りんごって、普通は1年間に15回くらい、農薬を使うのだそうです。
そうじゃないと、りんごができるはずがない。
それを使わずにりんごを作るのは、狂気の沙汰だというくらいの、大変なことらしいですね。
木村さんが無農薬りんごに取り組むと話したところ、近所のりんご農家の人たちの反応は、
「聞いたことねえな。おそらくできねえと思うよ」というものでした。
米も麦も野菜も無農薬でできても、りんごばっかりはムリだろうというのが“100パーセントの常識”だったんです。
それでも、木村さんは無農薬りんごに取り組みました。
「でもさ、閻魔大王がイタズラをしにくるわけよ。6月過ぎた頃から、病気と害虫がはじまった」
想像もしていなかった苦闘が始まったのです。
農薬を使わないりんご畑は、何年も実がなるどころか、葉がほとんど落ちてしまって、花も咲かない。
農薬の代わりに、わさび、唐辛子、しょう油、畑の泥水、酢…いろんなものを畑にまいて、何とか害虫や病気を回避しよう試行錯誤をつづけたのですが、木は枯れる寸前の状態にまでなっていました。
木村さんはどうしようもない迷路と貧困のなかで、死ぬことまで考えたそうです。
そこで、青森のねぶた祭りの前夜に、自分で縄をなって、その縄をもって、岩木山に登っていきました。
いよいよこの木でいいかとめぼしをつけ、縄を枝に投げました。
ところが縄はとんでもない方向に飛んでいき、縄をひろいにいった木村さんは、1本のどんぐりの木に目を奪われます。
青々と葉っぱをつけたどんぐりの木。それがりんごの木に見えた木村さん。
山の中の木は、こうして農薬も何もなしに、元気よく育っている。草もぼうぼう生えっぱなし。
木村さんは土に注意しました。
地面は足が沈むくらいふかふかだった。土はほろほろと崩れ、いくらでも素手で彫ることができました。
ツンと鼻を刺激する、山の土の匂いがしました。
畑の土とどう違っていたかというと、畑の土は10センチも掘ると冷たくなるけれど、山の土は掘っても掘っても温かいまま。
「けっきょく私が失敗した原因は、自分の目に見えているものだけを見てきたこと。
大事なものは土の下にある。そのことを知ってはいたけど、気づいてはいなかった」
と木村さんは言います。
ここからは本の引用。
「自分は農薬の代わりに、虫や病気を殺してくれる物質を探していただけのことなのだ。堆肥を施し、雑草を刈って、りんごの木を周囲の自然から切り離して栽培しようとしていた。
りんごの木の命とは何かということを考えなかった。農薬を使わなくても、農薬を使っていたのと同じことだ。
病気や虫のせいで、りんごの木が弱ってしまったのだとばかり思っていた。
それさえ排除できれば、りんごの木は健康を取り戻すのだと。
そうではない。虫や病気はむしろ結果なのだ。
りんごの木が弱っていたから、虫や病気が発生したのだ…」
対談の中で、木村さんは、こう話していました。
「いままで土の上だけ見ていた自分のおろかさ。
目に見えないものを見なかった。
それを知ることができた。
畑の脇にある梨や桃の木は、毎年美味しい実をつけていた。
なぜ、りんごは実らないか…
梨や桃の木のあるところは、生活とは関係ないので、草を刈らなかった。
答えは山に行かなくても、すぐ側にあった。
それを答えとして見ることができなかった私がいた」
それからの木村さんは、土壌をいかに豊かにするかに、全力を傾けます。
山の柔らかな土。微生物が豊富で、深く掘っても温度の変わらない土の中で根っこは育つのだと分かったからです。
雑草はきれいに刈ってあったので、大豆を植える。生長した大豆の根には、根粒菌がいっぱいついていました。
こうして、自然再生への作戦が始まったのです。
私は都会に住んでいて、人工的なものに人工的なものを上塗りして、生活しています。
だけど、どこか間違っているのではないか。
農薬を15回も被ったりんごと同じで、美味しいしいい香りがするけど、どこかでボタンを掛け違ったような…。そんなちぐはぐさがあるのではないか、と思いました。
自然というのは、それ自体で完結したシステムがあるのです。
それは、人知では超えられない、計算し尽くされたシステムです。
そのシステムに寄り添うか。
あくまで人工的なものに埋もれるか。それでも快適だけど、その快適の先にあるものは、本当に大丈夫なのか。
それとも、自然のシステムを活かしつつ、自然を壊さない範囲の人工的なものをうまく組み合わせて、よりよい人間の営みとする方法があるのではないか。
そんなことを考えました。
木村さんのつくる無農薬のりんごは、何年か先まで予約でいっぱいだそうです。
本当に美味しくて、常識がくつがえされるような味だそうです。
そのりんごを、食べてみたいですねぇ。
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