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ストイックダイエット2(仮)

標準体重超初心者が日々思うこと・・・

たけみです

2010-05-06 10:37:54 | 日常
皆様、お久しぶりでございます。
2010年になって記事を書いていないような気がしますが、私自身は元気にしておりました。


それなら何故ブログも掲示板も放っておいたのか。
実はインターネットってのに繋がってなかったのである。
節約生活で、携帯電話のパケット使い放題はとうの昔に使わなくなっていた。
まさかその上にネットの料金も減らすことになろうとは、全く思わなかったが。
ネットが無くても生活に不便は無い!と言いつつ、やっぱり様々フラストレーションたまるは、接続きったところで金額的には大差なかった(はっはっは)

しっかし、アカウント、そのまま残っていて良かった。
てな訳で、久々に開けたらとんでもないことになっており、メールのお返事をお待ちの皆様、今しばらくご猶予ください。

ところで、世の中はGW、皆さんはどこかでかけられましたか?
今年の休みは暦の並びが良くて長いお休みが取れた、って方も多いかな。
せっかくの連休だし~羽根を伸ばして~美味しいものを好き放題食べてきました!な方々は、このページは読んでないだろうなぁ。

私なんぞ、三桁暮らしが長かったので、連休とか土日とか、そんなん関係なく食べ放題だった。
今考えると、あのときの私が何故あんなに食べていたのか、よく解る。
あなたにも、何故たけみが三桁だったのか、解るかな?

話を戻して、今年のGWは、1、3、5日と日帰りハイキングに出かけてきた。
1日は軽めに足慣らしで丘陵へ。
3日は一応登山道のある小さな山へ。
昨日は旦那父母と一緒に高尾山の近所の山へ。

私としては高尾山そのものに行きたかったのだが、GWで人が多いからと父母に却下され、景信山という場所に連れて行かれた。
景信山は727mで、高尾山の599mよりちょっと高いが、初心者の私は全く知らない山で「どこそれ~?」みたいな。
だから、行く前は全然乗り気じゃなかったのだ。

でも、登ってみたら景色はいいし、山道も程よく山らしく面白いところだった。
何より良かったのは、旧甲州街道を歩いたこと。
この道を昔の人も歩いてたのか、そう思うと本当感慨深かった。
高尾山はまた平日にでも行ってこよう。


みなさん、5月になって暖かくなったし、まだ間に合う夏までに痩せようとか思ってますか?
期限を切ったほうがいい人は、気合入れて頑張る自分を始めましょう。
逆に期限があると辛くなる人は、いつまでって考えずに始めましょう。

山登りを始めて解ったこと。
誰だって、登れば頂上です。
ゆっくり歩くのでも、颯爽と山を駆け上っても、どっちでもいいんです。
自分で出来ることををやって行けば、必ず、てっぺんに、着くんです。

目の前の山がどんなに大きくても、自分の足で、登りましょう。
仲間と一緒に歩く事が出来ても、登るのは自分自身です。

年の瀬

2009-12-07 02:49:47 | 日常
皆さん、お久しぶりです、たけみです。
うわぁ、どんだけブログの記事を書けなかったんでしょう、二ヶ月くらいでしょうか、前回の記事の内容を思い出せないくらいはるか昔でございます。

しばらくブログを離れていた間、私は何をしていたのかと申しますと、日常に埋没しておりました。
Yahooの掲示板には時折顔を出していたのですが、ゆっくり物事考える余裕が無かったなぁ。
かといって、今落ち着いたわけでもないんですけれど。
っていうか、年末、年の瀬、師走ですもん、やること山盛りあるじゃんね。
でも、そういう時だからこそ、逃避したくなるのがネットの世界なのかもしれなーい。

今年は、いろいろありました。
このブログは減量に関して書く場所なので、生活のことはあまり語ってはいけないみたいな決まりが自分のどこかにあるのですが、一年振り返る12月ですし、書いちゃっていいですか、ええ書いちゃいますよ。

旦那の仕事が減った話は書きましたが、残業一切なくなって、夏ごろには週休4日でした。
その後それでも会社は耐え切れず、何人もどんどんリストラされてゆきました。
そして現在以前の半分に人が減ったにもかかわらず、いまだにワークシェアリングで休みになる日が前日決まるような状況です。
もちろん毎月の収入が減り、ボーナス夏も冬もゼロ、年収ベースでは本当に半減。
リアルに貯金切り崩しの生活なんですが、それは、もうあきらめるしかない、お金のことはやりくりして本当になくならないように工夫するしかないです。

それよりなにより、こういう状況が辛かったのは私以上に本人なわけで、夏あたりからは引きこもり鬱々とする毎日を送っていました。
かつて私は人生あきらめてもう嫌だーって思っていましたし、死にたいと思って憂鬱な顔をしていたんですが、憂鬱な人を見守る人って、憂鬱な人以上に憂鬱ですね、逆の立場になって初めてその大変さを知りました。
しかも、そんな状況でも親が入院したり、あっちもこっちも行かなけりゃで、本当今思い出しても今年はいろいろありすぎでした。
ここへ来て旦那がようやく少々前向きになってきてくれたんでどうにかほっとできそうですが、来年は旦那もいよいよ本厄ですし、何があるかわからんなぁと思っています。


みなさんは、ダイエットのカテゴリにどのくらい滞在していますか?
私は、2007年の5月からだから、2年7ヶ月になる。
それ以前は、痩せなければならないと思うこと自体を避けていたので、ダイエットカテゴリへ来たことはなかった。

こうしてこの場所に居ると、思う。
本当に痩せなければならない人より、痩せられそうな人のほうが、ダイエットを好きだ。
少しの努力で成果が出る場合なら、ダイエットは楽しい、お金をかけてする一種の娯楽なのかもしれない。
でも、長い時間かかる場合、それまでの生活と減量するために必要な暮らしのとのギャップが大きければ大きいほど、それは苦行になってゆくので、やろうと思えないやる気にもならない。

経済評論家の勝間和代さん、ご存知だろうか。
彼女のファンは、カツマーって呼び名がつくくらい心酔している、そんな方だ。
著書を拝見したことはないが、新聞の土曜版に記事を載せられていて時々読む。
一つ一つなるほどと思うことばかりだが、彼女の言葉を読み聞きして「活性化」される人は、元々その方向へ意識が向いているからこそなんだと思う。
成功するために必要なのは、意識改革であるみたいな話を読み、そうだそうだ!と以前の私は思っていた。
でも、最近はその意見を読むときに心のどこかで

「アンタは自分が成功したからそう思えるだけだよ」

みたいな非常に鬱屈した自分がいるのを感じる事がある。
もちろん、私自身が「あっぷあっぷ」だからそう思うのだが、そんな状況のときに自己啓発しても意味が無いと実感してしまう。

つまりは、ダイエットも同じ。
本当にダイエットが必要かどうかは別で、ダイエットという行動を自らが出来ることと認識できるかどうかって訳なのだ。


大変って言葉通り、大きく変わるのは大変だけれど、減量はどんな人でも絶対に出来ること。
ただ、いつも元気に誰でもがそう思えるわけではなくて、時々しかそう思えない人もいる。
今のあなたが、そう思えないなら、今はその時期じゃない。
でも、ちょっとでも引っかかるなら、始めてみる価値はある。


