清田に負けん!ルーキー大島V打でタイ勝

2010-12-18 21:12:19 | 日記
 中日が対戦成績をタイに戻した。日本シリーズ第4戦は3日、千葉マリンで行われ、中日が延長11回、2死二塁から新人の大島洋平外野手(25)の適時三塁打で4―3で勝利。通算成績を2勝2敗に戻した。日本シリーズ最年長登板となったベテラン左腕、山本昌投手(45)が先発して3回3失点でKOも、中継ぎ陣が踏ん張って勝利を呼び込んだ。

 低く鋭い打球が、千葉マリン特有の風を切り裂いた。大島だ。延長11回2死二塁。9番打者は伊藤の初球、145キロ直球を迷わず振り抜いた。勝ち越しの中越え三塁打。午後11時を過ぎ、底冷えする中でのお立ち台でルーキーは声を弾ませた。

 「何とかここで決めてやろうと思った。越えてくれと思いながら必死で走りました」。12安打を放ちながら9残塁。大島自身3回、先頭で中前打も直後にけん制死。「あそこで流れを悪くしてしまった」。ミスを取り返して余りある、値千金の快打だった。

 負けられないライバルがいる。同じ外野手のロッテ・清田とは同い年。大学は駒大、清田が東洋大と東都リーグでしのぎを削り、社会人でも2年間プレーして昨年ドラフトでプロ入りした。清田は前日の第3戦(千葉マリン)で、86年の清原(西武)以来のシリーズ新人V打となる三塁打を放ったが、こちらも三塁打でお返しだ。「向こうはパワー系、僕はコチョコチョ系なんで」と謙そんするが「きのうは清田で負けたので、きょうは僕に回ってくるかなと思っていた」。これで3試合連続安打。こちらも清田に負けないラッキーボーイぶりを発揮している。

 シリーズ史上3番目の長時間試合となる4時間41分の死闘。落合監督は「えらい下手な試合をやらせたな。ここまでもつれた原因はベンチワークの失敗」と表情は一切緩めなかった。井端が2併殺など無安打。森野、和田がそろって3安打も続くブランコが無安打と打線を分断した。そんな中で指揮官は7投手をつぎ込む必死の継投。8回2死一、二塁では左の福浦にあえて右の浅尾をぶつける、オレ流采配で我慢比べをものにした。

 「これがシリーズ。こういう下手な試合をやって勝った。あした以降、うまく流れてくれると思う」。負ければ王手をかけられる試合で踏ん張り、2勝2敗のタイ。名古屋にも戻れる。落合監督の言葉には、確かな自信がにじんでいた。

 ◆大島 洋平(おおしま・ようへい)1985年(昭60)11月9日生まれ、愛知県出身の24歳。小4から名古屋平針HBCで野球を始める。享栄では外野手兼投手で3年夏の愛知大会5回戦で、優勝した愛工大名電に敗れた。駒大4年秋には首位打者を獲得。日本生命では08年秋の社会人野球日本選手権で首位打者も獲得した。09年ドラフト5位で中日入り。既婚。1メートル76、74キロ。左投げ左打ち。血液型A。

 ≪新人のV打は10人目≫ルーキーの大島(中)が延長11回に勝ち越し三塁打。新人のV打は今シリーズ第3戦の清田(ロ)に次いで10人、11度目。延長戦では50年第1戦伊藤(毎日=12回左安打)、62年第5戦岩下(東映=11回左越えサヨナラ本塁打)に次ぎ47年ぶり3人目だ。また1シリーズで新人の2V打は60年第3、4戦に近藤昭(大洋)がマークして以来。2人が記録したのはシリーズ史上初めてになる。

 ≪3点差を逆転勝ち≫中日は3点差をはね返して逆転勝ち。シリーズの最大逆転勝利は76年第6戦で巨人が記録した7点差だが、チームでは04年対西武第2戦の3点差(3-6→11-6)と並ぶ粘り腰となった。また中日のシリーズ延長戦は過去に74年対ロッテ第6戦(●2-3=10回)、88年対西武第5戦(●6-7=11回)と2度あっていずれも敗戦。勝ったのは初めてだ。

