つれづれなるままに

その時々の思いを書き綴る。

セミが鳴かない

2010-07-29 09:18:10 | Weblog
久しぶりの雨、17日に梅雨が明けてから13日目、今朝は
やっと熱帯夜から開放された。少しは寝苦しさも解消した気が
したが、寝不足気味は続いている。

 この夏、セミが鳴かない。梅雨が明けて太陽が昇り始じめると、
いっせいに鳴き出し、夏到来を実感させてくれていたと思ってい
たが、今年は梅雨が明けても一向にセミがうるさく鳴いていない。
 1週間あまり経った先週の土曜日(24日)ようやく朝鳴いていた。
がその後またおとなしい。昼間もそれほど鳴いているようには
聞こえない。
 急に暑くなって出る時をなくしたか、数年前の産卵期に散乱数が
少ない端境期だったか、私の聞き方が悪いのか、何にしても
やはり夏には、うるさくセミには鳴いてもらいたい。

相撲中継中止

2010-07-07 15:52:02 | Weblog
 6日、NHKは11日から始まる大相撲名古屋場所の生中継を
中止し、6時台に録画放映すると発表した。
ちょっと過剰反応ではないか。
 大相撲に関しては、このところ不祥事やらトラブルが頻発して
不評をかこっている。
 ただその不評には、大相撲に対する誤解があるように思える。
 マスコミは大相撲をスポーツと捉えている感があるが、私は
相撲は単なるスポーツではないと考える。
 それは大相撲を取り巻く環境、たとえば、場所前の各種神事、
協議開始前の「塩」「仕切り」「立ち合い」「行事(審判員で
はない)」といったこと、あるいは極端な体重差、親方衆、食事
内容、稽古などの様、「たにまち」の存在に「巡業」という
興行、どれも特殊である。
 外出も「浴衣掛け」が求められると聞くと、気楽に外出できない
と思ってしまう。土俵の勝負が全てではないのだ。
 極端な閉鎖社会を、我々の社会が強要し、大相撲の特殊性を
容認して来ておきながら、突然野球賭博で反社会的行為を犯した、
処罰だ、というのはちょっと酷な気がする。
 外に目を向ければ、競馬、競輪など公然と賭博が行なわれ、
野球どころか選挙の結果すら賭けの対象とする国があったり
賭博場を国や州の収入源とする地域も少なくない。賭けをする側
にすれば胴元が公認団体かやくざか仲間内か、あまり意識する
ことはないだろう。
 たまたま賭けた相手が反社会団体だったというだけでこれほど
大騒ぎして何人かの人生を踏みにじることが本当に許されるの
だろうか。
 私たちがするべきことは、そうした社会的には容認できないことを
しなければならなかった環境をどうすれば改善できるか提示すること
ではないか。
 ただしその時も自分を君子のごとく見て、教唆するのはやめてほしい。
自分は一方で賭け麻雀や賭けゴルフ、パチンコ、宝くじ、トトカルチョなど
あらゆる賭け事を自由にやりながら、相手にはそれはダメ、まじめに
読書やトレーニングに励みなさい、はない。
 罪を糾弾するだけの社会はどこか歪んでいると思う。互いの尊厳を尊重し
少しでも反社会的行為をする人をなくするための行動が求められていると
思うのだが、甘いのだろうか。