
第1章 金がない老人たち
第2章 心が貧しい老人たち
第3章 不満をぶつける老人たち
第4章 居場所がない老人たち
第5章 Gメンから見た万引き老人
第6章 「盗まれる側」の論理
第7章 孤独を生きる老人たち
老後貧困、貧困老人といった言葉が流布する現代社会。高齢者世代の「困窮」は、万引きの現場に目を移すとその輪郭をハッキリと現す。万引きに走る原因は収入、貯蓄の不足、無収入といった金銭的な困窮はもちろんだが、孤独感や疎遠な家族関係といった心の寂しさ、肉体的な病気や心の病などの苦しみから物を盗む老人が急増している。捕まえて話を聞くと、それぞれが抱える身の上話に思わず同情することもあれば、あまりの身勝手さに怒りに打ち震えることも。凄腕万引きGメンが明かす老人万引き「現代ニッポン孤独な心」の現場リポート。
商品を乱暴に扱うのは、万引き犯が示す特徴的なふるまい、「挙動」のひとつだ。
金を払うつもりがないから、どこかモノを粗末に扱うのである。
万引きは刑法235条の窃盗罪が適用される。
2006年には法改正がなされて、それまで科されていた10年以下の懲役刑のほかに、50万円以下の罰金刑が新たに加わった。実際の現場では法改正の事実や罰金刑の存在すら知らないまま捕まる万引き犯が大半だ。
わずか100円程度のおにぎりひとつ盗んだために、30万円の罰金を支払う被疑者も珍しくないため、万引きがわりに合わない犯罪になったことは間違いない。
年長の警察官が冷たく言い放った。
「癖になるから、今日のところは勘弁してください。こいつらは娑婆にいるほうがつらいし、こんなのばかりパクっていたら仕事にならないんですよ」
警視庁が2009年に万引きの全件通報指導を強化して以来、現場でこのセリフを何度聞いたことだろう。万引き犯が「釣り堀状態」にある食品スーパーでの捕捉は、途切れることがない。それをすべてまともに処理すれば、留置場はすぐに一杯になり、その警察署の業務はパンクしてしまう。
見た目でそれとわかるホームレスの人ほど、ちゃんと金を払って買い物をする傾向にある。店に入った瞬間から店員や周囲から視線を集めるが、彼らは必要なものをちゃんと自分の持ち金で買っていく。毎日、夕方6時前に来店して、弁当に半額シールが貼られるのをじっと待つ倹約ホームレスも多い。特売品がなければ、割引シールが貼られた食パンを買って帰る。
買い物に来ているにもかかわらず、
「金を出して買うのがもったいないから盗んだ」
という理屈が、多くの万引き老人に共通する真理のように思う。
捕まえた老人たちは「魔がさした」とよく口にするが、その「魔」の意味を尋ねてみても、誰ひとりとして答えられた者はいない。
人になにかをプレゼントをするために万引きをする老人も意外なほどに多い。
この男に不審を抱いたきっかけは、無数のポケットがついた釣り用のベストを着ていたことだった。ポケットが多いジャンパーやベスト、カーゴパンツなどを身に着けた客が来店すれば、保安員はすぐに警戒する。隠すところが多ければ多いほど、万引きの実行に至る確率が高まるからだ。定年後の現在も大きな不動産会社の相談役を務めているらしく、「今日もレクサスに乗ってきた」と自慢げに話す。金持ちであることを証明したいのか、財布の中から50枚ほどの1万円札の束を取り出して見せびらかす始末だ。
社会的地位が高かった者ほど虚栄心が強い
若い警察官に男の身柄を引き渡した。
その場で無線を使って前歴照会をした警察官が、急に顔色を変えた。
このベスト、すでに前科5犯。先月も万引きで捕まっており、30万円の罰金を支払わされたばかりだというのだ。
「窃盗の現行犯で逮捕するから、両手を出して」
「なんでこんなことで逮捕するんだ。10倍の金を払うから逮捕だけは勘弁してくれ」
「それは、無理だよ」
「逮捕されるくらいなら死んでやる!刑務所なんて絶対に行かないぞ!」
「金を払えばいいだろ」と「死んでやる」は、万引き老人お決まりのセリフだ。