【関連記事】
中日・大島、中越えV三塁打!延長戦を制しタイ勝
大島、貴重な勝ち越し打!「決めてやろう」と打席へ
落合采配ズバリ!中日12点爆勝で1勝1敗タイ
中日タイ勝!和田3安打3打点、ブラダメ押し2ラン!
日本シリーズ 、
千葉マリン 、
大島洋平 を調べる

高橋 ピンチ救った!6投手無失点リレー

2010-12-18 21:11:57 | 日記
 【中日4―3ロッテ】崖っ縁に追い込まれたが得点は与えなかった。中日は山本昌が降板した4回以降で、6人の救援陣が無失点に抑えた。

 延長10回1死満塁の大ピンチで福浦を三直併殺に切り抜けた高橋は「いつも浅尾に助けられてるので、きょうは僕が抑えてやろうと思った。次のピッチャーに0点でつなごうという気持ちでブルペンで準備していた」と声を弾ませた。1―7と完敗した3戦目の試合後「いくら中継ぎがいいと言ったって、毎日投げていたらつぶれちゃう」と話していた落合監督は4回から先発要員のネルソンを投入した。日本シリーズの延長は15回まである。ぎりぎりまで引っ張って、ここぞの場面で高橋、浅尾、岩瀬を投入して追加点を与えなかった。「自分の勝利よりチームが勝ったことがうれしい。あしたも勝って、ナゴヤドームで日本一になりたい」。高橋の言葉がナインの、中継ぎ陣の気持ちを代弁していた。

 ≪7投手登板は10度目≫中日は7投手が登板。シリーズで7人以上が登板したのは01年第5戦近鉄の7人以来10度目(最多は97年第4戦西武の8人)。うち勝ったのは01年第2戦の近鉄(7人=9-6)に次いで2度目。

【関連記事】
中日 延長制し2勝2敗のタイに戻す
211勝目目前でも関係なし 落合監督「何はともあれ勝ちゃいいんだ」
中日・ブランコ連発!右手中指負傷も3安打2打点
苦しんだ79勝目も…落合監督「勝てばいい」
なかった 、
山本昌 、
ブルペン を調べる

<早大・斎藤>ノーヒッターは「プロ入り後にお預け」…有終V「仲間に恵まれた」

2010-12-18 21:11:36 | 日記
 東京六大学野球の秋季リーグは3日、早大と慶大による優勝決定戦を神宮球場で行い、早大が10-5で勝って4季ぶり42回目の優勝を飾った。半世紀ぶりの早慶による優勝決定戦とあって満員札止め3万6000人の観客が見守る中、日本ハムドラフト1位の早大・斎藤佑樹投手(22)が先発。八回1死まで安打を許さなかったが、無安打無得点試合は達成できず「プロに入ってからのお預けかな」と苦笑いした。

 今季の斎藤投手は、リーグ最下位の東大に敗れ、優勝に王手をかけた10月31日の慶大戦でも敗戦投手になるなど、本調子ではなかった。ところが、負ければ大学最後の試合となってしまうこの日は、見違えるような投球を見せた。

 味方が早々と3点を取ってくれたこともあり、「緊張した。完ぺきではなかった」と言いながら、直球と多彩な変化球で相手を手玉に。「試合をまとめる力を見せてくれた」と、観戦した日本ハムの大渕隆スカウトをうならせた。

 大記録まで、あとアウト五つ。だが、26人目の打者にレフト前に運ばれ、「打たれてしまいましたね」。その後も連打を喫して5点を失い、7-0から2点差まで詰め寄られた。

 ここで早大は、西武ドラフト1位の大石達也投手(22)を投入。ドラフト会議で、2人合わせて10球団の1位指名が集中した豪華な投手リレーで慶大の反撃を断った。

 4年間で4度目のリーグ制覇。チーム第100代主将として初の優勝を果たした斎藤投手は「仲間に恵まれた。最後のシーズンに優勝できてうれしい」と素直に喜んだ。この日朝、「アマ最後の早慶戦、精いっぱいがんばります。早大に進学させてくれてありがとう」というメールを受け取った斎藤投手の父寿孝さんも「ファンやたくさんの人の後押しのおかげでここまで来られた」と感無量の様子だった。

