これは着服、いや、横領ということでいいのかな、軍を退職した元、大統領の言葉に男は、すぐには返事ができなかった。
何故、自分の目の前にいるのかと疑問に思うが、これだけははっきりと分かる、それはは自分が、とんでもないことをしたということだけだ。
ばれることはないと思っていた、いや、発覚したとしても謝れば何とかなるだろう、なのに、これはあまりにも予想外のことだと混乱していた。
数ヶ月前、何らかの異変で違う国から真理の扉の向こうから来た外国人、ほとんどが未成年といってもいい年齢だった為、軍は彼らに月々の生活費支給することを決定した。
しかし、全員が子供というわけではなく、一人の成人した女性を見て男はよからぬ事を考えた。
「いい年して、働けよ、恥ずかしくないのか」
声をかけ、その女が受け取る筈の金を。
最初は、ばれないだろうかと思ったが、何事もなく一ヶ月あまりが過ぎた、男が味を占めたのも無理はない、ところがだ。
目の前には予想もしない人物が、自分のやったことを問い詰めてきた。
それが今だ、しかもブラッドレイ、元、大統領だ、何故と思ったのも無理はない。
「彼女が何も言わないのをいいことに、ずっと続けるつもりだったのかね」
顔を上げて相手の顔をまともに見る事さえできなかった、だが、
今後は、この口座に振り込みたまえ、勿論、今まで君が横領した金額もだと言われて男は深く頭を下げた。
「君をクビにするのは簡単だ」
退職したとはいえ、自分が言えばどうとでもできるといわんばかりだ、だが、いきなり目の前に出された書類を見ると男は不思議そうな顔になった。
書かれていた口座名義は日本人の名前ではなかったからだ。
「聞いたことぐらいあるだろう、二つ名を持つ人間は決して多くはない、彼女は彼の元で助手として働いている、もしも、今後、同じようなことをすれば君は錬金術師の心証を悪くするどころではない」
「ま、待ってください」
男は叫んだ、知らなかった、いや、自分はそんなつもりはなかったと。
「卑怯というよりは姑息なやりかただ、誰かに指示されたのかね」
「い、いえ、そんなことは、自分の独断で」
「君が、これを始めたのは大統領選の進出で候補者が、いや」
怖々と視線を向けると目の前の男はにっこりと笑っている、だが。
「私は誰かの特別な後援、支援につくつもりはない、私の言いたいことがわかるかね」
いや、これは独り言だよ、その言葉に男は顔を上げる事ができなかった。
何か欲しいものはないかねと聞かれても、今のところは何もないですときっぱり、はっきり言われては返す言葉もない。
正直、困ってしまうところだ。
軍から支給される彼女の生活費が自分の口座に入金されるのは別にいいのだが、その使い道だ。
彼女の金なのだが、医学書や診療に必要な器具や雑費に使おうとするのだ。
女性なのだから服やアクセサリー、化粧品などに金をかけてもいいと思うのだが、これはあっさりと却下された。
「金で買えるものが欲しいなんて、子供の頃ならともかく、今は無理です」
真顔で言われてしまうと確かにとマルコーも思ってしまう、いや、答えづらい。
世の中、大抵のものは金で買えるがそうでないものもあるのだと知ったのは分別がつくようになって、つまるところ大人になってからだ。
「もう一度、○○したいとか、優しい△□○が欲しいとか思ったんですけどね」
「何だね、それは」
「叶ったというか、今、十分すぎるくらい満足しているからいいんです」
にっこりと笑顔が返ってくる、正直、何が言いたいのか意味がわからない。
金のことだけでなく、いや、それ以外のことも、彼女は大人なのだから口を出さなくてもいいのだ。
だが、つい気になって口を、いや、世話を焼いてしまいそうになる、娘でもいたら、こんな感じだろうかと思いながら窓の外を見た。
その朝、突然、言われてマルコーは驚いた。
自分に支給された金を使って旅行に行きたいと言われてマルコーは一瞬、悩んだが考えてみれば、こちらに来てから休みらしい、いや休日といったものがなかったのだ。
羽を伸ばしてゆっくりと休んで来るといいと送り出すつもりだったが、一緒に行くんですよと言われてえっとなった。
助手が休んで先生が留守番なんて、おかしいでしょうと言われては返す言葉もない。
観光とかはしなくていいから、ホテルに泊まって、ゆっくり休んで、ご飯を食べて、だらだら、のんびりしたいです。
なんだか年寄りっぽい過ごし方だが、休みってそういうものですよ、観光して足も体も疲れてなんてごめんですと言われて、納得してしまう自分がいた。
それに自分も楽と思い、なら週末を挟んで数日、療養所を休もうと考えていた、ところが。
医者の不摂生ってやつですねと言われてマルコーは面目ないといわんばかりの情けない顔で天井を見上げたのは、どんな顔をすればいいのかわからなかったからだ。
仕事が忙しくて夜更かしが続いたからとか、理由をあげればきりがないだろうが、こうなっては仕方ない。
診療所は休みにしましょう、連絡はしておきますからと言われてマルコーは安堵した。
助手がいて、細々したことを任せられて自分が休めるなど以前なら考えられなかった。
寝込んでしまったことにより、旅行の予定をたてるつもりが中止になってしまった、悪かったと思ったが、彼女は仕方ないですよと自分の世話を至れり尽くせりというぐ
らいしてくれる。
イシュヴァールに戻って一人だったら、大変だったなと思わずにはいられなかった。