しかし、こんな時間にPC向かうの久しぶりだなー。
変な時間に寝たので眠くないし、もうちょっとうろうろしてから落ちます。
ではでは、皆様おやすみなさい。

ダイエットのご褒美

2009-10-16 09:05:34 | 日常
みなさん、こんにちは、たけみです。
10月も半分が過ぎて、あっという間に秋も深まってきて、紅葉でも見物に出かけたいなぁなどと思う今日この頃、みなさんはお元気にお過ごしでしょうか。

今日はダイエットのご褒美について。

先日、どこだかのサイトのダイエット関連カテゴリで、どなたかが書かれた記事を読んで思ったこと。
ダイエットを失敗する人の特性、みたいなのが書かれていた。
その中で「ダイエットのご褒美に食べ物を考えるような人は成功しない」とあった。

なるほどと思われる方が多いのか、それとも、そんなことないよって意見が多数なのかはわからないが、私自身は「確かにそうかもな、でも、そうでもないよな」と中途半端な感想を持った。

実感としては、痩せたらご馳走!って考え方は失敗確率が高いと思う。
でも、私も短期目標の達成時には「ご馳走!」を選んでいた。
第一次短期目標達成時に食べたステーキの美味しかったこと忘れられない。
だからなのか、第二次もステーキを食べた気がする、うん、うまかった。
短期目標は体重の5%を減量することだったので、平均約40日程度で目標値に達成、そして自分に褒美を与えていたのだ。

人間は、好きなものに囲まれて生きていたい生き物だと思う。
どんな種別のものでも、好みと好みじゃないに分別が出来る。
好きなものが傍にあると快適で、ボーダーにあるものは別に害にならないから気にもしないけれど、好みじゃないものが近くにあると不愉快度が増してしまう。
特に人対人だとそれは顕著。

だから、好きなものを「にんじん」にして走るのは、理にかなった方法なのだ。
好きだから近づけば楽しい、能力発揮のベースには重要なメンタルだと思う。
好きな人に振り向いてもらいたいからダイエットを頑張る
そういうのが一番走れるのは誰しも経験があるのではなかろうか。
それでも、好きなものを食べるというご褒美が過ぎれば、またダイエットが必要になるわけで、食べ物ご褒美が失敗する理論は甚だしく正解でもある。

話を戻して私自身の今回の減量の話。
短期目標は10次目標まであって、そのたびに、ステーキってわけではなく、途中から変わっていった。
いつだったか定かではないが、食べ物よりも欲しいものが出来てきた頃があったのだ。
それまでは興味が無かったことに欲求を覚えた、って書くとなんかエロっちい(あぅ、キャラが変わってしまう)

こんな風に、人はいくつもの側面を持っているものだと思う。
食べ物だけが大好きだった私と、食べ物以上に欲しいものができた私は同じ生き物なんだよなぁ、そんなことを考えたりする。

好きなものを必死で我慢して一生精進料理みたいなのを食べて何が幸せなの?

そう質問されたことがある。
求められるような「明確な答え」は出せないけれど、今の私は三桁の頃より幸せ。
それは好きなものがずっと同じであり続けるはずはない事に気づいたから。

もしずっと同じものが好きなのだとしたら、それはずっと「好きだ!」と思い続けている確固たる自分の意思だよ。
好きも嫌いも、その時々に自分で決めている、それだけのこと。

話は変わるけれど、先だって書いた記事の補足。
うちの旦那は、パチンコパチスロの常習者だった。
長いこと「楽しみはギャンブルと食うこと」だった。
でも、2007年3月に禁パチ宣言を出してから一度も遊戯していない。
結婚前の5年ほど、結婚後の10数年、いつもやめると言ってはやめられなかったギャンブル依存。
何故やめられたのか。

本人の意思もあるけれど、行かせなかった私の功績が多い。
こういうと偉そう?

でも違うんだよ、それまでの私は旦那が「やめる」と言っても、行きたそうな顔をすると「ちょっと位ならいいんじゃない?」と金を渡していたのだ。
だって、パチンコするくらいしか楽しみが無いのに可哀想だと思っていたし、お金を渡せば喜んでくれたから、私に「ありがとう」と言ってくれたから。
つまり、旦那を一時的に喜ばせることで私が快感を得たいがために、私は旦那に金を渡し、結果としてギャンブルさせていたってこと。
ギャンブルを止めさせたいと言いながら、止められないように手を貸していたのは私なのだ。

依存と共依存の関係は、依存する人がいてスタートする。
手助けをする人は、困っている人を助けると思いながら、その人を助ける自分でいられることに依存しているのだそうだ。

肥満者が肥満で居続けるのは訳がある。
太っている自分を振り返ると、いろいろ思う。
皆さんにも、自分のこと家族のこと、いろいろ思って欲しい。

誰かを痩せさせたいあなたへ

2009-10-04 18:02:24 | 日常
皆さん、こんばんは、たけみです。
先日の記事を書いたのが月末ですから、まだ4日しか経ってな~い!
ってことで、今日は久々に早い更新をする気になって、うきうきしております。

って事で、今日は切り口を変えて。
太った人、主に妻や旦那、娘や息子など家族を痩せさせたいと思っている方へのメッセージを。

あなたが「痩せて欲しい」と思う人は、誰ですか?
その人は、どの程度太っていますか?
そして、いつくらいから太り始め、加速し始めたのはいつだったでしょうか?

この質問に、明確な答えが出せなくても、あなたがその人を痩せさせたいと思うならば、今までに何度も「痩せろ」とか「痩せたほうがいい」と発したのではありませんか?

一緒に頑張るとウォーキングを始めたってたった一日で挫折、三日坊主すらもできないなんて本当に情けない
絶対痩せる、お菓子は食べない、そう言っていたのに、仕事から帰ってきたら、テレビ見て菓子食っていた、思わずぶん殴りたくなった
見た目のことだけでなく身体をも気遣いいろいろ言ってやっても、解ってると言うだけで結局何もしない

これらは主に奥さんを見る旦那さんの視点ですが、他の家族でも大差はないでしょう。
頷いたあなたは、諦めとか、呆れとか、いろんな感情を持っているでしょう。
そして、自らの言葉をことごとく裏切る相手に対して、忌々しささえ覚えていませんか?
そろそろ、疲れも出てきたでしょう。
このへんで、あなた自身のスタンスを変えてみる気はありませんか?