過去にも、小学校の教頭や元区議会議員、大手製薬会社の重役、数多くの著作を持つ著名な研究者など、社会的地位が高い老人を捕まえてきた。犯行理由を聞けば「悪気はなかった」「無意識だった」と口を揃えるが、万引き実行中の挙動を目の当たりにしている私からすれば、その悪意は明白すぎるほどだ。
数は少ないものの、「言い訳型」よりもさらにタチが悪い万引き犯がいる。
反省など皆無の「居直り型」だ。
声をかけた瞬間から「なんですか?なにを盗ったというんですか?」と挑発的な態度を取る常習犯の多くは、証拠を突きつけられても「他の店で買ってきた」「自分のモノだ」と否認を続ける。なかには「勝手に入れられた」と責任転嫁えおしたり、「あんたが見たからって証拠になるのか」と突っかかってきたりする者までいた。
こうした居直り型は常習犯に多い。
彼らは、一度捕まえても決して安心できない。
もしろ、一度捕まえたことでトラブルが増えるケースもある。
その代表例が、逆恨みによる店への報復行為だ。
「店員の態度が悪い」「店員がすぐに来なかった」などと、従業員に対するクレームを繰り返す。
女性の万引き犯がブランド物のバックを使って犯行に及ぶケースにはよく遭遇する。
「金は持っている」と周囲にアピールする意味と、もともと虚栄心が強いタイプが万引きに走る傾向にあるからだろう。
心の隙間を埋めるための万引き
万引き老人は、ひとたび捕まると、病気を理由に罪を逃れようとすることが多い。
事務所に連れていくや、胸を押さえて床に倒れこむ。
突然、認知症のふりをはじめる。
肝の太さでいえば、人はここまで図々しくなれるのかと思わず唖然とさせられた老人がいた。万引きして捕まった建設業を営む老社長が「盗んだ商品は買い取るから許してくれ」と、事務所で涙ながらに懇願してきた。その店では初犯だったこともあり、店側は買い取りのみで許すことにした。平謝りで、買い取り品を手に事務所を出た老社長。だがその直後、なんと彼はサービスカウンターに行き、それらの返品手続きをはじめたのだ。
大量の商品を盗みながら、安価な商品だけを清算して出て行く行動は、多くの万引き犯に見られる典型的な挙動のひとつだ。周囲の目を欺くと同時に、買い物をすることで少しでも罪の意識を薄くしたいのかもしれない。
「万引きしたくなったら大切な人や家族の顔を思い出せ」
と言われるが、大切な人を思い出せない老人も多い。
妻が身柄を引き受けること、その日の深夜に帰宅を許された。
だが、老人を迎えにきた妻の怒りは相当なもので、警察署の玄関で離婚を宣言したという。
「たかが万引き」で、大切な人を失うことが実際にあるのだ。
ホームセンターにおける大量盗難は、犯人が仕事で使うモノをタダで手に入れるために盗むことが多い。
万引き老人の中には事務所に連れていかれた途端、慣れた様子で床に正座しはじめる者が結構いるが、「こうすれば許してもらえる」という本心が透けて見えて、むしろ不快な気持ちにさせられる。実際、前科38犯という84歳のウソツキ老婆もいた。
万引き常習者の多くは、狭くて商品の少ない小売店よりも、大量の商品が並ぶ大型店を好む。
「そのチョコレートとか、お金払ってないでしょ?」
「払いました。本当に、払いました」
「レシートは?」
「ないです、捨てちゃいました・・・」
買ってないのだから、レシートなどあるはずがない。
嘘をつき続ける女に業を煮やした私は、最終通告を突きつけた。
「あ、そう。認めないなら、いますぐ警察を呼んで調べてもらうけど、それでいいのね?」
いずれにせよ警察を呼ぶことになるのだが、このセリフは万引き犯に罪を認めさせる≪水戸黄門の印籠≫だ。特に、「お上に逆らっちゃいけない」という意識が強い老人世代に絶大な効果を発揮する。
翌日、彼女が人のよさそうな夫とともに謝罪に現れた。
その際、「仕事中に長時間の取調べを受けたおかげで会社をクビになった」と恨み言を漏らしたため、夫に怒られていた。制止を振り切って軽トラックを急発進させた経緯も伏せていたようで、その事実を私から聞かされた夫の驚きは相当なものだった。
彼は怒りで目を吊り上げ、唸るように呟いた。
