ちゃぷちゃぷ。ぱしゃ。
気難しい顔をしながら、まことは私の部屋で私と向き合っていた。二人の間には、ぬるま湯を湛えた洗面器。それに私の手を浸させている。
「・・・うちに来て、いきなり、しかも勝手にお湯汲んできたと思ったら、なんなの」
「・・・・・・うっせ。黙って浸けてろ」
まことの口調は初めて会ったときの、人に警戒心を与えるような、でもその実本人の警戒心がにじみ出ていたときのような乱暴なそれ。
何がしたいのか分からないと私は両手を湯に浸させたまま首を捻った。しかし真剣に嫌なことを強要されている訳ではないので、結局はまことの指示に従ったまま、手首を揺らして波紋を作る。するとまことはその私の両手首を片手で掴んで一気にお湯から引き出した。
湯が滴り落ちる。
「・・・どうするつもりよ」
「決まってんだろ、切るんだよ」
「・・・手首?それとも指?」
「・・・ばかっ!常識で考えろよ!爪だっての!」
「・・・爪?」
「・・・これ!」
まことは首を少しかしげるように動かす。ずれたセーラーカラーから僅かに覗くのはブラジャーのストラップと、ほんの少しの赤い痕。
あれは確か、昨日の夜私が。
まことは心底うんざりしたみたいに独りごちる。
『まこちゃん、首どうしたの?』
『え・・・首?』
『セーラーの襟から首の方にかけてぴーって傷になってるけど・・・それ、引っかき傷?』
『え・・・あ!ああ・・・そ、そうだね・・・』
『誰かに引っかかれたの?』
『・・・なっ・・・えっ・・・そ、その、ほら!猫だよ!猫にやられちゃって。やだなあ亜美ちゃん』
『そ、そうよね、ごめんなさい・・・でもまこちゃん、いつの間に猫なんか飼い出したの?』
『い、いや、そういうわけでもないんだけど・・・あたし猫好きだからさー、じゃれてたら引っかかれちゃって・・・』
『野良の子?』
『え、ぇー・・・そういうわけでもないんだけど』
『そう、飼い猫なのね。それにしても首なんて怖いわね・・・もし野良の子だったら何か病気を持っていたり、雑菌が入って傷口が膿むかもしれないから、気をつけなきゃ駄目よ?』
『ああ、うん、ありがとう・・・』
「って学校で亜美ちゃんに言われたんだ」
「・・・ふーん、猫」
「そう言うしかないだろ!ったく・・・爪立てちゃうのは仕方ないかもしれないけど、せめて隠れる場所にしてくれよ、背中とか・・・」
「・・・まこと」
「・・・何だよ」
「私は猫なの?」
「モノの例えだろ!」
「・・・あなたの飼い猫なら構わないけど?」
「ばっ・・・かか!」
ぎりぎりで見えない場所にしたつもりだったのに、まさか戦士一そういうことに聡くない亜美ちゃんに見つかるとは。
勿論真意は理解されていないだろうが、されたからと言って控える気もない。
ぱちんぱちんと、強引ながらも丁寧に私の爪を落として、やすりで削る。そういうことには疎いが、爪の手入れのプロと見紛う程手際がよく手馴れた処理。私の爪ははるかに短く、そしてキレイになっていく。
「でも、何で爪切るのにぬるま湯に浸けるのよ」
「風呂上りとかに爪切らないのかよ?そのほうが爪が柔らかくなってきれいに切りやすいし、深爪しても痛くない」
「そんなに切る気なの?」
「当たり前だ!こっちは痛いんだよ」
「・・・爪立てたら喜んでると思ってたのに」
「・・・っ・・・わ、わざとやってんのかよ!?」
「気持ちよさそうな顔するじゃない」
「痛いから顰めてんだよ!」
「それは知らなかったわ。でも、昨日の傷も治らないうちから早速私の爪を切るなんて・・・すぐにでもされたいのね?」
「なっ・・・違っ・・・」
どうせ怒るならもっと強気な態度に出ればいいのに。
怒っているくせに、爪切り一つにもお湯をわざわざ用意してくれる。強引さと気遣いをうまい具合に使い分けられている気がする。
本当に、この人は優しいと思う。その優しさを、私だけのものと、独り占めしたいと思うのは、もしかしたら罪になってしまうのかもしれない。
でも、今までこの人を独りにしていた世界に、私が義理立てする必要なんてない。
少なくとも今この瞬間は、彼女の優しさも、怒りも、存在全て私だけのものなのだから。だから飼い猫のように、私だけが、この人に存分に甘えて。
だから一瞬も逃したくない。
「猫でも何でもいいわよ。ただ、私だけがあなたの傍にいれば」
そのまま私は、猫じゃらしにじゃれ付くように彼女に飛びつき、亜美ちゃんに見られたと言う爪あとを舐めあげる。そしてゆっくり、優しく歯を立てる。
「・・・痛ッ!」
「―爪なんかなくたって、跡なんて残せるわよ」
「・・・てめぇ」
洗面器をそのまま床の端に提げると、私たちは臨戦態勢に入る。いつだって私の中にある熱は、自分の中の人間性すら否定するほどの、彼女への欲情を伴って。
「―悪い猫はおしおきだ」
「・・・できる?」
無い爪は再び彼女の背中を掻いて、牙めいた歯の先は彼女の首に食い込んで。それでも―収まらない欲に、私は飢えた猫のように声を上げた。
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原作レイちゃんは自分にも他人にも厳しくて高潔なイメージなんですが、まこちゃんにだけは甘え放題みたいな・・・ツンツンしてるのも好きなんだけどそれは実写に譲ります(笑)
意図してなかったんですがみなあみと真逆な感じになりました。
元々まこ亜美のファンだったのに、このサイトでまこレイファンになったよ!
管理者さん、あんた最高だぜ!
更新も早いし!
小説も面白い、最高だし!!
言うことなしだぜ!!!!
更新早いのだけが取り柄ですが(って、実はこんなにマメにやってる場合じゃないんですが・・・)、面白いと言って頂けて本当光栄です!これからも地味にやっていきますので見守っていてください!まこ亜美も好きなので頑張ります^^