まず、必要なのは、相手に変わって欲しいと思うならば、自分から変わること。
今までとってきた方法、自分が相手を思ってしてきたこと、数々のアドバイスが全て「逆効果」だったことを認めなければ、絶対に相手は変わらないのだと知って欲しい。

一緒にウォーキングをしよう
そう決めたとき、肥満者は、ウォーキングをしたいと思っていたか

絶対痩せる、お菓子も食べない
そう言ったとき、肥満者は本当に痩せたいと思い、その為の手段としてお菓子を食べないと決めたのか

身体のことを気遣って医療的にも痩せなければと伝えた
その言葉を聞いた肥満者は、今までの生活習慣を変えてまで自分の命を延ばしたいと思っていたか

全て、逆の方向だと思う。
ウォーキングをしようと決めたのはあなただ。
痩せろ菓子を食うなとあなたは命令をしただけだ。
そして、相手の健康を気遣う気持ちがあなたにあっても、健康を損ねるほど食べている肥満者の気持ちなど、全く理解していない。

本当に、太った人を痩せさせたいと思うならば、痩せるための方法を与えてはならない。
ウォーキングも、甘いものの制限も、健康のための節制も、誰でも知っている痩せる方法で、誰か(あなた)にその方法を与えられれば(やれと言われれば)、肥満者はとりあえずは始めようする。
でも、自分で始めたことじゃないから、無責任になる。
だって、命令されたんだよ、本当はやりたくないのにやれって言われたんだよ、だから出来なくても仕方ないよ!と逃げる。

その心理構造は全く理解できないかもしれないが、逃げても大丈夫だって思っているから嫌なことから逃げるんだってこと、気づいて欲しい。
だって、太ってるって文句は言うけれど、それを改善しないことを、あなたは長年認めてしまっている。
許してはいないけれど、確固たる勇気を持って「許さない」わけじゃない、仕方がないと思っているはず。
だから「大丈夫」目の前の肥満者は、そう踏んでいる。

もうこいつに何を言っても仕方がないって諦めたくなる気持ちは、わかる。
でも、結局は諦めている人が与えた命令を、最後まで頑張れるわけないって思いませんか。
肥満者が本当に自分で痩せたいと思い、自力で痩せるための方法を探し、それを実践しなければ、結局は同じ場所を行ったりきたりするだけ。

本当に相手を思っているなら、自分で考える機会を奪ってはいけない。
「痩せろ」って言うよりも、「これは本当に痩せなければ」と思わせること。
そして「きちんと食わせる」こと。

私は、三桁のころには、旦那に何度も痩せろといわれても痩せなかった。
でも、いつだったか、随分と体重が落ちたとき、旦那に言われた言葉が忘れられない。

「おまえがまたあんなに太ったら、俺、もう死んじまおう」

もちろん、死ぬことはないだろうと思うけれど、本当に心底嫌だったんだなってのは理解できた。
つい先日、本当にデブは嫌なのに、何で私がもりもり食べるのを止めなかったの?と質問したら、ん~~っと首をひねったあと

「だって、おまえデブだったから」

つまり、デブとして認めているから、デブとして扱っていて、デブじゃなくなることは想定していなかった、というわけだ。
デブは嫌だけれど、こいつがデブなのは厳然たる事実で変わることがないし、俺にはどうしたって変えられない、旦那はきっとそう思っていたんだろう。
肥満者を肥満者で保つには、肥満を保たせる誰かがいる。
それは、肥満者本人と、周囲の人々。

デブをデブじゃなくさせるには、デブじゃなくなることを信じて頑張るデブと、頑張るデブをそっと見守りながら決して手を出さない人が必要。
応援したり協力することは惜しまずに、でも、やっていることに手も口も出さないのは、かなり難しい。
ああしたほうがいいとか、こうしろと誰でも言いたくなる。
でも、それじゃ、デブは「どうせデブだから」って諦めてしまう。

「これからの自分のことは自分で考えろ」

一度、何故太ったのかを肥満者と語らってみるといい。
そしてあなたは、何故そんなに食べてしまうのか、きちんと理解して欲しい。
そうして真剣に相手を馬鹿にせずに(上から目線は絶対にしてはならない)誠意を持ってあなたの気持ちを伝えても、肥満者になんら変化がないなら、あなたも自分の人生を自分で考えればいい頃だと思う。
私が書いたことを実践して、夫婦仲、親子関係、亀裂が入り修復不可能になったなら、それだけの関係だったということ、ではないだろうか。
もし誰か(たけみ)のせいにするならば、それは「自分で決めていない」から思うことなのだから。


誰かから真剣に肥満について話し合いをもたれた肥満者のあなたへ。

相手にそこまで言わせたのは、あなたです。
でも、そこまで言わせた自分自身を、もっと喜んでいい。
配偶者ならば、何も言わずに去ってゆく事を選べます。
親ならば、手取り足取りあなたを手伝うことを止められないでしょう、それが親の役目だと信じて疑いませんから。
でも、あなたがデブじゃなくなることを「想定して信じて任せてくれた」んですよ。
目の前の愛する人に、応えましょう。

9月が終わる

2009-09-30 08:32:02 | 日常
皆様、ご無沙汰しております。
お久しぶりでございますです。
と、わけのわからない敬語調語句ですが、私は元気にしております。

ブログを書かずにいた夏は、非常に短かったです。
そもそもこの夏は夏らしくなかった・・・
のに加え、空調のきいた病室入り浸りだったので、夏を満喫するどころじゃなかったんですわな。
でも、9月になったら、落ち着いたはずだったんですけれど、何で一ヶ月も書かなかったんだろう。

実は、書けなかったんです。

私は、ここにいらっしゃる方々からも、たくさん減量の相談を頂戴します。
そして掲示板でも、多くの方々に接してきました。
自分自身の減量中は、とにかく突き進む方法でいろんなものを発信できた、それは事実です。
だけれど減量モードを終えて、改めて過去を振り返ると、反省すべき点がたくさんあります。

あの時、あんなこと言わなきゃ良かった?
あんなふうに、厳しい言葉を書かなきゃ良かった?
痩せることだけ、体重を減らすことだけに特化しておけば良かったのかな。
でも、超肥満の人たちには、単に痩せるだけじゃなくて、本当の意味で「人生改造」して欲しいと思うから、みんな「うざくなる」のかな。

自問自答です。
それは、答えなんか全然でない、今でも。

「よし、頑張ろう」

そう思って始めた人が、続けられなくなって、また新たに嫌な思いをするのは、本当に辛いです。
だから、厳しさよりも、褒めたり認めたり、そんな優しさが必要だって、そういう意見は本当によく解る。
実際自分も、たくさんの皆さんに褒められて、頑張れって支えられたからこそ、目的地にたどり着いたんだよね。

一度はくじけた、多くの皆さん、また始めましょう。
何度も、何度でも、始めればそこがスタート。
そして、今度はゴールするまで、決してあきらめないように、自分がしたいことと出来ることを探しましょう。

みんなに、新しい人生をつかんで欲しい。
その気持ちだけは、ずっとずっと、変わらない。

明日から10月、頑張りましょう!

過食

2009-08-10 23:27:46 | 日常
皆さん、こんばんは、お久しぶりのたけみです。

いやはや、一ヶ月以上もブログを放ったままにしておりました!
皆さんはお元気でしたか?
私はこの間何があったのかと申しますと、うううううう(号泣)
涙なくては語れないって話ではありませんが、義父が入院しまして、病院日参の日々を送っておりました。

で、明日一応退院することにはなりました。
でも、まだ手術の可能性があり、しばらく自宅にて療養って事なので気は抜けませんが、少々はほっとしました。
少々ではなくて、だいぶかな~。
家へ帰れば、病院へは行かなくてすみますもんね。
病院は疲れるので苦手なんです、そこへ行かなくていいだけでも本当楽だわよ。

さて、たくさんのメールをいただいたままにしておりまして、なかなかお返事出来ずごめんなさい。
皆さんの様々な思いを拝見しながら思うのですが、やはり、肥満は根深い疾患です。
個別のお返事は、出来るだけ早く書かせていただきますが、過食に関するご相談が本当に多いので、私が伝えられることを少しだけ書きます。

