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管理人 まりあっち

 枯葉剤機密カルテル(第9回)

2006-09-29 13:30:30 | Weblog
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     世界の環境ホットニュース[GEN] 592号 05年07月04日
     発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
           枯葉剤機密カルテル(第9回)       
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 枯葉剤機密カルテル                    原田 和明

第9回 コンクリートの廃墟

英国国税庁がいう「東ドイツの『除草剤』大型工場プロジェクト」に該当する工
場に関する情報はまだ見出せていません。しかし『除草剤245Tとその原料』
を製造していた大型工場は確かに東欧にありました。東欧諸国の中では東ドイツ
と並ぶ工業国・旧チェコスロバキアにあり、しかも、その工場の製品はベトナム
の米軍基地に輸出されていたのです。

ベトナム戦史では、米国がベトナム戦争に本格参戦した理由としていわゆる「ド
ミノ理論」が登場します。「ドミノ理論」のドミノとは将棋の駒のことで、ベト
ナム戦争当時、米国政府は、もし南ベトナムが共産化すれば、全東南アジア諸国
が将棋倒しのように共産化する恐れがあると主張、「共産主義の拡大阻止のため

と称して自らのベトナム参戦政策を正当化しました。

歴史としては この見通しは当たりませんでしたが、米国の参戦が あったからこ
そ、戦後 共産主義が広まらなかった のだとの主張もあって「ドミノ理論」の真
偽のほどは決着がついていません。ところが、東欧に枯葉剤工場があったとした
ら、このドミノ理論はどう解釈したらよいのでしょう? ドミノ理論は 戦争を正
当化する口実に過ぎず、戦争で儲けたいとの欲望には西も東もないということで
しょうか。

ソポラナ社は、チェコ共和国(当時はチェコスロバキア)の首都プラハの北約25
キロメートル、エルベ川河畔にあります。同社は1965-68年 の間に塩素系除草剤
245Tを生産し、「オレンジ剤」の構成要素のひとつとして旧共産主義の体制
下にもかかわらず、ベトナムの米軍に輸出していました。同社では245Tの生
産工程で、大量のダイオキシンが副生し、工場を汚染したのです。

情報筋の話によるとソポラナ社の245Tは米軍が使用したオレンジ剤の中でも
特にダイオキシン濃度が高かったということです。3年間だけの操業であったに
も拘わらず 工場の建物は 今日でも地球で最も汚染された場所のうちの1つであ
るとされています。これらの建物は30年以上前に閉鎖され、それ以来放置された
ままなのです。そこには汚染された施設、生産中止になって使用されなかった原
料と中間製品がそのまま残されています。ひどいダイオキシン汚染のために、建
物の再生は不可能です。それどころか保守管理もできないので工場の劣化も早か
ったのです。(グリーンピース・チェコ発表)

ソポラナ社が1968年に245Tの生産をやめた事情についてはチェコの環境保護
団体 ARNIKA が2002年5月23日のプレスリリースで次のように述べています。

「ソポラナ社では、約80人の従業員に 重篤な症状が発生、1968年に農薬生産を
 やめざるを得なくなりました。被災者のほとんどは職業病に認定されましたが

 補償金額がわずかだったために、皮肉にも生活のためソポラナ社に残らざるを
 えない従業員もいました。症状がひどかったので他所では仕事を見つけること
 ができなかったからです。元労働者の多くは、既に亡くなっています。ARNIKA
 では 2001年に発行された政府の最終報告書の写しを入手、1965-1968年にソポ
 ラナ社で働いていた元従業員4人の血液中ダイオキシン濃度は 平均 375,1 pg
 TEQ/gで、一般人(32,5 pgTEQ/g)と比較して 10倍以上も高い値を示している
 ことがわかりました。」

ソポラナ社の245Tは、Foreign Trade Corporation という商社を通して、直
接南ベトナムの米軍基地に運ばれました。(グリーンピース・チェコ、プレスリ
リース)西側の民間化学会社の245Tの生産・流通システムが「機密」を旨と
して敢えて、生産地→シンガポール→オーストラリアまたはニュージーランド→
メキシコ等→南ベトナムといった複雑な経路を経由していることと比較すると、
共産圏の245Tは通常の商取引のように生産地から直接南ベトナムに持ち込ま
れているという違いがあります。

その理由は2つ考えられます。まさか米軍が使用する枯葉剤が共産圏で生産され
ているとは誰も想像だにしないだろうと考えられること、もうひとつは共産国家
での強力な情報管理のため機密は担保されると見込まれることがあったのではな
いかと思われます。

