演劇人 RAKUYU

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9月26日藤白神社へ

2010年09月07日 | インポート

「アリマ」公演にさきがけ、野口ファミマ9時半出発で

藤白神社内、有間皇子神社前にて成功祈願を行ないます。


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1 コメント

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RAKuYu.様 (山(東))
2010-09-09 14:50:32
RAKuYu.様

当方は、有間皇子(岩内1号塚古墳)の元地主です。
初めて一報させて頂きます。
昭和54年文化財指定となりましたが、有史以来、日本史に残る希少な古墳であることが広く伝わらないまま、現在に至っているということを知り、驚き、一報させて頂くことにしました。
貴劇団が、『アリマ』初演以来、久々に本年11月に公演を予定されていると伺い、
初めてHPを拝読しましたが、せっかく地元でありながら、有間皇子の本来の歴史的古墳の場が地元にありつつも、上演前に今月末に訪ねられるのが藤代の地だけとは誠に残念と思い、一報の次第。
有間皇子は悲劇のヒロインのように戯曲になぞらえやすい題材となっていますが、ことより、この史実は古代史にとっては唯一無二の皇室後継者が抹殺されたという歴史を変えてしまった抗争の顛末であり、何より、この御坊岩内1号古墳は、古代史の終末期古墳において、日本の他を探しても類のない漆棺埋葬の石室南開口両袖式で、皇族にしか許されていない形状のものです(祖母の吉備姫王(斉明天皇の母)の様式と同様)。
日本の古代史研究の一人者である森浩一教授が現地岩内に出向き、その著書に明記されて、着目され、文化財指定に至りました。
藤代は手打ちにあって命を落とした場所にしか過ぎず、不明な小仏が置かれてあったのみなのです。
本来の埋葬がこの岩内1号古墳の地であったにもかかわらず、大変残念なことに、地元意識として、御坊の地での認識が浅く、文化財指定を受けたにもかかわらず、ひっそりと古墳だけがたたずまいを残しているだけです。
藤代のような近年の祭事の神社があるという軽意でなく、日本史上他類ない皇族古墳が発見された岩内1号古墳こそ、貴劇団皆さまが上演前に祈念されて、地元の魂を受ける場であると思います。
私もこの古墳の持ち主であった親から受け継ぐまで詳しくは知らなかったのですが、丁度、奈良遷都1300年に関わる7世紀の皇族系譜を調べるにあたり、この有間皇子の存在の重責さと、古墳価値が全国にも類をみない希少であるとあらためて認識し、今再度史実の編纂をお願いしているところです。
遠来の地ですが、古墳最寄りの実家へは常に行き来し、今一度、この有間皇子の史跡の真価を地域皆さまに認識頂きたいと思っていたところです。
貴劇団の奉納公演もしていいのではとまで思うほどです。
昭和の時代に発見されるまで1300余年の眠りについたままとなっていた有間皇子、…せっかくの発見があっても、地元意識が無いなかで、またひっそりと眠りにつくというのは、あまりにも残念な顛末です。
ぜひ、本来の地元として史実を劇中で表現なさっている貴劇団RAKuYu.として、藤代の殺された場ではなく、本当の鎮魂として皇室古墳として唯一漆棺埋葬された1号古墳にどうぞお越しください。
現地にご案内します。
(ちなみに映画「道成寺」監督も存じ上げるメディアの立場の者です)
取り急ぎ、一報!
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