久しぶりに聞く友人の声は元気そうで安心するというよりは、ほっとするなと思いながら、マルコーは大丈夫だと答えた。
おまえさんは働きすぎなんだよ、もっと自分を甘やかしてサボることも覚えろよと言われて同じことを言うんだなと思わず笑いを漏らした。
「まあ、ネェちゃんがいるから、心配はしてなかったがな」
「至れり尽くせりだよ、正直、その」
「なんだ、困ることなんかないだろう」
頼りなげな口調に、ノックスは呆れた。
「よく考えろよ、若くて元気な盛りでも病気や怪我でどうなるか、子供や身内が面倒を看てくれる保証はねぇんだ、言いたいことわかるか」
耳の痛い話だと重い息子さんはと話題を変えようとした。
すると、うんざりしたように駄目だ、頼りにならねぇ、そんな言葉に思わず地雷を踏んだかと思ってしまった。
「あのなあ、俺よりおまえさんだ、子供も親戚もいねぇんだ、ネェちゃんに世話してらうしかねぇだろ」
思考が一瞬、停止した、何を言ってるんだ、彼女は助手だ、今すぐではないが、先の事なのに自分の世話や介護などをしてもらうなど、そんなつもりはないという自分の言葉を電話向こうの友人は笑い飛ばした。
今だって体調不良で寝込んだくせに何をいってんだ。
それを言われると返す言葉もないとばかりに、マルコーは黙り込んでしまった。
今日、明日の事ではない、半年、一年、いや、数年先だとしても医者の仕事をいつま続けられるのか。
予測不能なことが起こらないと限らない、医者の仕事を続ける事がてきなくなったとき、助手の彼女を。知り合いの医者に任せる、いや、年は自分と変わらない、ノックスもだ、そんなことを考えているとドアが開いてマルコーさんと呼ばれた。
「気分はどうですか、夕飯、食べれますか」
大丈夫だと答えながらマルコーは旅行の事だがと切り出した。
行き先をセントラルに提案したのは友人に相談したいと思ったからだ。
数日後、久しぶりに尋ねてみてマルコーは驚いた、友人の顔はやつれていた、一体、何があったんだと訪ねると結婚だと言葉が返ってきた。
ああ、息子さんのことかと思ったが、ノックスは勝手に結婚でも何でもすりゃあいいんだ、ガキじゃねぇんだからなとコーヒーを一口啜った。
「なんだ、おまえさんは不満でもあるのかい」
「俺と違って女を見る目がないと呆れたぜ」
金目当てだ、この間、俺に金を借りに来たからなという言葉にマルコーはえっとなった。
案内された部屋に入るとマルコーは一瞬、あっけに取られた、シングルというからこじんまりとした寝泊まりできれば十分と思っていたのに、広すぎないかと思ってしまった、窓も大きくカーテン、ソファーやテーブルも上等だ、この部屋は。
数日間の滞在予定でホテルの部屋選びは彼女に任せたが、こんな豪華な部屋だとは思わなかった。
彼女はノックスのところで手伝いなので夕方までは帰ってこない、久しぶりに一人だ、だが、それもしばらくすると少し退屈に思えてくるのだから不思議だ。
助手が仕事をしているのに、自分がホテルでのんびりとはいかがなものかと思いつつ、気がつくと眠っていた。
マルコーさんってもてるんですね、最後の患者を送り出した後、ぽつりと呟いた彼女のセリフにノックスは、なんだ焼き餅かと言葉を返した。
「以前、ドクター・マルコー先生がこちらにいらしたでしょう」
患者の言葉を思い出し、ノックスは錬金術目当てだなと呟いた。
「国から認められている人間だしな、勘違いしている人間もいて空気から金を生み出すことができるって信じている人間もいるくらいだ」
「なんです、それ、魔法使いじゃあるまいし」
「金持ちだと思ってるんじゃねぇか、ただの町医者なんだけどなあ」
「マルコーさんって黄金持ちなんですか」
その言葉にノックスは吹き出すというよりは、おかしくてたまらないとげらげらと笑い出した。
「まじめなのはいいが、欲がねぇからな、あいつは、だから、この歳まで独り身なんだよ、頼むぜ、あいつの面倒、看てやってくれよ、老後まで」
「な、なんです」
「あのなあ、イシュヴァールまで行ったんだろ、わかるぜ」
にやにやと笑うノックスの顔を見ながら、女は視線をそらした。
「まあ、あいつは、まじめだからなあ、昔からだ」
「何です、それ」
見透かされているなと小声で呟く彼女に、いいと思うぜ、俺はとノックスは背中を押すような言葉をかけた。
「のんびりもいいがな、待ってたところで、あいつからってことは万が一にもないぞ」
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