過食は、摂食障害の一つの症状。
食べても食べても食べる手が止まらずに食べ続けること。
それが「どこかおかしい」と思う場合もあるが、食べ続ける時にはおかしいという意識を上回る「食べなければならない衝動」があるので、おかしかろうがなんだろうが、自らを止めることは出来ない。

私は、過食嘔吐を繰り返してきた。
でも、嘔吐する自分が「おかしい」とは思っていたので、こっそり吐いていた。
それでも手に吐きだこが出来て、吐瀉物の臭いがすれば周囲は解ったと思う。

何故吐いたのかと言うと、痩せたかったから、それに尽きる。
太った身体を何とかしたい、痩せなければならない、でも、太った身体が求める食べ物の量は多い、それに応えて食べると痩せられない、だから、食べるだけは食べても吐き出して吸収だけは食い止めようとしていたのだろう。

過食しても嘔吐すれば、身体はやせて行った、多くの人がそれを知っているから、痩せたいと思うとまた嘔吐を繰り返してしまう。
嘔吐はしなくても、痩せたい気持ちがどこかにあると逆に多く食べてしまうのも不思議なことに症状として定着していると思う。

何故、過食が起きるのか、またそれを治してゆくにはどうしたらいいのか。
多くの人が悩み、またさらに食べて自己嫌悪している。

私は、過食する自分が「今はいない」だけで、完全に消滅したとは思っていない。
いつでもまた食べ続ける自分になってしまえる、そんな気持ちは常にある。
それでも、今回の減量が今までとは明らかに違っていたことが一つある。
それは、私は「痩せたい」と思う以上に「普通になりたい」と考えていた。

体重が100kg、太っている、痩せたいのは当たり前。
だから頑張って減量する。
もちろん、そんな気持ちもあったのだけれど、普通サイズの自分に会いたい、人生一度も出会ったことのない標準の自分に会いたい、そのほうが強かった。

痩せているとか太っているってのは、人によって大きくその感覚が違うのを皆さんは感じたことがありませんか?
実を言うと、2007年5月減量開始時点の私は、心の中で60kg台になったらもう十分、そう思っていた。
69.9kgでOK、本音でそう思っていた。

だけれど、ダイエットカテゴリをあちこち見るようになったら、69.9kgが太っていることに気づいたのだ。
だってねぇ、50kg超えたって騒いで痩せようとする人が山ほどいるんですから、60kg台で満足、70kg以下をぽっちゃりと思う感覚は、三桁の意識だと知った。
そこで、減量の基準を客観的な場所において「BMI22以下、55kg」とした。

ここで気づくのは、55kgが多くの人にとって「太っている」と思われる体重だという事実。
このあたりが、非常に複雑というか言葉にしづらいのだけれど、私は「これが普通」と思うことで、肥満した自分から開放されたんだと思う。

過食をする人の多くが過食をとめられずにまず太る。
次の段階で過食しながらも嘔吐して、体重をどんどん減らして、痩せてゆく。
だけれど、嘔吐して体重が減っても過食をすればまた体重は増える。
それが怖くて、食べるものも食べられない、でも食べなければ身体も気持ちも本当に持たないから、過食と嘔吐と言うリセット行為を続けてしまう、そういう人は本当に多い。

もし、それが嫌ならば、痩せることこそが美と思わないようにするしかないと思う。
太っていることが劣っていると思うのは、長年の私の実感で、多くの肥満者もそう感じていると思う。
でも、だからといって、痩せること痩せていることが「何より優れている」わけじゃないのだ。
減量した体重を「私は○○kg痩せました」と自慢するのは、自分が優れていると思っているからで、そう感じる自分がいる限り、太った人を見れば劣っていると思い見下し、また太ってしまいそうなときは自分を非常に嫌悪するのではなかろうか。

誰かと比べなくていい、普通でいいんだよ

そう思うことで、私は開放されてきたと思う。
周りの目を気にして誰にも嫌われないようにしなければと思っていたけれど、今は普通のことを普通に出来る自分を好きになれたから、それでいい。
人に嫌われないようにしなければ、そう思っていたのは、誰よりも自分自身が自分を嫌いだったからなんだよね。

自分の過食は、完全に治ったとは思っていない。
もしかして、何か大きなストレスがあれば、また過食してしまいそうになるかもしれない。
摂食障害を経験すると誰だって不安だろうと思う。
それでも、そんな自分の病気とも付き合ってゆけばいい、完治しなくてもコントロールはきっと出来る、そう思うのだ。

非常にためになるサイト発見

2009-07-08 16:18:29 | 日常
みなさん、こんにちは、たけみです。
今日は、とてもためになる面白いサイトを見つけたのでお知らせします。

「太りたい人の太る方法」
これで検索してみてください。
ガリガリでコンプレックスを抱え苦しんでいた方が、一年間で15kg増量された実践法が紹介されています。
単に太るのではなく、男性として筋肉質な逞しさを備えた身体への改造です。
無駄な脂肪を増やさず理想的に太る方法の紹介ですから、きれいに痩せたい人にとっても大きなヒントになると思いました。

太った人が痩せるための情報はたくさんあっても、痩せた人が太りたいときは、本当に役立つ話がない、そんなコメントがありました。
三桁暮らしの長かった私からすれば細いほうがどれだけ「まし」かと思うのですが、「まし」なだけで普通じゃないのは同じことなのでしょう。

紹介されている「太る方法」を知らずに日々実践し、さらに無駄な脂肪も上乗せしながら太り続けた私。
そんな自分を変えたいならば、まずは、自らの性質を知ることが大事なんだと改めて感じた。
皆さんも、是非「太る方法」を知ってください、数ヵ月後が楽しみになるはずです。

真夜中にふと思う

2009-06-28 00:17:30 | 日常
みなさん、こんばんは、たけみです。
最近早寝早起きを心がけているので、この時間にPC開けているなんて、自分でも驚きです。
でもたまにゆっくり出来た土曜日なので、こんな時間の使い方も良いかな~なんて思います。

来週、友達と会うことになって、待ち合わせの場所までの乗り換え検索をかけて、ふと思ったこと。
お昼にあの駅に着くには何分の電車に乗れば良いのか、その電車に乗るには何分に家を出れば良いのか。
と、当たり前に「到着時刻から出発時刻を逆算」したのだが、みなさんはどうだろう?

もちろん、何分に出るとして、着くのは何時だ?と検索する人もいるだろう。
人それぞれ使いやすい方法、考えやすい方法で目的地までの道のりの所要時間とルートを検索するとおもう。

で、思った。
到着予定時刻ってのは、ものすごく重要だよなぁって。

これがもし、約束の時間が決まっていなかったなら、出発する時間も決まらない。
場所は「ここ」ってわかっていても、いつまでに行くってわからなければ、誰も集合しないんじゃないのか?
だって、約束の時間がなければ、約束の場所はただの「あの場所」で行く必要なんてないのだよ。

減量の話。
私は2007年5月に98kgから減量を始めて2008年7月末に目標に到達した。
上記で言う「約束の場所」は55kg、でも、約束の時間は開始当初ははっきりとは決められなかった。
それは、場所が遠すぎてどのくらいかかるのか見当もつかなかったからだ。
だから、その遠すぎる約束の場所へ行く前に、おおよその予定が組める「場所」を目的地にした。
それが短期目標、まずは体重の5%を減らそうってのだった。
ただ、減量中にはその短期目標が大切だってことは気づかなかった。
今振り返ると、5%減を刻み続けてきたことが、どれだけ重大なポイントだったのかがわかる。

東京に住んでいる私が西へ旅をしよう。
新幹線が好きだから、それに乗りたいと思う。
熱海、静岡、名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、広島、下関、博多。
それぞれの駅に何時くらいに到着するのか、新幹線の中でアナウンスされる。
もし、それが解らなかったら、目的地にいつ着くのか把握できないなら、あなたはどうなりますか?

