プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

Dear my・・・

2010-04-05 23:59:23 | SS




 ―世界が回っている。
 という表現は正しくないのかもしれない。地球は回っているが世界が回っていると言うのはおかしい。むしろ自分が回っていると表現すべきなのかもしれないが、残念ながら自分の体は微動だにしていない。それなのに目に映る世界はぐらぐらと不安定に揺らめいている。コレを世間では矛盾と言う―
 結局亜美はそこで考えるのをやめた。要するに風邪を引いて自室のベッドから動くことも出来ずに目を回していると言うだけの話なのだが、こんな状況でも必要以上に考え事をするのは最早習性と言えた。
 目を閉じても頭が揺らぐ感覚は変わらず、どこか奇妙な浮遊感さえ伴って気持ちが悪い。体は体で節々が痛み、ベッドの中に重く沈んでいくようだった。頭と体がばらばらとはこのことである。
「…あうー…」
 口から意味のない言葉が漏れるが答えるものはいない。唯一の家族である母は仕事である。この時期に医者に家庭にいる暇などない。十番街では悪性ビールスが猛威を揮っており、病院は完全に飽和状態であった。久しく母の顔を見ていない。
「はぁ…」
そして自分もそのビールスに例外なくかかってしまっている現状が情けない。気をつけていたつもりではあったが、かかってしまった以上亜美には呻くことしかできなかった。
 着たきりの寝巻きは汗まみれ、寝続けていても無条件で胃は食欲を訴える。それでも動く気力はなかった。ため息しか出ない。
「(…着替えたいし…お腹、空いたなぁ…でも動けそうにないし…そういえば、ほかのみんなは大丈夫なのかしら…特に…)」
 他のみんな、と思うとふと仲間たちが恋しくなった。体調を崩せば人恋しくなると言うが、特に一人、頭に浮かんだ人物がいた。
 茶髪に天然パーマをポニーテールにまとめた姿。長身に薔薇のピアス。
「…まこ、ちゃん…」
 彼女の名を掠れた声で呼んでみて、やるせない気分に陥り寝返りを打つ。姿勢を変えてぐらつく頭で考える。考える癖は治らないものの、思考はいつもよりはるか鈍い。
「(…どうしてまこちゃん…?あ、独り暮らしだから、かしら…体調を崩してたら…心配だわ…でも…今の私じゃどうしようもないし…)」
 考えてて熱が上がっていくような感覚を覚えた。何故かは判らない。深く考える気にもならなかった。―単に、具合が悪いのだ。
「(…まこちゃん…大丈夫ならいいけど…でもまこちゃんなら体調管理しっかりしてそうね…むしろ私が怒られちゃいそうだわ。それで…きっと勉強しすぎとか言われて…ちゃんと寝ろとかサンドイッチばかりじゃ駄目だとか言われるんだろうな…)」
 思いつく限り彼女が言いそうなことを思い浮かべてみる。不摂生な自分に対する戒めの言葉しか浮かんでこなかったが、何故か悪い気はしなかった。
「…ま、こ、ちゃん…」
 
 ぴんぽーん

 自分のうめき声だけしか聞こえない室内にチャイム音は高く響いた。
自分のための着替えに起きることもできなくても、人の訪問を無視することは出来ないのが水野亜美の生真面目さである。鈍く重い体を無理矢理起こす。
「(…もしかして…まこちゃん、かしら…まさかね…)」
 起き上がる瞬間に起こる頭痛に顔を顰めながらも、スリッパと上着を引っ掛け壁に添うようにインターフォンに向かう。一旦立ち上がってしまえば、然程辛くはなかった。それに、彼女がお見舞いに来てくれたのかも、という淡い期待があったのだ。以前までの自分とは違い、揺るぐことのない信頼のある仲間がいることが、亜美の心を軽くさせていた。しかし、特定の一人に思考が傾きすぎていることには未だ気付いていない。水野亜美、天才少女―のはずだが。
 インターフォンのボタンを押し、画像を出す。すると俄かに現われた姿はやはり自分のよく知っている人物であった。
『はっろー!美女と野獣でーっす!』
『美奈!誰が野獣だよっ!?』
 ただし予想とは少し違ったが。
「み、美奈子ちゃん!?アルテミス!?」
『正解!やっほー亜美ちゃん元気ぃ~?』
 底抜けに明るい声と金糸のような髪に真っ赤なリボン。一目で視線を奪われるその容姿。セーラー戦士のリーダーであり、自分の友人でもある彼女。
『って、風邪引いてるんだから元気なわけないわよねぇ!お見舞い来ちゃいました!!』
「お見舞い…?」
『そうよ!だから開けてくれる!?』
「ご、ごめんなさい!すぐ開けるわ、待ってて!」


