何度でも読みたい。というよりも、読まなければいけない。忘れてはいけない。そんな感じ。
「潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。」
そんな言葉で始まるこの文章。
海の近くで生まれ育った私にとって、潮の匂いは意識するものではなく、旅行に来た人が「あぁ、潮の香りがする」というのを聞いて、「うそん。」と思っていた。
もしかしたら彼にとってもそんな当たり前のものになっていたのかもしれない。生まれた時からそこにある。
そんな彼にとって、潮の匂いは終わりになり、死になり、孤独な世界になった。
いまもまだ、そうなのかしら。
そうじゃないといいな。と思うけれど、急がなくてもいいね。とも思う。
***
第9回宮城県高等学校文芸作品コンクール
[詩部門]最優秀賞
第27回全国高等学校文芸コンクール
[詩部門]入選
石巻西高校防災カレンダー『西翔暦』掲載
潮の匂いは。
片平 侑佳(平成25年卒業)
潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。
潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。
潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。
潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。
潮の匂いは始まりだった。
潮の匂いは終わりになった。
潮の匂いは生だった。
潮の匂いは死になった。
潮の匂いは幼いあの日だった。
潮の匂いは少し大人の今になった。
潮の匂いは優しい世界だった。
潮の匂いは孤独な世界になった。
潮の匂いは――――――――。
***
「潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。」
そんな言葉で始まるこの文章。
海の近くで生まれ育った私にとって、潮の匂いは意識するものではなく、旅行に来た人が「あぁ、潮の香りがする」というのを聞いて、「うそん。」と思っていた。
もしかしたら彼にとってもそんな当たり前のものになっていたのかもしれない。生まれた時からそこにある。
そんな彼にとって、潮の匂いは終わりになり、死になり、孤独な世界になった。
いまもまだ、そうなのかしら。
そうじゃないといいな。と思うけれど、急がなくてもいいね。とも思う。
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第9回宮城県高等学校文芸作品コンクール
[詩部門]最優秀賞
第27回全国高等学校文芸コンクール
[詩部門]入選
石巻西高校防災カレンダー『西翔暦』掲載
潮の匂いは。
片平 侑佳(平成25年卒業)
潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。
潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。
潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。
潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。
潮の匂いは始まりだった。
潮の匂いは終わりになった。
潮の匂いは生だった。
潮の匂いは死になった。
潮の匂いは幼いあの日だった。
潮の匂いは少し大人の今になった。
潮の匂いは優しい世界だった。
潮の匂いは孤独な世界になった。
潮の匂いは――――――――。
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