私はそんな新幹線じゃ、弁当食べながらうきうき出来ない。
とりあえず、最初に止まった場所で即刻降りるだろう。
行き先がわかってはいても、その場所にいつ着くのかわからない電車に乗り続けることは、私には絶対に出来ない。

痩せるのは、どんな方法でも自分で選んで進めるしかないのだけれど、目的地と到着予定は、きちんと決めたほうがいい。
時間を区切るとプレッシャーになるからダメって人は、気づいてほしい。

プレッシャーになるのは、多分、出発点から目標設定をしているから。

例えば、一ヶ月で3kg体重を減らすと思うと、それは現時点からの目標の考え方。
自分が減らせるペースと、それが思うようにいかない場合の余裕がない。
その場合「目標達成自体がぎりぎりで、それが最高の結果」となり、すなわち、相当プレッシャーになる。

でも逆算して3kgを減らすために要する時間を検討すると、より現実的な数値をはじかねばならず、同時に、無理なプランを避け余力を持った計画を考えることが出来る。
目標達成時期が早まった場合はラッキー、となる。

もちろん、その目標設定でも達成しない場合が出てくるのだが、そのときは気づくべきなのだ。
減量していない自分の毎日が、その結果を生んでいる。
すなわち現状維持を選択していたって事実に。

新幹線途中下車の旅も良いけれど、また乗るために、切符買うのは面倒でしょ?
だから、下車した場所で遊んでるんでしょ?
目的地にいつ着くのか、ちゃんと着くのか、一番知りたいのは、あなた自身だと思う。

夏を前に

2009-06-22 12:22:30 | 日常
皆さん、こんにちは、たけみです。
東京は梅雨空でなおかつ気温が上がるという蒸し暑さのようですが、個人的体感は寒いです。。。
ええ、ちょっとばかし風邪引いてますわよぉ。
減量を始めてから2年、すっかり風邪とは縁を切ったつもりでいたのですが、久々に咳が出る日々を送ってます。
それでも三桁ライフのときの風邪具合に比較すると、3割程度の病状。
いかに昔はひどかったのか、一旦ひどくなると死ぬ思いだったのか、本当に実感です。

ところで、6月も終わりに近づく今日この頃。
巷でも夏を前に「とりあえず少しでも何とかしよう!」みたいな機運が高まっているようで、あちこちでダイエットって文字を目にするのだけれど、皆さんは、いかがかな?

この「少しでも何とか」って気持ちは、少しだからこそ、何とかしようと思えるんだと、最近強く感じるのだ。

夏を前にってたった一ヶ月。
でも、されど一ヶ月、この一ヶ月で何とかなるなら、なんとかしたい、よなぁ。
って、3kg減らしたいなら思うであろう。
5kgな人も確かにそう思う、多分。
さあ、8kg減を目指す人はどうだ?
10kg15kg20kg30kg・・・、減らしたくなっただろうか?

もちろん減らしたくはなる、これは、当然。
だけれど、減らすのが嫌にならないだろうか?
体重が重いのは嫌なのだけれど、その重い体重を減らすためにする行動は、もっと嫌。
この嫌になるラインってのが、どのあたりなのか、だよなぁ。
やっぱり、どうにかしようと思えるうちに、どうにかしなければ、どうにもならなくなってゆくものなのだ。

だけれど。

どうにもならないと決めるのは、自分。
どうにもならないと決めるから、どうにもしない。
どうにもしないけれど、現状だけは、保ってゆく、それは何故か。

何故ですか?

私の思うアンサー。
嫌なこと(生活改変)をするより、今のままでいたほうが良いって選択を日々繰り返しているからです。
つまり、現状で暮らすのが一番だと決めているのはあなたです。


gooブログのダイエットカテゴリに、人生最高体重150kgくらいの方がいて、去年の11月から減量を続けられています。
その方が先日、胃の切除手術を受けられました。
無事に胃を切り取って生還されて、良かったです。
胃は8割を切り取ったそうで、つまり残ったのは2割。

小学生のころから太っていて、人生で標準の体型だった記憶がない。
だから、今回の減量で普通の人間になると決意されています。
ご自身を「バケモノ」と呼ばれるそのブロガーさんは、肥満した自分についても、肥満の身体の不便についても、そして体重を減らした後の「見知らぬ世界」に関しても私と同じような思いを書かれていることが多いです。
文章の切り口は違うのだけれど、非常に共感しています。

そしてそのブログを拝見するたび、実感するんです。
やっぱり、肥満は病気なんだよなって。
肥満するから病気にかかるのももちろんだけれど、肥満の進行を止められなくて突き進むのは、立派な病気だと思うのです。

だって、痩せたい痩せたいと言いながらも「確実に太る量」を食べ続けているのって、正直、変だと思いませんか?

太り続けていても平気で食べて、時々気が狂ったようにダイエットする

私の人生その繰り返しでした。
でも、これって、本当は気が狂ったようにダイエットしていただけじゃなく、気が狂ったように食べていた、はず。
普通サイズの人が私を見たら、そう思ったであろう食べ方だったんだよなぁ。

夏を前に、痩せよう!

多くの人がそう感じる季節。
たくさん痩せなければならない皆さん、是非とも、自分の人生を見つめてください。
あなたが人間でいるために、いろいろ考えてください。
今年の夏には、間に合わない。
それなら何もしなくてもいいのですか?

来年、またその次を変えてみませんか?
それが出来るのは、今日の自分なのです。

痩せないのは・・・○○のせい

2009-06-08 17:01:03 | 日常
みなさん、こんばんは、たけみです。
前回の日記で「熱が出た!」と騒いだ旦那は、一週間の出勤停止になり、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーっと家にいました。
インフルエンザの疑いで自宅待機ってのは名ばかりで、休まされたってのが実情。
旦那の会社は輸出で儲けて来たようなものらしいので、去年の秋以降株価も低いし、このままだとマジやばいのかも。

そんな暗い話はさておき、今日は嬉しいお話を。
先日、お客様から一通のメールを頂戴しました。
お名前や詳細は書きませんが、このブログを長く読んでくださってらっしゃる方でした。

その方は、ここを長く読んでいたけれど、自分がダイエットをしようって考えにはならなくて、傍観者としてこのブログを眺めていたそうです。
でも、去年の7月29日の記事を読んで、気持ちが変わったとありました。

私がなぜお菓子を食べるなとうるさく言うのか

その日の記事には、その理由が書かれています。
正直、書くのを迷った文章でした。
でも、私が伝えたかったことを受け止めてくれた人がいたのが、本当に嬉しいです。
どこかで誰かが「!」と思ってくれたらいいんです。
別に、私がしたことをコピーする必要なんか無くて、自分でできることを、ずっと続けて習慣化させてくれたら、そして少しでも肥満から遠ざかってくれたら、嬉しいです。