「もう、お前死ね・・・」
長年連れ添った夫婦でも、万引きひとつで簡単に壊れる。
少数派ではあるが、換金目的で万引きを繰り返す老人もいる。
長期にわたって高額商品の窃盗を繰り返し、たった一人で数千万円もの被害を生み出す職業的万引き犯、万引きで生計を立てていると豪語する常習犯など。
ひどい話だが、家族総出で犯行を繰り返す万引き一家も存在する。
見張り役を兼ねて犯行を指示していた老夫婦は、私に声をかけられると、姉妹を見捨てて一目散に逃走した。見捨てられた姉妹に話を聞けば、日頃から一家で万引きを繰り返していてらしく、捕まるときは一緒だと約束していたらしい。恐るべき家族だが、日常的に万引きをしているためか、娘たちに罪の意識は希薄だった。二人は万引き行為について詫びることなく、「両親に頼まれて仕方なくやった」と居直っている。
その後、警察に呼びだされた老夫婦は、娘が勝手にやったことだと容疑を否認して、そのすべてを姉妹に押しつけようとした。娘が娘なら、親も親である。家族間で罵り合いが始まり、2チームに分かれて罪をなすりつけ合う光景にはうんざりさせられた。この種の万引き犯に限って、黒地に金ラインのジャージや、可愛いキャラクターのついたスウェットを着ているから不思議だ。
結局、防犯カメラの映像が決め手となり、一家4人全員が逮捕された。
「住所がないって、普段はどこで寝ているんですか」
「金がある時は、ネットカフェとかサウナに行きますけど、大体は車の中ですね」
「ご自分の?」
「いや、中古車屋に展示してある車です。大体鍵がかかっていないし、風雨をしのげるから」
捕らえられた万引き犯は「自棄になった」とよく口にある。
我々保安員は取り調べ類似行為は禁じられている。
一点現視(保安員がひとつの商品を盗む瞬間しか確認できなかった状況)での捕捉を禁じている商店もあれば、同様のルールを保安員に徹底している保安会社もあるほどだ。
多数の捕捉経験を有する私は、万引きをする人間がすぐにわかる。
誰が万引きするのかを見分けるには、その「挙動」を分析するしかない。
保安員が基本とする着目ポイントは「目つき。顔つき、カゴの中」と言われる。
そこで「怪しい」と感じた人物の商品の取り方や歩く速度、服装、持ち物などを観察することで、通常客と万引き犯を見分けていくのだ。
不思議なもので、≪やる気≫で来店する者は店に足を一歩踏み入れた瞬間から怖い顔をしている。目にも見えると感じるほど強い殺気を発している人物も多く、客の入店をチェックすることは、万引き犯を割り出す有効な手段のひとつといえる。
多くの女性は他者の視線に敏感で、我々保安員の追尾を察知する能力も高い。
私にとって一番の難敵は20代から40代の女性万引き犯で、追尾に気づかれてチャリされる確率が高い。万引きに限っていえば、男性より女性のほうがあきらかに上手なのである。
ただ、そのぶん「ステルス」(買い物客に自然と溶け込み、滅多なことでは見破れない保安員)と呼ばれるベテランおばちゃん保安員の視線にはなかなか気づかないようで、その世代の女性万引き犯ばかりを得意にして捕らえる保安仲間もいる。また、女性は捕まると、家族に知られることをなにより恐れ、長時間にわたって泣き続けるのが大きな特徴といえるだろう。
目線を隠せる上に視界も保てるサンバイザーは、女性万引き犯が好むアイテムのひとつで、普通の帽子やマスクを着用している者よりも実行に至る確率が高い。そもそも、日差しの弱い冬の日、しかも店内でサンバイザーを着用しているのはあきらかに不自然だ。
そのいでたちに私のセンサーが反応し、追尾をはじめると、鮮魚売り場で老婆が中年の女に指示してバッグを開かせた。5枚入りのパックの鮭の切り身を一瞬で放り込む、その無駄のない動きに驚愕した。仮に捕まりにくい「一点窃取」を繰り返していたとすれば、この2人が常習者である可能性は極めて高い。
「あんまり盗ったら悪いと思って・・・」