 程なくして美奈子は玄関に現れた。満面の笑みと白い猫を伴い、我が家のようにズカズカと上がりこむ。
「あらー顔色悪いわねぇ亜美ちゃん、駄目じゃない!もう、具合悪いんだから寝てなくちゃ!」
「…は、ぁ…?」
 亜美は気の抜けた声を出す。―呼ばれなければ大人しく寝ていたはず。しかしそれを問答するほどの余裕はなかった。
「ささ、病人はベッドに戻る!」
 背中をずいと押され、亜美はただ為すがままにベッドに戻される。
「でも折角立ったんだしちょうど着替えようかと…」
「あんもう亜美ちゃん!何のためにあたしが来たと思ってるの?この、愛の女神の愛野美奈子にお任せあれ!タイタニック号くらいの大船に乗った気でいて!」
 ―珍しく用法は合っていたが、同じ大船でもタイタニック号は沈没船の代名詞的存在である。胸に一抹も二抹も不安がよぎった。
「…大丈夫かしら」
 しかしありがたいのも事実だった。帰国子女なのだから言葉のあやなどいくらでもあるだろう。今日は何も言わずにただ厚意に甘えよう、そう思った亜美は大人しくベッドに潜り直す。
「亜美ちゃん、今おかゆ作ってくるから大人しく待っててね~、あ、何かあったらあたしを呼ぶなりアルテミスに言いつけるなりしてね!」
「…ありがとう、美奈子ちゃん」
 彼女の親切が身に染みて、微かに涙さえ浮かべている自分がいた。心音が高い。―仲間が、いる。自分のために時間を割いて、わざわざ来てくれた。節々が痛む体を沈めるベッドの中で、温もる胸を抱く。
「…亜美、大丈夫かい?」
 白猫がベッドの下から声をかけてきた。会話をするときは相手のほうを向くのが礼儀だと、亜美は体をアルテミスに向ける。ベッドから出ない無作法は許してくれるだろう。
「ええ、アルテミス。心配してくれてありがとう。本当はちょっと辛かったんだけど、美奈子ちゃんが来てくれたから心強くなってきたわ、さすがに愛の女神ね…あ、勿論あなたも来てくれて嬉しいわ」
「いや…そのことなんだけどさ」
 アルテミスは言葉を曖昧に濁す。
「亜美は…美奈のこと、好きかい?」
「…?ええ、勿論」
「そして、僕の知ってる亜美は優しい、だろ?」
「…そうなのかしら。そう思ってくれているのなら嬉しいけど…」
「で、僕がこれから言うことを信じてくれるかい?」
「…どうしたのアルテミス、さっきから?」
「だから、さ。あいつに悪気はないんだよ。本当に悪気はないんだ…だから、美奈のことを許してやってくれよ、な?」

 がしゃん。ばん。どかん。

 平和な家庭に似合わない破壊音が台所から響いた。
 亜美が目を見開く。アルテミスは「あーあ」とでも言わんばかりに目を細め耳を倒す。そこで亜美はアルテミスが何を言いたかったのかをようやく理解した。
「あはは、ごっめーん亜美ちゃん!ちょっとお皿割っちゃったけど、ちゃんと片付けておくから!」
 美奈子が顔だけをこちらに明るい表情で謝り、またすぐに台所に戻った。―皿を割った音でどかん、とはこれいかに、と思ったが、言及する気力も勇気も今の亜美には無い。
「…お皿は、別に構わないけど…家までは壊さないでね…」
 ため息が重なった。