そういえば、もう随分前になりますが、お客様からお叱りのメールを受け取ったことがあります。
その人は、50kg位の方らしく、あと3kgを減らしたいのに、減らないようでした。
食べるものを制限しようと、ちょっと位運動しようと、全然体重が減らない。
100kgのアンタが60kgになったって、私はアンタがしてるくらいの事じゃ痩せない、そんな役立たずの情報いらないんだよ!って怒ってました。

本当に、そうなの?
揚げ物やお菓子を食べずに酒も飲まずに、野菜中心できちんと炭水化物やたんぱく質を摂取しながら一日のカロリーを1200kcalで制限して、痩せないものなんでしょうか。
寝ていても消費する基礎代謝のカロリーしか食ってないのに痩せない身体って、どんな意味があるんでしょう。

いや、もちろん私には50kgになってからあと3kg減らそうとした経験はありませんから、それが本当に減らないかどうかの検証はできません。
でも思うんですよ。
痩せないのは、○○のせいです。
○○の中身は、あなたが決めましょう。

っていまさら返答しても意味無いんですけどね、なんとなく思い出したんです。
何って、パチンコで大損したあとに「アンタのせいだ」って旦那を責めた自分を。
だって、必勝情報があるからおまえ行って試してこいって言うんだもんなぁ。
怪しい必勝法に5万もつぎ込んだ私も私ですが(はっはっは)

世の中にはいろんな情報が氾濫している。
でも、答えは自分で探さなきゃ意味無いよ。
人に教えられた答えは、成功したら自分の手柄、失敗したら必ず人のせいにするんだから。

発熱

2009-05-29 20:09:22 | 日常
皆さん、こんばんは、たけみです。
今月ももうじき終わります。
気付くと6月ですよ、ええ、もう今年も5ヶ月過ぎるんですね、早っ。

ところで、発熱してます。
うちの旦那が・・・・。
今日、仕事を終えて帰宅して「なんか寒い」と風呂に入り、その他のジャンルの350ml缶を一本空けてご機嫌になり、焼き魚をおかずに夕食も済ませて

「なんか、身体が変なんだよな・・・ちょっと体温計かりるぞー」

と寝室に放ってあった婦人体温計を口にくわえて待つこと1分。
ピピッ ピピッ
体温計を見た旦那は、非常に驚いたようだ。
表示された数字が、38.77℃だったから。

あんた、そんなに熱があんのに酒飲んで夕飯もがっちり食べるって、すごいっすよ。

保健所に電話して、新型インフルエンザかもしれないよ~!って話したら、渡航暦や関西への旅行をしていなければ、現時点では関東では流行していないので可能性はないですと言われた。
無いのか?
大丈夫なのか?

ひとまず、糖尿の患者のところへは行けないわな。

悲しい事実

2009-05-26 15:58:38 | 日常
皆さん、ご無沙汰しております、たけみです。
無茶苦茶お久しぶりなのですが、お元気ですか?
更新が出来なくなってもう一ヶ月経っていたとは、日付を確認して驚きました。
掲示板のほうへは出没していたのですが、ブログを何度も訪れてくださった皆さん、ありがとうございます&いつもすみません!

ここ一ヶ月、何があったのかと申しますと~~、定額給付金を受け取って、それで旅行してきました。
いろんな事情でなかなか出られない(金もない)生活なんですが、久しぶりにのびのびしたGWを過ごしてリフレッシュしましたよ。
今は、特に変わることもなく、なだらかな日常を過ごしています。

さて、そんな中、ダイエットのお話を。
今日は、友人の行動をご紹介します。

彼女は私と肩を並べる肥満体だ。
ここでも何度か紹介したが、高血圧、糖尿、ヘルニア、関節炎、巻き爪等々、さまざまな肥満起因の病気を抱えている。
年齢は今年で48歳。
2年前の夏、私が85kgくらいだった頃久々に会って、自分も減量すると宣言してくれた。
ただ「今夜は焼肉!ダイエットは明日から」と張り切っていたのが懐かしい思い出だ。

そんな彼女が先日家族で旅行へ出かけた。
場所は海の見える風光明媚な観光地。
旅行好きな彼女の一家は年に何度も旅行に行く。
宿は、バイキングの宿だ。
もちろん、食べ放題だからその宿を選ぶ。

2泊3日の旅行。
中日にみなそろって宿の近所で催されていた祭りを訪れた。
時期は桜の頃、満開の桜が本当に美しかったらしい。

でも、彼女は空腹だった。
何故ならば、朝ごはんを制限されていたからだ。

彼女の旦那さんは肥満した妻のためを思い、食べ過ぎるなとうるさく言う。
食べ放題バイキングの宿を選んだ時点で大きな間違いだと思うのだが、食事をするとき、食べるものにいちいちケチをつける。
毎回食べ始める前に野菜だけを皿に盛ってきて「お前はこれだけにしておけ」と言う。

彼女にしてみれば「旅行のときくらい、好きなように食べさせてよ!」と思う。
日ごろは一生懸命ダイエットしているのだ、彼女なりに、制限をしているのだ。
だから、目の前のご馳走を素通りして野菜だけなんて、とても出来ない。
で、結局晩御飯のときは大喧嘩した。
食べるな!食べたい!せめぎあいである。
結果として彼女は物凄く食べた。
旦那の意見は無視するというよりも怒りに任せて食べまくったのである。
そして怒りの夕食後部屋へ戻る途中自販機でビールを買った。
悔しさを酒にぶつけた。

翌朝。
食事時、また旦那さんが食べるなと言い出した。
彼女はまた悔しい思いをしたのだが、さすがに夕食が多かったし、酒も飲みすぎたから、少しくらいしか食べられなかった。
その少しでも標準体型の人の大盛りなのだけれど、それは横においておこう。

そして、午前10時過ぎ、祭りの会場へ出向いた。
旦那さん、旦那さんの両親、子供たち、みな桜に夢中でどんどん会場の奥へ進んでゆく。
彼女は、朝ごはんが少なかったからどうにも空腹で我慢できずに出店の肉まんを買った。
家族たちに隠れて、買った後は後ろを向いて、こっそり肉まんを食べた。

肉まんが引き金になり、食欲はとまらなくなってしまった。
そこから先は、ソフトクリームやたこ焼き、目に付くものをいろいろ買って大急ぎで食べ続けた。

「だってみんなに怒られるんだもん、うるさいったらありゃしない
 だから内緒だよ内緒。
 まったく、好きなもの食べるくらいいいじゃんね~」

この話を聞いたとき、ほかの友人は笑っていた。
でも、私は笑えなかったのだ。
だって、彼女は昔の私そのものだから。

太るから食べ過ぎるな

誰だって、わかることだし、そう言ってくれる人がいるのは、幸せなことなのだと思う。
でも少しでも食べる量を減らそうもんなら、本当に腹が減って腹が減ってしかたない。
結局、我慢は不満へ繋がってゆくから、ストレスが増大、さらにまたもっともっとと食べたくなってゆく。