 この優勝で早大は13日開幕する明治神宮大会の出場権を獲得。ドラフト指名を受けた記者会見は早慶戦を理由に先延ばしになっていたが、4日に広島ドラフト1位の福井優也投手(22)も含めた3投手が心境を語る。【岸本悠】

<世界バレー>エース木村沙織が窮地救った 「迷いなく」27得点

2010-12-18 21:11:14 | 日記
 バレーボール世界選手権の第16回女子大会第5日は3日、東京・代々木第1体育館など4会場で12試合を行い、1次ラウンドの全日程を終えた。A組の日本(世界ランク5位)はセルビア(同9位)との全勝対決を3-1で制し、A組1位で2次ラウンドに進んだ。

 ◇

 奪った3セットすべてで、日本は先にセルビアにセットポイントを握られた。苦しい展開。その窮地をことごとく救ったのが、チーム最多の27得点をたたき出した木村沙織(東レ)だった。

 22-24から逆転した第1セット。粘ってつないだボールを最後にレフトから決めたのが、木村。ブロックに掛かりながらも、ボールはセルビアコートに吸い込まれる。「チームが苦しい時こそ決めたい」と語っていたエースの思いが結実したスパイクだった。

 第2セットを連取し、第3セットを取り返された後、第4セットも22-24とリードされた。ここでも木村が2段トス(セッター以外の選手のトス)からのボールをたたきこみ、チームを勝利に導いた。「相手のブロックが見えていた。迷いなく打った」

 全勝対決の相手、セルビアはセルビア・モンテネグロとして出場した前回大会で銅メダルを獲得した強豪。「ジャンプのタイミングとか助走の感覚がおかしい」とこぼしていた木村だが、きっちり大一番に向けて修正するあたりは、さすがエース。2枚ブロックの外側を狙って決める冷静さも、試合の中で取り戻した。

 2次ラウンドは1次で各チームが行った5試合のうち、2次に進出したチームとの対戦成績を持ち越すため、この夜の勝利はメダルを狙う上で大きな意味を持つ。2次で戦うロシア、韓国、トルコ、中国はいずれも強敵。「これからが本当の勝負。一丸となって戦っていく」。5連勝で1次を突破した日本のエースの声に、熱が帯びてきた。【高橋秀明】

デ・ラ・ロサ、ヒスパニアとの契約を間もなく発表?

2010-12-18 21:10:53 | 日記
ヒスパニア・レーシング(HRT)が、ペドロ・デ・ラ・ロサと2011年の契約を結んだことを来週に発表する可能性がある。

マクラーレンで長年テストドライバーを務め、今年ザウバーでレース復帰を果たしたデ・ラ・ロサ。シーズン途中でザウバーを解雇され、現在は来年からF1のタイヤサプライヤーになるピレリのテストドライバーを務めている。

しかし、デ・ラ・ロサは2011年にF1で戦うことをあきらめておらず、「スポーツ面のプロジェクトが興味深く、野心的であるなら」、母国スペインのチームであるHRT加入に興味を抱くだろうと語っていた。

「カラバンテら(チームオーナーのホセ・ラモン・カラバンテ)とは連絡を取り合っているよ」とデ・ラ・ロサは先月に明かしている。

ブラジルの『Terra(テッラ)』は、HRTメンバーからの情報として、デ・ラ・ロサとの2011年契約に向けて、「ほぼすべてのことが完了した」と報じている。

さらに、『El Confidencial(エル・コンフィデンシャル)』は、ザウバー離脱によってデ・ラ・ロサの個人スポンサーが「減少するのではなく、増加した」と伝えており、2011年に向けて、デ・ラ・ロサがHRTの「第一候補」だとした。

ほかのスペインメディアも、デ・ラ・ロサとHRTはすでに合意しており、「間もなく」正式な発表があると報じている。

【関連記事】
ザウバー解雇で「傷ついた」ペドロ・デ・ラ・ロサ
ザウバー、ペドロ・デ・ラ・ロサ放出の理由を説明
ペドロ・デ・ラ・ロサ、「テストドライバーには戻らない」
ニック・ハイドフェルド、友人ペドロ・デ・ラ・ロサに同情
ペドロ・デ・ラ・ロサ、ヒスパニア加入の可能性を認める