥っていました。その再建のために将軍徳川吉宗が行ったのは享保の改革でした。吉宗は庶民が直接意見を投稿する「目安箱」の設置や、貧しい人々のための無料の病院「小石川養生所」の設立など民衆を喜ばせる優れた政策を次々に実行し江戸時代きっての名君として知られていますが、それを町奉行として支えたのが大岡だったのです。庶民のために行った数々の業績が、大岡裁きの逸話を生んだのでした。

 

上司である水野忠邦と戦うことで庶民を守った遠山金四郎

桜吹雪の入れ墨で有名な遠山の金さんこと遠山金四郎ですが、実は桜吹雪の入れ墨も大岡同様実は逸話でした。金四郎の活躍した時代は江戸幕府開幕200年頃でした。貨幣経済が発達した当時、町人が力を持つようになり物価の高騰が大きな問題になっていました。深刻な財政危機に直面した幕府は、物価の高騰を抑える為に厳しい倹約令を出しました。それが天保の改革と呼ばれる水野忠邦の政策です。さらに水野は庶民の娯楽である歌舞伎小屋を廃止や人口の増えた江戸庶民を田舎に強制的に返す人返し令をだしていき庶民の生活を脅かしていきます。その時、まったをかけたのが遠山金四郎でした。金四郎は改革に激しく反対切腹を覚悟で上司水野に意見したのです。その結果将軍家慶が、金四郎の意見に賛成。その後水野は罷免され幕府から去るのです。

将軍吉宗と二人三脚で享保の改革を成し遂げた大岡越前。老中水野の厳しい天保の改革に反抗し庶民の生活を守った遠山金四郎。はたしてどちらが庶民をまもった真の勝者なのでしょうか・・・。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 今も行ってい... バイデン「我... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。