加えて、糖尿病を発症していたり予備軍の傾向がある場合。
血糖コントロールが出来なくなると、もうおしまいなのだ。
食事をしてそれが消化吸収されて血糖が上がり満腹になる、それが普通のシステム。
でも急に血糖が上がるとインスリンも急に出される。
インスリンが急に出ると、血中の糖濃度が急に下がる。
すなわち、脳の感覚では「空腹」になる。
だから、もっともっと食べたくなってしまうのだ。
食べたくなると、その欲求に応えさらに食べる。
選ばれる食品は血糖の吸収が早いものが多いから、また急激に血糖が上がりまた下がりの繰り返し。
コントロールは、出来なくなってしまう。
頭の中が食べ物のことで満杯になってしまうのは、単に食べることが楽しいからだけではない。
肥満者はたいがい血糖値も「レッドゾーン」(これはきちんと調べた事実ではない、私個人の思うこと)
で、食べれば食べるだけ、さらに食べたくなる食べ方をしてしまうから、余計に、なのだと思う。

周りに内緒で食べるのって、何のためなのだろう。
美味しいとか、もう関係ない。
とにかく、食べるだけ、食べたいだけ。
そして、食べれば食べるほど空腹になるのだから、満足を得られることはない。

私も友人と旅行をしたときに、同じような経験をしている。
モデル体型の友人との軽井沢旅行。
彼女は本当に驚くほど小食だった、もちろん私は大食漢だったけれど、自分の食べる量が多いとは思わず、彼女が極端に小食だと認識していた。
2泊3日の旅行、最終日に軽井沢銀座を散策。
いろんな店を見て回っていたのだけれど、どうにも腹が減って我慢ならなくなった。
そして、友人が非常に可愛い小物の店に入ったときに、私は「あっちの土産物屋に行く」と言ってレストランへ入ったのだ。
もう、我慢できなかった。
開店したばかりのレストランでカレーを食べた。
しばらくして私の姿を探した友人が驚いてレストランへ入ってきた。
「何でカレー食べてるの?!」
驚く友人に「あんまりにもいいにおいだったから」と言い訳した。
さすがの私も、この3日ずっと空腹だったなんて、言えなかったのだ。

太っているって、悲しい事実だと思う。
食べ方が並外れているのは太っているからで、それに従うから痩せられないってことも理解されないし、太っている自分自身も、その事実を理解していない。
どう説明したら、皆にわかってもらえるんだろう。

普通の人間の感覚は、食べ過ぎたって時が
真ん中のラインが日常、食べすぎが出っ張り。

肥満した人間の感覚は、ダイエット中がこのへこんだ部分。
上の線が日常。

必要なのは ̄\_日常のラインを引き下ろす事。
痩せたって結局、いつまでも、ラインが下がらない。
それでは、息を止めて凹ました腹と一緒で、呼吸すれば戻るんだよ。。

恋とか愛とか

2009-04-23 06:23:20 | 日常
おはようございます、おひさしぶりのたけみです。
今朝はネット検索をしていてちょっと面白い記事を見つけたのでご紹介します。

肥満が恋愛に不利となる5つの理由

この記事は、恋愛の最中に居る人むけに作られたスゴレンというページで見つけた。
愛とか恋とか、その時期には皆いろいろなことを迷ったり考えたりするものなんだよなぁ、と昔を懐かしく思うというわけではない。
私の場合、愛や恋の駆け引きなど遠い世界の話だった。
もちろん結婚もしたし付き合っていた人も居たわけだけれど、ウキウキした華やかな思い出は正直少ないわけで、自分磨きをしなかった分、ありのままの世界にいるしかなかったわけだ。

そんな私が、こうして愛とか恋とかのノウハウを語るページを見て思ったこと。
異世界だなぁ・・・、うん、世界が違うとはこういうことなんだなと感じてしまった。

この記事は男性の肥満について書かれていた。
肥満が恋愛に不利なのは

1・汗臭い人だと思われる
2・男性らしい肉体と思われない
3・服装の選択に制限があり、見た目でのアピールが難しい
4・自己管理できない人だと思われる
5・脂っぽい食事を付き合わされると思われる

詳しい内容は記事をご覧いただきたいのだけれど、私がこの記事をネタにしようと思ったのは何故か。
それは、肥満が男性にとって不利だという記事は見つけられたけれど、女性にとって不利だという記事は無かったからだ。
女性向けの恋愛指南のページでは、「肥満」「ダイエット」この文字でサーチしても記事を拾えなかった。
それはつまり、恋、愛、それらを語る以前の問題ってことなのだろうなぁ。
それがいいかどうかは別として、現実に、見た目社会が進んでいることを実感したのだった。
と言うよりは、私が見た目を全く気にせずにいたわけで、周りははるか昔から、しっかり綺麗を目指していたのだろう。

2年前の私は医者に言われてやむなく痩せようと思った。
痩せ始めて掲示板を作りブログも書き始め、様々な人と出会った。
私が送り出す文字列は、きっと、棘があったし肥満者には手厳しかっただろう。
そんな私にこんな質問をした人が居る。

それだけ厳しくダイエットできるのに、何故、三桁にまで太ったんですか?

当時の私のアンサーは「食べまくっていたからです!」そんな内容だったと思う。
とにかく食べて食べて食べまくっていたから、三桁に太った、それは嘘じゃない。
でも、考えてみれば、質問をくれた人が聞きたかったのは、何故三桁になってしまう前、その途中で痩せようと思わなかったのか?って事なのだろう。

皆さん、何故だと思いますか?
自分の身体が太っている事は自覚があって、腰も膝も痛くて、それでもさらにさらに太ってしまうのは、何故だと思いますか?

私の最高体重は104kgだった。
でも、最高体重が104kgだっただけだと思う。
体重が増えるという事は、常にその体重に対して必要な量以上を摂取する生活を繰り返しているわけで、104kgを記録した私は、それどころじゃない、もっと上を目指していたことになる。
本来到達するべき体重は、多分もっと重いだろう、でも三桁を超えてアラームが鳴っただけなのだ。

私の肥満人生を知らない友人がいる。
彼女とはネットで知り合って、ネットで会話するだけなので、顔も知らない、年齢も知らない。
20代後半から30代位の彼女は、多分、今までの人生ずっと標準サイズで生きてきた人だと思う。
こよなく甘いお菓子を愛し、ホテルのランチバイキングでいろんなご馳走を食べた話も聞く。
でも、ダイエットしなくちゃって話は聞かない。
お菓子を食べるとご飯が食べられなくなるし、お昼に食べ過ぎれば夕飯が入らなくなる、過剰分を調整するように食欲を抑制する、それは意思もあるだろうが身体がそうなるようになっている、それが日常だからダイエットは必要ないんだと思う。

今日は会社の忘年会で「ローストビーフだ寿司だ天麩羅だ」と豪勢な満腹話をメールしてきた彼女に「食べてすぐ寝たらやばいよ」と言ったら

食べた分、歩いて消費してきたよ!
やっぱり、ある程度の見た目で居るのはマナーだと思うから♪

そうか、マナーなのだ。
電車の中で化粧をするのも、歩きながらタバコを吸うのも、道端につばを吐くのもマナー違反。
ある程度の見た目を保てないのもマナー違反って事か・・・。

話しがあちこち飛んでしまったが、肥満が恋愛に不利となる理由5つ、女性でももちろんあてはまる。
だからこそ、恋愛をするという環境ではなくなると女性も男性も肥満するのもよく解る。
汗臭いとか男らしいとか、そういうのはまあ置いといて、自己管理できないと思われるのは、現実としてあるだろう。
いや、自己管理できないのではなくて、自己管理していないのだ。
管理を始めれば出来るはず、管理に慣れれば馴染むはず、単にやろうとしないだけで、出来ないわけじゃない。

もうこんな時間だ、朝ごはんにしようかな。
では皆さん、よい一日を!

