「メアリー・ポピンズの叡智」の著者ジョナサン・コットはアメリカのノンフィクション作家であり、詩人である。
また、カリフォルニア大学バークリー校において、英語学で修士号を取得したのち、イギリスに渡り、サセックス大学で児童文学を研究している。
アメリカの『ローリング・ストーン』誌の中心的な執筆者として活躍し、インタビューの名手ともいわれた。
そのジョナサン・コットが1983年にまとめた『子どもの本の8人──夜明けの笛吹きたち』(鈴木晶訳/晶文社)の中に、P.L.トラヴァースへのインタビュー「メアリー・ポピンズの叡智」が入っている。
トラヴァースは自伝を残していないので、彼女の想いや考えを引き出したインタビューは、とても貴重な資料である。
その中にこんな記述があった。トラヴァースが実際に語ったことだ。
なんだか楽しくなる。
わたしの顧問弁護士さんはいつもベッド脇にわたしの本を置いていて、訴訟事件を乗り切る助けにしてるんですって。もちろんお世辞でしょうけどね。でも、おとなの方が、わたしの本を大事に思ってくださるのはうれしいわ。あの内容は、何から何までおとなのものですもの。もっとも、子どもの本というのはすべてそうでなくてはいけないと思うけど。子ども向けに書くなんて考えもしないわ。ばかげてるわね。子どもはおとなよりずっとよくわかっているのに。
わたしの知っている八歳の女の子の話を、まあ聞いてちょうだい。……わたしはその子を特別に招待しました。その子だけをね。お茶をのんだり、ゲームをしたりして、それからエレベーターまで送っていく途中、その子はわたしの手をとると、真正面に立ちました。その様子ときたら、こわい顔をした、小さな復讐の女神みたいでしたよ。そうしてこう言うの。『おしえて下さい。でも、でたらめはいわないで。メアリー・ポピンズはほんとにいるの?』それを聞いてわたしはしばらく黙って考え込みました。その質問にはそれだけ考える必要があると思ったから。『そうね、とにかく、わたしにとってはほんとにいるのよ』と答えたのです。その子はわたしの腕にかじりつくと、うれしそうに大声をあげたわ。『わたしにとってもよ。わたしもほんとにいると思っているの』
そして、つい最近、その子から手紙をもらいました。もう十二歳になるのよ。その中にこんなことが書いてあったわ。少し元気をなくしていたので、メアリー・ポピンズのレコードをかけることにしましたって。キャドモン・レコードですよ。語りがほんとにすばらしいのよ。『あなたがほんとだと思えばほんとなのです』──あの子はわたしがいったことを思い出して『死ぬまで忘れない』と思ったんですって。そして『この世の中をどう乗り切っていったらいいかわかりました』って書いてあった……おもわずこの子になにかすばらしいごほうびをあげたくなってしまったわ!
メアリー・ポピンズについては、そうねえ、なんともいえないわね。恋人がどこかにいることはいるでしょうよ。でもそんなこと大した問題じゃない。それに、いってみれば彼女の恋愛問題で、わたしのじゃないですからね! いずれにしてもマッチ売りのバートじゃないことだけはたしかね。彼はオマケの登場人物なのよ。それにメアリー・ポピンズのいろいろの面をきわ立たせるために出て来るのであって、彼女に恋するためではまったくないのよ。