店に来るたびに万引きしていたのに、「そんなに盗っていない」と平気な顔で話す彼女に反省の色はない。たとえ1点でも盗みは盗みだ。「必要最低限のぶんだけを盗んだ」という主張には、なんの意味もない。
共犯での犯行は、単独犯よりも悪質とみなされて、罪が重くなる。
前歴やブツ量を問わず、逮捕になる可能性が高いのだ。
「捕まったのは初めてだ」という母と娘だったが、そのまま逮捕されることになった。
「そんなの関係ない」
すがる母親に冷たく言い放った警察官は、テーブルの脚を持ってしゃがみ込む娘の腕を持って立たせると、呆然とたたずむ彼女の手首にも手錠をかけた。
その後、2人合わせて50万円の罰金刑を受けたというが、支払えたのかどうかはわからない。
全国の万引き被害総額1兆407億円;平成27年度推定
一日平均にするとその額は28億4,000万円
「お願いです。警察だけは勘弁してください。退職金がもらえなくなっちゃう・・・」
その後の調べで、この老女は公務員であることが判明し、まもなく逮捕された。
「明日の新聞に出るかもしれないな」
臨場した警察官はどこかうれしそうだ。
彼らにとって、公務員の逮捕は大きな【得点】だ。
そのかたわらで、逮捕されることになった赤貝女はただ呆然としていた。
決まってタコの刺し身を盗みことから、「タコじいさん」とあだ名をつけられ、店のスタッフからは忌み嫌われている。
タコじいさんの所持金は2000円弱で、商品を買う金は持っている。盗んだ理由を聞けば、毎度のことながら「金を払うのが嫌なんだ」と言う。
内部の人間による万引き=「内引き」
私の手により捕まった店長は解雇され、30年近く勤めてきた職場を退職金ももらえずに店を去った。被害総額は、およそ1,400万円。刑事告発されない代わりに、多額の解決金を支払った店長は、悲しいことにその首を自らくくった。
昨今、従業員による内部不正があとを絶たない。
内引きの年間被害は、一説には1,450億円にのぼり、これに納入業者による不正を加えれば2,000億円を優に超えると言われている。
「ここ数年、レジ金に毎月十数万円の誤差が生じているので原因を究明してほしい」
万引き被害や内部不正などによって生じる商品ロスは、各商店の経営を圧迫するだけではなく、他の消費者にも負担を強いることになる。商品価格に上乗せされ、消費者に転嫁されるからだ。
防犯の切り札・顔認証システムが抱える問題
万引き常習者をはじめ、登録された迷惑客やクレーマーが来店すれば、自動的に行動を監視。
一説には99%以上の確率で同一人物か否かを判定できる。
先日、「買い物に行くたびに万引きすると疑われて困っている」
という女性から相談を受けた。
どうやら女性はその店の顔認証システムに不審者として登録されているようで、いつ行っても入店した直後から店員や保安員、警備員などの監視されている状態らしい。
「国から金(生活保護)もらって生活している上に、人様のモノを盗むとは、どんでもないヤロウ(68歳老婆)だな。ウチの店は、あんたの倉庫じゃないんだよ!」
「もう二度としませんから、警察だけは勘弁してください。
いま生活保護を打ち切られたら、私たち生きていけなくなっちゃう」
生活保護者が逮捕されると、拘留中は停止となる。さらに起訴され、実刑となれば廃止される。この店は警察を呼ばない代わりに、店長が万引き犯を罵倒するスタイルだ。
怒り心頭の店長がパイプ椅子を蹴飛ばして、泣きじゃくる老女をさらに追い込んだ。
「それなら、死んじまえばいいじゃねえか。どうせ生きていたって、人様に迷惑ばかりかけるんだからよ。この、クズ。金払ったら、とっとと帰れ。二度と来るんじゃねえぞ!」
「店長、いくらなんでも、ちょっと言いすぎですよ」
たとえ万引き犯でも、「死ね」と言ってはいけない。
「私たちに生きる価値がないことくらい、言われなくてもわかっています・・・」
二度と来店しない誓約書を店に提出することで解放された。
その30分後。
先導する駅員の手には、先ほど捕捉した老女のロゴ入りバックが握られていた。
彼女が駅のホームから電車に飛び込んだのはあきらかだった。