誤算

2009-04-07 04:26:02 | 日常
おはようございます。
東京は日の出前。
まだ暗いのだけれど少しずつ色が変ってゆく空や、時間とともに増え始める音を感じられる、そんな夜明け前のこの時間がとても好きです。

さて、今日は誤算について。

三桁からの減量をすると、体重が減って嬉しいのはもちろんなのだけれど、体重が減って困った事が起きたりする。
減って困るってなんだよ?
と思われるかもしれないのだが、このあたり、微妙な女性心理とでも表現すればいいのだろうか。

例えば、年齢よりも若々しいと言われ、悪い気がする人は少ないであろう。
時には「子ども扱いするな」と反発する御仁もあろうが、一般的に女性は嬉しいと思う。
何故なら、内面の魅力はさておき、現状の日本においては、どちらかと言うと、年が若ければ若い方が女性は優位だからだ。
女子高生が自らを「おばさん」と呼ぶような環境なのだ。
そんな中で過ごしている私たちにとって

「痩せたら、なんか老けたよね」

この言葉がどれほどにショックであろうか、想像に難くない。
このように、三桁からの減量では痩せたらいい事ばかりではなく、嫌な事が起きるのだ。
もちろん、老けてしまわないような工夫をしながら減量をすすめればいいのだけれど、当初の計画と言うか、想像では

痩せて美しくなるはずだったのに。
きれいになった自分が鏡の中に居るはずだったのに。
何故、こんなことに!

そう感じるだろうと思う。
大きな誤算は、減った体重が大きかった事と、減らした期間が短かった事により感じられることが多い。
風船の中身が減ればしぼむ、それは、紛れも無い事実だと思う。
三桁からの減量でなくても、痩せて老ける場合はある。
だからこそ皆、そうならないように様々な方法を考えているのだろう。

もしも、痩せて老けてしまう自分と、太っていて若々しい自分を選べるなら、あなたはどちらを選ぶだろう。

価値観は人それぞれ、どれも正解だと思う。
私は若々しくて超デブだった、本当いうと、顔と言わず身体中パンパンに張っていただけなのだ。
今は、42歳年齢相応程度の見た目になったと思う。
もしかしたら、どこかで工夫をすれば30歳くらいに見えるような自分に出来たのかもしれない。
だけれど、私は一日でも早く「目標達成」する事を望んだし、そのために邁進したわけで、その結果を得られて良かった。

気付いてほしい。
超肥満の身体も、必ず、その身体を自分で作っている。
老けてしまった顔も、必ず、その顔を自分で作っている。
こんなふうに太るはずじゃなかったとか、老けるはずじゃなかったとか、思うだろうが、全ての結果は、自らの選択の積み重ねであり、決して「知らぬ間にそうなった」わけでもなんでもない。

もしも、痩せて老けてしまったのが「嫌」ならば、痩せた状態の身体で若々しくなる工夫をすればいい。
決して、また太って若々しくなろうなんて、誰も思うはずはない。
ただし、無意識に太ろうとする場合は、他人には止められない。

ダイエットは登山だと前に話した事がある。
一歩一歩、少しずつ、崖から転げ落ちないように慎重に登ってゆく。

私が登ったダイエット山は、43kg級のかなり高めの山だった。
この山を登ったのだから、その気になれば3kg級の山ならいつでも登れる。

そう思うのは大変愚かしい事だ。
どんな山でも、どんなに小さな山であろうとも、その頂へ立つと言う事は大変なのだから。


忘れてゆく

2009-03-23 08:31:49 | 日常
皆様、おはようございます。
メチャお久しぶりの、たけみです。
前回の記事から早一ヶ月。
その間、訪れてくださった皆様、心より感謝しますとともに、全然書けなくてごめんなさい。

近況は、痩せるとか太るとか、気にしていられるような環境ではないのです。
介護生活で私の仕事を減らさなければ体力気力が追いつかず、さらには旦那の仕事が緊急型ワークシェアリングってので減りまして、そりゃもう切実に大変です。
入ってくるお金が減るのだから、節約しなければ!って事になりまして、人生初の家計簿をつけたりしています。

休日が増え、必然顔を合わせる時間も増えた旦那と、あれこれと話すんです。
こうして節約生活に入る前に減量して、標準サイズを目指した生活を身につけて本当良かったなぁって。
だってね、皆さん、太る生活には太れるだけの食料が必要です。
つまり、たくさん食べるためにたくさんのお金をかけているんですよ。

もしも、2007年5月から減量していなかったら、確実に今でも超肥満だった私。
もちろん旦那も肥満体、超ファットな夫婦だったでしょう。
そんな二人が、食費にお金をかけられないからと節制を始めなければならなかったなら、相当なストレスだったのではないかと思われます。
そもそも、自分達が異常なほどに食べ過ぎている事実すら理解していなかったんですし。

「痩せよう」と思って、食事の節制に努め始めた場合。
「お金が足りない」と思って、食費の節約を始めた場合。

これって、非常に違いが大きいです。
肥満脳は、食費制限におののき、ローコストでハイカロリーに走ってしまったのではなかろうと。
いわゆる、頭の中は食べたくてたまらないけれど、ご馳走は食べられない。
だけれど、身体が重たいから自炊しようにも、台所に立てない。
結果として、お米を何合も炊いて食べまくるとか、某ハンバーガーチェーンのハンバーガーだけを10個買ってくきて至福を味わうとか、そんな感じです。

節約をしなければ!と思って開始当初はキュウキュウしていたのですが、現在はそんな状況を脱し、節約を楽しもうとせっせと工夫しております。
例えば、福神漬けや紅生姜、自分で作ったりしているのですよ。
これらは、今まで当たり前に買うもの、作ろうと思った事もなかったです。
普通の人はそのくらい作って当然かもしれないですが、私にとっては立派な変化なのです。

あの頃は、夫婦二人で食費月8~10万円、そのくらいは余裕で食べていた外食三昧お惣菜天国のファットな日々でした。
本当、おまえらよく食ってたなー!と他人事のように思うのです。
現在は月3万円程度で、このレベルでようやく標準の人並みになってきたようです。

こんな日々を過ごしてゆくうちに、超肥満だった自分の感覚を少しずつ忘れていってます。
生活習慣がもたらす肥満の身体、生活が変れば肥満になる確率もおのずと減りますし、やがて「過去」になるんだろうなぁって思っています。


皆さんも、太るには食べ過ぎるが必要で、食べ過ぎるにはたくさんのお金が必要だと思うと、痩せてくるかもしれませんよ。

ただ、節約を心がけすぎると、突然大爆発して買い物しまくってしまうという話もあります。
爆発買いをする友人の共通項はいずれも肥満です。
食べる事はもちろんですが、食べ物を買う事にもストレス発散要素があります。
だから抑制で爆発が起こる、簡単な事ですね。
その場合、ストレス発散を別の物に替えれば防げるはずなのです。
本当、机上理論では簡単ですけど、実際自らの身に起きると、どうなるか、ね。

と言うわけで、減量に変る新たな課題をみつけ、日々楽しんで元気です。
春はあっという間に過ぎて行き、もうじき夏になります。
皆様も、今度の夏こそ!ってことで、頑張りましょう!