 その後数回の破壊音と悲鳴が耳を劈いた後、何もなかったかのような笑顔で美奈子がお盆を運んできた。ドアの向こうは見えなかったが、それが一層の不気味さをかもし出していた。嫌な汗が出る。
「亜美ちゃんお待たせっ!美奈子特製おかゆを召し上がれ!」
「あ、ありがとう…」
 ゆっくり体を起こし、目の前に出された鍋のふたを開ける。真っ白い粥と真っ白い湯気が亜美の視界を支配する。見た目はきわめて普通―だが。
 目線を美奈子に向ける。にこにこと擬音を付けたくなるような笑顔で見返してきた。アルテミスを横目で見ると、本人―本猫が不始末をやらかしたと言うような顔をしていた。流石はパートナーと言うべきか―
 しかし見た目はどこまでも普通。美奈子の親切を無下には出来ないと言う義務感と、もしかしたらという微かな期待に亜美は覚悟を決め、れんげを取り一口掬う。 そして―
「Σぶッ…」
「あ、亜美ちゃんっ!!?」
「亜美!大丈夫かっ!!?」
 一瞬意識が遠のいた。熱のせいではない。確か口の中でじゃり、と音がして、それから―と冷静に頭の中で考えて、意識が再び遠のく。最早理屈ではないようだ。重力に似た感覚に身を任せ、後頭部を枕に叩き込むように倒れた。
「亜美っ!!しっかりしろ!傷は浅いぞ!」
「亜美ちゃぁあぁん!!死んじゃ駄目ー!!」
 耳元で聞こえる悲鳴二つ。ガンガン痛む頭に理屈抜きの脳天直撃の衝撃。口の中に残る、名前を付けがたい味とお粥にあるまじきざらついた食感。
「(・・・家は壊されなくても…私が壊れそうだわ…)」


 とりあえずお粥は下げてもらった。食欲が一気に失せたのである意味美奈子の看病は功を奏していると言える。大船だけどタイタニックの意味が何となく通じている気がした。あくまで何となく、だが。
「亜美ちゃんごめんねぇ・・・」
「い、いいのよ美奈子ちゃん、気にしないで・・・」
「あ、亜美ちゃん、さっき着替えたいって言ってたわね?お粥もこぼしちゃったし、それに汗も結構かいてるじゃない!着替え、どこ?」
「あ、ありがとう。箪笥の一番下に・・・」
「Okay Dokey!ほら、アルテミス!女の子が着替えるんだから出て行きなさい!」
 美奈子はアルテミスをしっしっと掌で追い払う。アルテミスは美奈子に「失礼な!」という言葉を残し、それでもさっと部屋から出て行った。アルテミスも苦労してるのだと思わないでもなかったが、同情の余地はない。返す手で美奈子は箪笥をひっくり返し、上下セットのパジャマとタオルを引っ張り出すと笑顔で亜美の元に戻ってきた。
「美奈子ちゃんありがとう・・・」
 亜美が手を伸ばすが、美奈子はパジャマを差し出さない。
「?」
「やーねぇ亜美ちゃん!着替えさせてあげるわよ!」
「いい!大丈夫だから!自分で出来るわ!」
 遠慮以上に羞恥から即座に拒否する。しかし美奈子は止まらない。
「遠慮は無しよ!」
「遠慮じゃなくて本当に・・・っ!」
 咄嗟に助けを呼ぼうと思ったが、呼んだところで来るのはアルテミスだ。それは乙女として非常によろしくない。
 なまじ考えるクセがあだとなったのか、単に風邪で体力が落ちてたのかは不明だが、ほぼ抵抗する間もなく上着のボタンを外された。
「・・・亜美ちゃんて寝る時ブラジャーしないのねぇ」
「なっ…」

