多くの人々は、残念ながら既得権にすがろうとする。政治家や官僚の利権や既得権もさることながら、もっと小さな領域にも、悲しい既得権がある。
以前、ドイツのとある集会で働いていた頃、祭壇の花を用意する女性がいた。ある時、毎週毎週花を探すのは体力的に無理になった。だからこんな大変な仕事は他の人にしてもらいたいと言った。
そこで、もう体力の限界に来た彼女を救うために、私の同僚が他にこの役目をして下さる方を探し、その方はこの係をすることを快諾してくれた。
それからが大変だった。最初花を担当していた女性が、なぜ私を引き留めないで他の人にこの係を頼んだのか、私はこの司祭に強制的にこの花係から外された、とあたりに吹聴し始めた。
集会は揉めて大変なことになってしまった。彼女が集会をやめたことで事態は収拾したが、悲しい出来事だった。
何かを「やめる」勇気も大切だ。何かを「つくる」勇気も大切だが、それがもう必要なくなったとき、あるいは不可能になった時、それを清々しく「やめられる」人は残念だが少ないようだ。
私は、60歳の誕生日に決心した。「たとえどんなに抵抗があっても」改新すべきことは、私の責任で行うと。
私は、これを大袈裟という人もいるだろうが、「命懸けで」司祭という使命を担っている。
もし、キリスト者共同体がナチス時代のドイツのように迫害されたなら、命を差し出すのは責任者である司祭の他存在しない。
弾圧が始まったら、司祭は、成員等の「名簿」を焼却するだろう。誰が成員なのか、会員なのかと尋問されても、拷問されても、なにも言わないだろう。そういうことなのである。
改新衝動は既得権に阻まれることが多いが、それにめげていてはなにも出来ない。
キリスト者共同体は「世直し」のためにも存在している。
明日、阿倍野集会所で、「集団的自衛権と憲法9条 未来を担う子どもたちを戦場に送らない為に」というシンポジウムが開かれる。
11月2日 13時から17時までの予定だ。ぜひともご参加を。
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