もっとも情報管理については米国も大差ありません。1962年のキューバ危機直後

米国防総省のアーサー・シルベスター報道官は、国家安全保障に関わる事態なら
政府は 国民にウソをつく 権利があると「失言」しているのですから。(松岡完
「ベトナム戦争」中公新書2001)

1981年に、チェコのベジュプコワ博士が米国専門誌「Archives of Environmental
Health
」にソポラナ社従業員の被災の経過を投稿し、大反響がありました。博士
は当時の政府の情報統制を遵守してダイオキシン被害発生場所には触れませんで
したが、政府は社会主義国チェコスロバキアの名誉を傷つけたとして博士を断罪
しました。(Miroslav Suta「ソポラナのオレンジ剤」グリーンピース・チェコ・
プレスリリース)

ソ連崩壊後の1992年6月に米国 ICF 社が実施したソポラナ社の汚染状況調査結果
に基づいて、チェコ政府が基金を設立、工場の一部について汚染除去することに
なりました。1998年には工場の建物の一部を取り壊し、1000立方メートルのコン
クリートで固められ、封印されました。ソポラナ社の声明によると、これだけで
汚染除去にかかった費用は 6600 万チェコクラウン(約2.5億円)とのことです。
2001年1月にアクアテスト社がダイオキシンで汚染された建物2棟のリスク分析を
終えましたが、ソポラナ社は調査結果の公開を拒否しています。

最近、グリーンピースはソポラナ社の重要秘密文書を入手、公開しました。それ
らによると、工場周辺から高濃度のダイオキシンが検出され、工場自体の劣化も
相当進んでいました。建物のひとつは鉄骨造の屋根が腐食して崩落しており、他
の建物では鉄筋コンクリートの壁がひび割れから腐食が進み、ぼろぼろになって
いる、リスクは日々高まっているというのです。

ソポラナ社の工場はエルベ川の近くに建てられています。エルベ川は50年に1度
くらいの割合で氾濫をおこしていますので、もし氾濫したらダイオキシンだけに
限らず、同社が生産してきた他の塩素系農薬DDT、DDE、245T、BHC
やエンドリン、リンデンなど 様々な汚染物質を 周辺にばらまいてしまう恐れが
ありました。

そして、2002年8月、恐れていたことが 現実のものとなりました。チェコ、ドイ
ツを中心としてヨーロッパは記録的洪水にみまわれたのです。ヨーロッパ中央部
を南から北へ流れるエルベ川が増水し、チェコでは首都プラハで所によって3~
4m浸水、5万人が避難し、チェコ全土では約22万人が避難、死者15名、約30億
ユーロ(約3800億円)の被害が発生しました。ドイツでは、被災者約34万人、被
害総額 92億ユーロ(約1兆1000億円)の被害でした。この洪水の規模については
現在 各国の専門家により解析がなされ、およそ200年から1000年に一度の洪水で
あったと見られています。(日本国土交通省河川局HPより)

このときの洪水でソポラナ社の工場が浸水してしまいました。さらに、浸水時に
工場で小さな爆発があり、工場から煙がでているのが 目撃されています。(2002
年 8月16日グリーンピース・チェコ発表)その後、洪水によってソポラナ社の下
流にあるチェルニノフスコ自然保護区で 環境基準の500倍のダイオキシンが検出
され、工場もたびたび塩素漏洩事故を起こしているにも関わらず同社はどんな賠
償にも応じないとの姿勢をとっていました。

洪水によってソポラナ社から流出した毒物はダイオキシンばかりではありません
でした。IPEN(残留性毒物国際除去ネットワーク)が2002年10月24日発表し
たところによると、ソポラナ社の下流の泥から高濃度のTCDD(最も毒性の高
いダイオキシン=245Tの副産物)、DDT(有機塩素系農薬)、PCB(有
機塩素系熱媒体)が検出されたのです。

2003年3月、チェコ環境省は ソポラナ社工場におけるダイオキシンとPCB(ポ
リ塩化ビフェニル)の汚染状況の調査結果を公表しましたが、際立った汚染は観
察されなかったとのことです。グリーンピースと ARNIKA は他の地域における分
析結果との比較から環境省の調査結果に異議を唱えています。(2003.3.28 グリ
ーンピース・ARNIKA 共同プレスリリース)そして、地元住民らは 2003 年5月に
ソポラナ社を提訴しました。工場周辺の汚染には自由主義であろうと共産主義で
あろうと違いはありませんでした。

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