 その言葉を起爆に、亜美の自己保護本能にスイッチが入る。本能が告げている。何がなのかどうしてなのかは分からないが確信していた―このままでは危険だ。


 数分後、まるで死体のようにぐったりとベッドに横たわる亜美と、死闘を終えたボクサーのようにぼろぼろの美奈子―とにかく、亜美の決死の抵抗によって一応貞操(?)は守られたようである。
 パジャマは自分で着るということで決着は何とかついた。
「・・・あみちゃんて・・・案外力あるのね・・・びっくりしたわ・・・」
「・・・おかげさまでね・・・それに私もセーラー戦士だもの・・・見くびらないで・・・」
「でも亜美ちゃん、思ったより元気そうね・・・じゃああたし、そろそろまこちゃんのとこに行くわ」
 美奈子は襟をただし立ち上がる。その発言に、亜美は疲労感も忘れ思わず体を起こした。少しふらついたが、頭痛は感じなかった。
「えっ・・・まこちゃん?」
「そう、セーラー戦士はあたし以外全滅なのよぉ~。亜美ちゃんとこには一番に来たから、次はまこちゃんちに寄るつもり」
「わっ・・・私も行く!」
「え?何で?」
「何でって・・・」
 美奈子のさも意外そうな言葉に亜美も言葉をなくす。美奈子に行かれるのが心配なのではない。まことが一人で苦しんでいるのなら―そう思うと血の気が引いた。レイやうさぎも同様に心配なのに、この異様な胸騒ぎ―心臓の痛みはなんなのだろう。
「まっ・・・まこちゃんは独り暮らしだし、心配なのよ」
「だからあたしが行くってばー。亜美ちゃんは寝てなきゃ駄目よ」
 美奈子は幼子をあやすように亜美の肩をベッドに押し戻す。
「でもっ・・・」
「そんな体で出歩いちゃ駄目。それともあたしが帰っちゃうと寂しい?じゃあ、子守唄歌ってあげるからね、亜美ちゃん。大人しくしてなさい」
「子守・・・」
 美奈子の言葉に反論できない。分かっている、美奈子が全面的に正しいと。今の自分じゃまことの家にたどり着けるかどうかさえ疑問だ。仮に着いたとしても、こんなふらふらな状態ではむしろ迷惑である。
 これでは子守唄が必要な幼子の駄々をこねる仕草と一緒だ。分かっている―それでも。
「・・・心配・・・なのよ」
「いい?亜美ちゃん。あなたがここで心配したってまこちゃんが治る訳じゃなし。あたしはむしろそんなあなたのほうがよっぽど心配だわ。仮に外に出たとして、ふらふらになって行き倒れて天日干しになっておっかないおじさんにサンドイッチにされて食べられたらどうするのよ?」
 現在の日本で行き倒れって、と反論しようとして、喉から出かかった声を抑えた。天日干しとサンドイッチは兎も角それ以外はどこか現実味を帯びていたからだ。
 自分の体の不調を押してでもまことの家に行ってしまいたい自分を、美奈子の言葉と頭の中の冷静な部分で静かに抑え込む。
「・・・分かったわ」
「やっと分かった?いい子いい子」
「じゃあ、私の代わりに、まこちゃんちに・・・お願いしていいかしら」
「それはお断り」
 当然肯定されるものと思っていた問答を即座に否定され、亜美の心臓が嫌な音を立てた。
 ざわつく心臓は、一体何を感じて騒いでいるのか。自分の言葉を否定されたことに少なからずショックを受けたのか、それとも―
「・・・み、な・・・」
 自分を差し置いて、とでも思っているのか。
「あたしは」
「・・・・・・?」
 逆上せた体に熱がこもり、微かに美奈子の顔が霞んだ。自分がどんな表情をしているのかさえ、意識に入ってこない。
 すると美奈子は、美しい髪を流し、それこそ女神のような優雅さで亜美の額に掌を乗せた。
「あたしは自分の意思でまこちゃんちに行くわ。亜美ちゃん、行きたいんだったらあなた自身の足と意思で行きなさい、勿論風邪を治したあとに」
「―でも」
「冷静なあなたがそれでも理性で抑えきれない感情を今まこちゃんに向けている。その亜美ちゃんの気持ち、それに伴う行為は亜美ちゃん、あなただけのものよ。あたしが代わってあげることなんてできないわ」
「・・・っ」
「あなたは、昔から本当にしっかりしてるのだけどそっちの方は本当に手がかかるのよねぇ・・・前世(ムカシ)はね・・・マーキュリーが体調を崩しちゃうと、マーキュリーの仕事の代わりはヴィーナスが請け負っていたわ。勿論マーキュリーは気にしてはいたけど・・・でもやるべきことだから当然のようにそうやって助け合ってきた」
「・・・・・・・」
