英・ストラトフォード・アポン・エイヴォン(街)

2017-08-17 22:06:00 | 旅行 ・ 装飾吊り看板

 

  こんにちは。

  8月に入ったとたんにこちらは雨の日ばかり。まるで戻り梅雨のような。

  皆さん、如何お過ごしでしょうか。

  次から次へと用事ができて忙しく、ブログ更新がすっかり遅れてしまいました。

 

  今日は、去年の夏に訪れたイギリスのストラトフォード・アポン・エイヴォンという街へご案内

  します。「エイヴォン川のほとりのストラトフォード」という名前です。

  イギリス南部の真ん中あたりに位置しています。

  ↓下の写真は、街の中。           

          

 

  何処にでもあるような田舎街ですけど、イギリスが世界に誇る劇作家ウィリアム・シェークスピア

  (1564~1616)の生まれ故郷として、有名な観光地。

  国の内外から毎日大勢の観光客が訪れています。

              

  ↓下は、シェークスピアの生家のあるヘンリー・ストリート。

  右手手前の煙突付きの長い建物が生家です。

  父親は皮手袋製造業者として多少の財を成し、当時としては裕福な家庭だったそうです。

          

  生家の中に入って見学しましたので次回にその写真をアップいたします。          

  シェークスピアはこの家で生まれ育ち、20歳を過ぎて妻子を妻の実家(農家)に残しロンドン

  に出て舞台俳優となって、戯曲も書くようになり、大成功を収めたということです。

  晩年はまたこの街に戻って妻や子供の傍で余生を送り1616年49歳で亡くなりました。

 

  ↓ヘンリー・ストリートの入口あたり。生家に続くこの通りは観光のメインストリート。

  お祭りでもあるのかと思うほど沢山の人出ですけど、みな観光客です。

  皆さん長袖ですね、これ7月初旬の写真です。                                   

          

 

  ↓下の建物は、シェークスピア・ホテル。

  白い漆喰の壁に木を組み込んで上から黒く塗ってあるのは、イギリスのチューダー朝(1485~

  1603)の時代の建築様式だそうです。

  木材は当時は高価なものだったので、チューダー様式の建物は富の象徴でした。            

          

  もっと豪華なチューダー様式の写真がこのブログ「英・チェスターの街と装飾吊り看板」その1

  とその2(2016年11月の記事)にたくさん載っていますのでよろしければどうぞ。

  

          

 

  イギリスのお天気はいつもそうですが、晴れていたと思ったら急に曇って雨が降り出します。

  この日も移ろいやすい空で、青空の写真があったり曇り空の写真があったり。

 

  ↓いつものように装飾風の吊り看板を探し求めて表通りや脇道をキョロキョロ。

  ここのは四角いのばかり。この程度のものではブログには載せられません。                     

                 

 

  ↓さすがに街のあちこちでシェークスピアの像を見かけました。

  下は銀行のようです。シェークスピアと銀行はあまり関係がなさそう。

  いえいえ、シェークスピアは結構財テク家だったらしいのです。お父さんが商人でしたので。   

          

 

  ところで、シェークスピアのことでちょっと気になるお話があります。

  去年テレビ朝日の「葉加瀬太郎が選んだスゴすぎ芸術家12人」という番組でも放送されて話題

  になったのですけど、「シェークスピア別人説」というのが昔から根強くあり、いろんなゴースト

  ライターの名が取り沙汰されてきました。それは映画にもなっています。

  シェークスピアは名前を貸していたに過ぎない、ただの劇場役者だと。

 

  2005年にアメリカの研究者が貴族出身の外交官ヘンリー・ネヴィル説を発表してから、その

  証拠はかなり信ぴょう性が高いので、有力な説になっていて、葉加瀬太郎の番組(わたしも観て

  いたのですけど)でもネヴィル説を放送していました。

 

  シェークスピアが疑われる根拠は、自筆原稿が残っていないとか、シェークスピア37作品の内

  半数以上は外国が舞台なのですが、各々の国の詳細な描写は滞在の経験がない人には記述不可

  能だけれども、シェークスピアは海外渡航は一度もしていないしパスポートも無い、などなど。

 

  実はわたしも、「ハムレット」の舞台になったというデンマークのクロンボー城を見に行った時、

  あまりにもハムレットの舞台そのもののイメージでしたので、このお城を見ないで想像力で書い

  たという話は信じられない気がしました。

  むしろお城を見てハムレットの人物像が出来上がったのではないかとさえ思えました。

  

  シェークスピアの作品は「リア王」「マクベス」「オセロ」「ハムレット」の四大悲劇や「ロミオと

  ジュリエット」「ヴェニスの証人」「ジュリアス・シーザー」などの37編。

  これだけの知識豊富な作品を中等教育を受けただけの人物に書けるだろうか、というのです。

  シェークスピアは本も持っていなかったし図書館から借りた形跡も無いのだそうです。

 

  シェークスピアが書いたと主張する学派を「ストラトフォード派」と呼び、彼が書いた作品では

  ないと主張する学派は「反ストラトフォード派」と呼ばれています。  

  ストラトフォード・アポン・エイヴォンも何とも複雑な立場に立たされて。

  もし別人物が作者だと学術的に証明されたら、この観光地は廃業ということになるのでしょうか?

 

  ↓吊り看板がありました 自転車屋さんではなくBRASSERIES・・レストラン風のビアホール。

           

          

 

  ↓下は、一年中クリスマス・グッズを扱っているお店の吊り看板です。

  その下は、この吊り看板が掛かっていたお店。 

           

 

           

 

  ↓FALCONとは描かれている鳥のハヤブサのことです。

           

   

  次回はシェークスピアの生家(16世紀の民家)の中を見学した写真などをご紹介したいと思い

  ます。どうぞお出かけください。

 

                            

 

 

         

 

  


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