「でも今は違う。あたしとあなたは仲間で、だけど大切な友達でもある・・・だから現世(イマ)はあなたがしたいことを代わったりなんかない。仕事と違って、あたしが代わってあげることではないはずだから。そして、体調を崩して自分のしたいことが出来ないあなたに、今度は友達として手を握って、看病して、寂しいと思うなら傍にいてあげたい・・・あなたが元気になるように、そしてあなたを応援できるように」
「・・・・・・みな、こ、ちゃん・・・」
「だから今は亜美ちゃんの看病をあたしの意思でするわ―では、子どものような亜美ちゃんのために、子守唄を一曲」
「(・・・歌いたいのかしら)」
 そして亜美の返事を聞かず美奈子は歌い出した。幼い頃、仕事の忙しいはずの両親がごくたまに耳元で歌ってくれた―聞き覚えのある、オーソドックスで、稚拙で、優しい歌。
 少し切なくて、何だか泣きそうだった。
 仲間。友達。
 仲間だから共通の利益のため互いに助け合う。かつては月の王国の繁栄と平和のため、それが戦士として、自分たちの存在意義として一番大切なことだったから―時と場合に応じてヴィーナスはマーキュリーを助けてきた。またその逆も然りだった。
 勿論そこにも絆はあった。
 でも、友達なら。
 友達なら、その人がしたいことが出来るよう背中を押してあげる。だから美奈子は、まことを心配する亜美の気持ちを尊重して、そして亜美の回復を願い助けてあげる。
 今の時代に生まれてきたこと。今の時代の自分たちの感情。勿論今でも使命はいつだって傍にあるし、それに揺るがない誇りはあるけれど―普通の女の子として生まれてきた理由。
 歌声に誘われるような安堵のせいか、魔法にかけられたかのように一気に亜美の瞼が重くなる。
 緩やかに意識が薄らぐ半ば、亜美はどうしても言わなければならないこと―否、言わなければ気がすまないことを、震える喉で何とか届くように告げた。
「み、な・・・ちゃ」
「・・・ん?」
「あ、りが・・・とう・・・」
「・・・いいえ、あたしは・・・」
「あなた、が、来てくれて・・・いえ」
「・・・?」
「来て、くれた、のが・・・あなたで・・・ほんと、うに・・・うれ、しか・・・った・・・」
「・・・どういたしまして!」
 明るい声の返事。次の瞬間亜美の頬に柔らかい感触。
「ヴィーナスのキスは良く効くのよ?じゃあ亜美ちゃん、お大事に―アルテミス、行くわよ!」
 もう開かない亜美の瞳は聴覚を鋭敏にし、しかしうまく働かない頭はそれを租借するのにとろとろと時間を要する。美奈子の足音が遠くなり扉が閉まる音まで毛布の中で聞こえた。包まった毛布の中、触れられた頬がただ熱くて、でもそれは病気による熱とは違いくすぐったくて心地よいもので。
「(・・・美奈子ちゃん・・・帰った、のね・・・キス・・・されちゃって・・・?早く治して、まこちゃんに―美奈子ちゃん、次はまこちゃんちに・・・)」
 混濁していく意識の最後のひとかけらが落ちようとしたとき、最後に亜美の頭にある事実がよぎった。
「(・・・そういえば・・・お皿・・・あの色んなものが壊れた音・・・あと、あのお粥の味・・・)」
 そこでIQ300の頭脳が想像しうる惨劇。眠気と血の気が一気にざあ、と引く音がして、体を跳ね上げるように起こした。
「ま、まこちゃん!!」
 亜美は一目散に電話に向かって走った。『被害』をここで食い止めるため―それでも、亜美の表情からは憂さは既に失せ、どこか余裕のある空気さえ漂わせていた。

 それはまるで、熱が抜けて―生まれ変わったかのような清々しさ。





「・・・亜美ちゃん、本当に自分で気付いてないのかしら―まこちゃんが好きなこと」
「・・・ん、美奈、なんか言ったか?」
「いや、亜美ちゃんは相変わらず・・・相変わらず鈍くてそこが可愛いのよねぇ~」



 まことの家に向かう愛の女神の声音と足取りは、軽く―




     *********************
 

 78話の美奈は対亜美ちゃん描写だけ無いんですが、逆に言えば亜美ちゃんちに一番に行ってるってことで。友達に順番を付けるわけじゃないけど、その場にいるのがその人であって欲しいっていうのが出てたら幸いです。

 この二人、むしろアニメのほうがカプっぽいですね(笑)
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